第3話 楽しい水中生活
目標は定まった。
このバケモノだらけっぽい水中を生き抜いて強くなる。そんでもって、このクソキモボディから卒業して、成虫になって外の世界を自由に飛びたい。
思い立ったが吉日。さっそく俺は強くなるために行動をしようとしたのだが……ここで一つの疑問が浮かび上がる。
──いったい、どうやって?
きめ細やかな砂の絨毯は潜り込めば羽毛布団のように柔らかく身体を包み込み、なんとも言えない心地よさが襲ってくる。少しでも気を抜けば眠気に襲われ、微睡みそうになる意識を正して、俺は途方に暮れていた。
果たして、「強くなる」とは具体的に何をすればいいのだろうか。この世界ではどうやって強くなるのが常道なのか、そんな疑問を解消してくれる存在はここには居ない。
ゲーム……特にRPGとかでは低級モンスターを倒して経験値を獲得し、レベルアップ。攻撃スキルや魔法を覚えて、ちょっとずつ強い敵に挑戦してステップアップしていくのが常道だろう。
この常道に倣うとするのならば、俺も手ごろな雑魚モンスターと死闘を繰り広げて、無事に勝利を収めたのちに経験値を稼いでレベルアップできればいいのだが……どうにも、それを試すにはこの環境は全く適していなかった。
と言うのも、この推定:湖は俺が思っていた以上に魔境であったのだ。
先日、急に襲い掛かってきたクソデカ蟹くんしかり、その真横から不意に蟹くんに噛みついた泥鰌くん……その他にも顎が異常に発達した魚や、高速移動するエビに紫と緑のまだら模様をした明らかにヤバそうな泡を吹き出している巻貝などなど──この水中には色んな危険そうな生き物が生息していた。
「グゴォ……」
そして、そのどれもが異常な大きさで俺より遥かにデカくて強そうなのだ。
これじゃあ、強くなろうと勇んで、そこら辺のモンスターに勝負を仕掛けようにも直ぐに殺されてしまう。……と言うか一回、そこら辺の小さめの顎サカナに挑んで、実際に死にかけた。そもそも、運よく戦闘に勝利したからと言って、ゲームのようにシステム的に、都合よく強くなれるとも限らない。
前世の断片的な記憶よろしく、色々と検証をしてみたがこういう異世界転生でおなじみの転生特典のチート能力みたいなものは無かった。「ステータスウィンドウ」的な可視化された能力値がある雰囲気でもない。……なんでや! お決まりのパターンでしょそこは!!
思わずそう愚痴りたくもなる。なにせ結局のところ手詰まり。
そもそも、身体のサイズ感が違い過ぎることから考えて、俺はまだここに住まうモンスターたちへ挑戦する土俵にすら立てていないのだ。
よくよく考えずとも、俺はまだこの世界で生を受けたばかりで、言ってしまえば生粋、純真無垢なベイビーである。ならば今俺が真っ先にするべきことは栄養をたくさんこの貧相なボディに蓄えて、大きくなることである。
──……そろそろ引き籠るのも限界だしな。
巨大蟹から辛くも逃げおおせて、試しに無謀な挑戦をして悉く打ちのめされてから、ずっと砂の中で身を潜めていた。
息を殺し、時たま近くを彷徨うモンスターをやり過ごしながら周囲の観察をすること体感で数日。ジッとしているだけとはいえ、生き物ってのは息をしているだけで勝手に腹が減ってくる。
精神的にも空腹的にも我慢の限界はとっくに来ていた。もぞもぞと粒が細やかな砂を掻き分けて、地面の下からのっそりと顔を覗かせて周囲を見回す。目が覚めた初期地点を思えば、現在地である水底はそれなりに視界に映るものがあった。もちろん、食べられそうなモノもだ。
──水草、岩に付着した苔、あとは……なんか綺麗な石。
「グモ……」
手短に一番近くに生えていた水草……らしきものへとのっそり近づいて食んでみる。
草を口に入れた瞬間、安易に口の中に入れるべきではなかったと後悔する。毒とかあるかもだし……。でも空腹感には抗えず、意識とは裏腹に口は勝手に草を咀嚼していく。
──うーむ。テイスティ……。
味は……正直よくわからない。けど触感が独特で、噛めば噛むほど粘り気が出て面白い。前世で言うところの納豆やオクラに近しい粘り気だ。これが意外と悪くない。
やはり自認的には「人」であっても、身体は虫だと言うことか味覚はちゃんと虫仕様。何の違和感もなく喰えてしまう。と言うか、空腹も相まって次から次へと目についた草に齧り付く。とにもかくにも栄養。この身体には圧倒的に栄養が足りていない。
「グモグモグモ……」
ずっと考えないようにしていたが、ヤゴってこんな気持ち悪い鳴き声なのだろうか。常に声が漏れ出ないように我慢はしているが、咀嚼している時は勝手に出てきてしまう。ヤゴと言う生き物は生粋のクチャラーなのかもしれない。
──なにそれ、すごくヤダ……。
久方ぶりの食事、胃の中に水以外のモノが入ってきたことによって元気が出てきたのか、そんなどうでもいいことを考える余裕まで生まれる。
数分と経たずに周辺にあった草を食いつくしてしまった。先ほどまで緑が青々と水中に揺らいでいた光景も何もない殺風景なものになってしまった。それでも空腹感は満たされることなく。逆に、食欲が刺激されて増幅したような気がする。
──もうちょい探してみるか……。
そうと決まれば、移動を開始する。もちろん、無防備に姿を晒して動き回るのではなく。砂の中に潜っての隠密移動だ。さらさらと水の中でも流れるような肌触りの砂に身をよじらせながら、身体のほとんどを砂の中に埋めたのならば、今度こそ移動を開始した。
砂、砂、砂、小石、砂、草、草、草、岩、顎魚、逃走、砂、砂、砂、綺麗な小石、拾う、砂、砂、砂、草、草、草、草──。
目に入った草は即座に咀嚼。岩は避けて、モンスターを見かけたら砂の中に深く潜るかその場をすぐ離れる。
疲れたら休んで、眠くなったら寝る。どうにもこの水底は相当な深さで、地上の陽の光は届かないらしい。常に一定の明るさを保っている水中では時間の概念が希薄で、朝と夜の区別はつかない。なので実際に俺がどれほどの時間、草を求めて移動を繰り返して彷徨っていたのかは定かではない。
眠った回数で換算するのならば一週間くらい? とは言ってもこの計算は全く信用できない。幼体と言うのは栄養を補給すればすぐに眠くなってしまうし、一日に何度も食事と仮眠を繰り返すものだ。
まぁ……どれだけ時間が経過したかなんてのはこの際、どうでもよかった。時間は有限だが、余裕はある。功を急いで死んでしまっては元も子もない。だから俺はゆっくりと確実に、片っ端からそこら辺にある草や苔やらを喰いまくった。その姿は宛ら、水中の芝刈り機。
──けど、こうもずっと同じことを繰り返してると飽きてくるよなぁ……。
さらに数日。一向にこの推定:湖の全容が掴めないながらも、好き勝手に草を貪って、他のモンスターに捕食されないように隠密しながら過ごしてふと思う。
──てか肉が喰いたい。
ヤゴが雑食なのかどうかは分からんが、気分的に食べたいと思うことはそういうことなのだろう。前世が生粋のベジタリアンでもあるまいし、流石に延々と草を喰って日々を過ごすのが辛く思えてきた。
──……まぁ、前世の記憶は思い出せないんですが。
今しがた食い尽くした草の生えていた殺風景な景色を視界に収めて決意する。ここ数日の暴飲暴食で体もデカくなった……ような気がする。今ならば以前に見かけた比較的小さい魚とならばやり合えるのではなかろうか。……いや、やらなければいけなかった。
──それじゃあ、そろそろ狩るか♠
それぐらい、今の俺は肉が喰いたかった。




