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第23話

 その襲撃は不意を突いて行われた。


 飛竜の動向は長年に渡って兵隊蟻(チャリオッツ)たちが切り開いてきた洞穴通路によって、随時完璧な監視体制を敷いていた。


 二十四時間、複数の洞穴ルートから交代制で常に間断なく、斥候に特化した兵隊蟻たちが監視。少しでも飛竜に動きや異変が生じれば迅速な報連相を徹底させた。


 仮に偵察に出していた兵隊蟻たちが飛竜に捕捉されようとも、蟻たちにしか通れない洞穴を使えば逃走はそれほど難しいことではない。


 これにより、女王蟻は常にリアルタイムで更新される飛竜の状況を精査して、決戦当日の作戦や陣形、逃走経路の計画を練り上げていた。


「未だ飛竜は寝床で眠っている。新たな洞穴もあと数日で開通。各通路の隊配置と陣形の共有も大方できた。あとは、彼の準備があとどれほどで整うか……」


 魔窟で一番の配下を持ち、長年に渡りそれらを使役し、対飛竜への防衛に至っては完璧な采配と経験を持つ女王蟻。


 彼女がこの種族連合の参謀であり頭脳。情報の精査から作戦の立案、実際に戦地の指揮を取り仕切るのは当然の流れと言えた。


 ヤゴや蟻騎士、ギュスターヴらの実力者も配下を従えるカリスマがないというわけではないが……如何せん、彼らは配下を取り纏め、緻密な計画を練り、指揮するというよりも先陣を切って力によって仲間を率いていくことに秀でている。


「よっしゃぁ! 次は連携確認だ! 各部隊ごとに固まれ!」


 現にギュスターヴは他の鰐や兵隊蟻たちと一緒に実践的鍛錬や陣形の確認をしていた。生粋のプレイヤーなのは誰の目から見ても明らかであった。


 その徹底的なまでの現場主義から一番現地で配下との距離が近く、信頼や支持も厚い。その実、最初こそ今回の連合に否定的だった兵隊蟻や鰐たちの間を取り持ち、緩衝材となって、不安材料であった種族間の不和を取り除いた。


 斥候の兵隊蟻の報告によれば、ヤゴと蟻騎士たちの方も順調。魔窟の各地に点在する群れを持たない孤独個体を打倒し、次々と捕食していた。


 日を追うごとに脱皮を繰り返し、その体躯は初めて会った時と比べれば相当な大きさへとなっていた。懸念点を上げるとすれば、彼は魔法や技巧(スキル)といった特殊能力の吸収率が異常に低く、現時点で目立った能力の獲得ができていないことだ。


 捕食しているモンスターはどれも強者、魔窟に存在する最高の経験値だと考えれば一つも能力を獲得できないのはおかしな話にも思えた。


 逆に言えば、能力の獲得が無く、現時点で蟻騎士に勝るとも劣らない実力を有しているのも異常なことに思えた。これで覚醒進化を果たした時にいったいどんな進化が待ち受けているのか──


「全く見当もつきませんね」


 数多くの子供を産み、そして少なくとも蟻騎士という特殊個体の進化を見届けた女王蟻でも想像できなかった。


 総評、準備は順調。そんな判断を下していた折に、それは起きた(・・・・・・)


 ────ッッッ!!!


 轟音。突如として、洞穴地帯の中枢である大広間に肌を焼き焦がすほどの熱風が吹き荒ぶ。


 音と風に反射的に女王蟻の視線が上に弾き飛ぶ。視界に飛び込んできた光景に彼女は言葉を失う。


「なっ──!!?」


 種族連合の拠点でもあるこの大広間には魔窟全域へと繋がる洞穴が集結しており、異常な数の穴が存在した。そして現在、その洞穴から爆炎が吹き出していた。


「「「ギエェエエエエエエエエエエッ!!?」」」


 幾重にも響く断末魔。洞穴にいたほとんどの兵隊蟻たちがその身を火達磨にしながら穴から出てくる。


 洞穴から噴き出た爆炎はそのまま大広間の至る所に渡り移り、瞬く間に拠点は炎の海に包まれた。


「こりゃどういうことだ女王(クイーン)ッ!?」


「ッ──わかりませんが敵襲です! 無事なものは警戒態勢を!!」


 予想外の事態に驚愕し、冷静さを欠いた二人の種族長であったが即座に思考を切り替える。


 女王蟻の指示を聞き逃すことなく、ギュスターヴは大広間全域に響き渡る大声を張り上げた。


「全員、傾注! まだ無事な奴は根性見せろ! 不意打ちしてきたクソ野郎をぶっ飛ばすぞ!!」


 腰に佩いた曲刀を抜き放ち、それに引き攣られるようにして彼の配下である鰐たちはもちろんのこと、辛うじて不意打ちを逃れた兵隊蟻たちが集結する。


 逼迫した空気が張り詰める。態勢はなんとか(・・・・)立て直した。ギュスターヴは周囲の状況を一瞬で見回し、小さく舌を打つ。


 ──予想以上にやられてやがる……。


 ギュスターヴの戦士たちはその半数以上を減らし、兵隊蟻たちも出払っているものを除けば百以上あった数を五十以下に減らしていた。

 しかも、点在する洞穴へと出払っている斥候部隊だって、いましがたの爆炎でどれほど生き残っているか……。


「ッ……!!」


 いったい何が?

 どうしていきなり?

 誰の差し金で?


 一度は無理やり抑え込んだはずの疑問が思わず溢れ出てきた。


 その答えは少し遅れてやって来た。


「──GRAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!」


 魔窟を揺るがす咆哮が轟き、薄暗闇の天井を一つの巨影が切り裂いた。


 それはこの魔窟〈アストラルライアー〉の支配者にして、魔窟に住む全生命体の理不尽と暴力の権化。


「ご機嫌いかがかなッ!? 矮小でうざったらしいカスの諸君! この(オレ)のとびきりのサプライズは喜んでくれただろうか!!」


「ッ──貴様は……!!」


 飛竜──〈ドラグニティワイバーン〉に他ならない。


 見通すことのできない魔窟の天を自由に羽ばたく暴虐の支配者がこの凄惨な状況を作り出したのは言うまでもない。


「数日前から我の周りをうろちょろと煩わしい蟻どもが……せっかく気持ちよく眠っていたというのに気分は台無し。しかも、また下らないことを画策している馬鹿どもがこうして現れる始末だ!!」


 その口ぶりから、かの飛竜は女王蟻たちの思惑は見透かしていた。だからこその焼き払い、この爆炎強襲であった。


 見事、飛竜の先手は功を奏した。女王蟻たちの作戦遂行の要である魔窟全域に張り巡らされた洞穴は炎の海へと沈み、数だけ無駄に多い蟻たちの殆どを殲滅してみせた。


「なんて馬鹿げたことを──!!」


「無様だな塵芥の母よ。超上の存在──龍の眷属である我と貴様らを同じ生物として括ることがまず愚かなのだ。死んで猛省するがいい」


 挑発するかのように天を飛ぶ飛竜を忌々しく女王蟻は睨む。だが、件の飛竜はさらに傲慢にそして不遜に眼下の有象無象を睥睨するばかり。


 女王蟻とて、飛竜がこうしてこの洞穴地帯に乗り込んでくる可能性を予期していないわけではなかった。寧ろ、最大限警戒していたからこそ、斥候を常に送り込み、少しでも素早く異変を察知できるようにとあの飛竜を監視していた。


 けれど、こんな全ての前提を無視して覆してしまう力技は予想外だ。誰が飛竜の寝床から遠く離れているこの洞穴地帯を、魔窟に張り巡らせている洞穴を通じて爆炎で襲撃できると思えるだろうか。不意打ちにもほどがある。


「まったく、無様な間抜けヅラしかできなのが実に塵芥らしい」


 未だ困惑の感情が色濃く残る眼下の蟻たちの様子に、飛竜は実に愉快そうに頬を歪め、腹の立つ笑みを浮かべた。


 かの飛竜は暴虐であり、理不尽な力で大体のことを薙ぎ倒す。今まで女王蟻たちはそんな飛竜の姿しか見てこなかった。だが、まさかあの飛竜が力一辺倒で脳筋な思考しか持ち合わせていない筈もない。


 時にはこういった不意打ち、狡猾な策も弄せる思考を持っていた。そのことを女王蟻は頭の片隅にでも持ち合わせておくべきだった。


 油断はしていなかった?


 違う。事実、こんな危機的な状況に陥っておいて、そんな言い訳は通用しない。


 見積もりが甘かったのだ。女王蟻は飛竜を心の奥底で侮っていたのだ。それにより、多くの仲間の命が徒に失われてしまった。


 状況はまさに最悪だった。


 女王蟻の秘蔵っ子である蟻騎士は今ここにはいない。あの飛竜を倒せるかもしれないヤゴの覚醒進化だってまだ目途が立っていない。それでも理不尽と絶望はここにやってきてしまった。


 準備が万端ではないから諦めるのか? 


 空気を読めと敵に文句を言うのか?


 もう無理だと嘆くのか?


 ……彼らの答えは断じて「否」であった。


「怯んでんじゃねぇぞテメェら! 来ちまったもんは仕方がねぇ! 兄弟(ブラザー)たちが戻るまで踏ん張るぞ、オラァッ!!」


「「「オラオラオラオラオラオラァ!!」」」


 一番最初にその気概を見せて、奮起したのは赤膚の鰐であった。


 ギュスターヴ一族の長であり、誰よりも素早く勇猛果敢に先陣を切る一番槍。その恐れを微塵も感じさせない勇気が後に続く者に対してどれほど心強く、頼もしいことか。


 炎の海と魔窟を響き渡る恐怖の咆哮を掻き分け、ギュスターヴが曲刀を掲げて疾駆する。それに吊られて、他の鰐や兵隊蟻たちも続く。


「勇敢と蛮勇を履き違えた愚か者どもがぁ……!!」


 開戦の火蓋は切って落とされた。


 あとは何方かがその命を散らすまでもう止まらない。


「ッ──彼らの元へ! 一刻も早く連れ戻すのです!!」


「キエ!!」


 新たに洞穴地帯を塗り替える紅蓮の業火に肌を焼かれながら、戦う術を持ちえない抜け殻の女王はせめてもと傍らに控えさせていた斥候蟻に指示を飛ばす。


 目標は縄張りから遠く離れた場所で狩りをしている二匹の主戦力が戻るまで耐え凌ぐこと。


 時間は既に幾何の猶予すらない。

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