第22話
覚醒進化に至れるかどうかの条件はその個体によって千差万別である。
例えば、爆炎を喰らうであったり。
例えば、氷漬けにされても生きていられたり。
例えば、雷鳴をその身から作り出したり。
例えば、暗黒を宿してこの世のすべてを飲み込んだり。
本当に様々であり、聞けば聞くほど意味不明なものばかりで、「本当にそれが進化条件であっているのか?」と疑問を抱くものばかりだ。
けれど、そんな条件にも共通点が存在する。
一つは、常に強者を際限なく喰らい、異常な速度で成長を繰り返すこと──そして、世界の声が聞こえるということ。
何よりも重要視されるというか……一番最後に挙げた「世界の声が聞こえる」という条件を満たしていなければ、そもそも覚醒進化は不可能だと女王蟻が言っていた。
それなら俺はこの条件を満たしているのかというと……。どうやら満たしているらしい。
というのもこの「世界の声」は実際に聞こえていたとしても、認識できるかどうかは個体によって異なるのだという。ハッキリと認識できる個体もいれば、俺のように薄らぼんやりと「まぁそんなこともあったような?」と判然としない個体もいるのだとか。
なんともざっくりとした判定方法だし、俺自身が認識できてない所為で不安が残るところであるが、既に覚醒進化の経験がある女王と蟻騎士のお墨付きなので大丈夫だと信じたい。
そして、肝心の覚醒進化する為の細かい条件探しであるがこれは手当たり次第に、色々なことを試していくしかないのと、とことん強者を喰らい尽くしてその力を吸収していくしかない。
つまり、やることとしては今までとそこまで変わりない。
なので、俺は取りえず色んなモンスターを狩っていた。
魔窟に響く剣戟。蟻騎士が眼前で白銀の毛並みを靡かせた大狼──〈ハウルウルフ〉の凶爪と激しく斬り結んでいた。
「一気に畳みかけるでござる、ヤゴ殿ッ!!」
鋭く、強靭な打ち合いの果てにもう何度目かもわからない刃が弾ける音。大きく態勢を仰け反らせたハウルウルフを見て、蟻騎士が花を持たせてくれる。
「はいよ!」
声に頷くと共に腹の中に溜めこんでいた水を噴射。瞬く間にハウルウルフへと肉薄し、ガラ空きとなった土手腹へと噛み付いて、腹と背中を貫通させた。
「キッ──!!?」
中途半端な絶叫と、蛇口が壊れて制御が利かなくなった水飛沫のように止めどなく噴き出る鮮血。
そこで大狼との戦闘が終了する。
「ふぅ……」
時間にして十分と掛からずの勝利。事前の話ではこの狼はその巨体と膂力から魔窟でも相当な強さを誇り、それなりに苦戦を強いられると思っていたのだが──
「案外、あっさりだったな……?」
「この数日で我らの練度もかなり上がっているでござるからな」
今の俺たちの敵ではなかった。
飛竜を倒すために強くなる。その為に狩りをしようということになってから早三日。俺は蟻騎士と一緒に魔窟の様々な場所──縄張りとなっていない中立領域──へと赴き、色々なモンスターと戦闘をして喰っていた。
行動を開始してから今日までで二回の脱皮を繰り返し、順調に成長ができていた。それもこれも、この魔窟で最強格の蟻騎士が直々にサポートをしてくれているお陰であった。
道の先導から、その地帯の特徴、生息するモンスターの概要など、この蟻に知らないことはないのではないかと言わんばかりの情報量。仮に一人で魔窟の中を狩りしていたらこれほど効率的に成長は出来なかっただろう。
確実に前進している。進化の存在を自覚し、うっすらとぼんやりとではあるが進化の予兆的なものも感じたり感じなかったりではあるが、不明瞭だった前の状況と比べれば一目瞭然だ。
「この量でござる。半分はここで食べていってしまおう、ヤゴ殿」
「だな。皆には申し訳ないけど、流石に多すぎる」
熱を失い、後は冷たくその身を硬直させていくばかりの狼の身体を蟻騎士がさっくりと豪快に解体していく。
頭、腕回り、胴体、足回りと、食べやすくそして持ち運びやすくバラし、その中でも嵩張る頭と胴体を蟻騎士がこちらに寄こしてくれる。
「ヤゴ殿にはたくさん食べて強くなってもらわなきゃいけないでござるからな。寧ろ、食べることが仕事なんでござるから、そんなことを気にする必要はござらんよ」
「そうはいってもなぁ。みんな打倒飛竜に向けて色々と頑張ってくれているのに、俺だけのんびりと喰ってるだけなのは忍びないよ。蟻騎士っていう最高のボディガード同伴でさ?」
むしゃむしゃと難なく狼の頭を皮や骨ごと噛み砕いて咀嚼しながら、今も別働で色々と頑張ってくれている仲間の事を考える。
俺と蟻騎士は一緒に強くなる為の捕食と食料調達。ならば他の仲間は何をしているのかというと……対飛竜戦へと向けたこまごまとした準備である。
女王蟻たち兵隊蟻は魔窟全域に自分たちだけが移動することのできる洞穴経路を張り巡らしており、常に飛竜の動向を監視できる。
これによりある程度の飛竜の行動パターンを把握していた。それによると飛竜は定期的に寝床から離れて魔窟を巡回し、暴れまわっている。
それ以外は常に寝床で惰眠を貪っているようで、今現在、件の飛竜はぐーすかと気持ちよさそうに寝息を立てているらしい。
更に言うと、奴は一度眠りにつくと平気で一週間ほどは寝腐っているのだとか。その癖、魔窟の出入り口付近に近づく不届き物が居れば、一瞬で捕捉されて食い殺されるのだとか。全く、変に用心深い奴である。
だが逆に言えば、変に刺激しなければその期間は安全に色々な根回しができるということ。女王蟻やギュスターヴたちは遠巻きに飛竜の監視を行いながら、飛竜戦に向けた作戦立案から連携練度の上昇や、罠の設置など本当に色々なことをしてくれていた。
元々は別々の種族、住んでいる縄張りも異なり、いがみ合っているわけではないが本能的に今まで相いれなかった者同士だ。それが「じゃあこれから友好的に仲良くやっていきましょう」と言って最初から上手くいくはずがない。
少なからず、所々で不満の声は上がるだろうし慣れない共同生活で不自由を感じないのは不可避だ。そういった種族間のぎこちなさにも気を回さなくてはいけない。比較的、能天気で、従順な者たちが多いとは言え、これを取り仕切る種族の長たちは大変だろう。その中で飛竜戦へ向けた準備もしなくちゃいけない。
──……それと比べれば俺の方は気楽なもんだ。
女王やギュスターヴたち種族の長たちは何故か俺のことをこの種族連合の頭目だと思っている節があるが、こんな無責任な奴が集団を上手く取りまとめれる筈がない。実際に、何もしてないし。
──それなのに辞退しようとしても何故か無視されるし……。
絶対に俺なんかより、しっかりと仲間の動向を気にかけて、寄り添える二人のどちらかが纏め役をやった方がいいだろうに……。
「キシシ。本当に、ヤゴ殿は不思議な御仁でござるな」
眉根を顰めながらももしゃもしゃと頭部を食べ終わり、そのまま綺麗に真っ二つにされた胴体の片方へと手を付けると隣の蟻騎士が楽し気に顎を鳴らした。
「何が不思議なもんか。こちとらただのなんの変哲もないヤゴだっての……」
一匹じゃろくにこの魔窟も歩き回れないほどには無能だし、図々しく協力を申し出ておいて飛竜を倒せるかどうかも自信がない。
順調かどうかと問われれば、順調なのだろう。強くなる為の方法も見つけて、頼もしい協力も得られた。あとは準備をしっかりと丁寧に整えていくだけだ。
「……」
それでも、食べれば食べるほど、準備や作戦が整えば整うほどに不安がゆったりと這い寄ってくる。
今回のこの大博打にも等しい大規模作戦の発端は自分である。けれど、やはり不安なものは不安だ。せめて、この不安を気取られないように平然を装っているが上手くできているだろうか?
「……? どうしたでござるか? もしかして食べたりないとか?」
「──いや、大丈夫。いい感じに量も減らせたし、そろそろ戻ろう」
チラリと横目で蟻騎士の表情を伺っていると、変な勘違いをされてしまう。密かにほっと胸を撫でおろしながら、俺は頭を振って立ち上がる。
本音を言えばもう少し食べたい。ここ最近はどんどん食べる量が増えてきて、どれだけ食べても食べ足りないのだ。それに、食べた後はどっと眠気が襲ってきて仕方がない。今も立って拠点である洞穴地帯に戻るのが気怠い。
喰った後に耐えがたい血糖値スパイク。爆睡するにはまだ時間は早いし、やることだってまだある。
「ふぁ──」
欠伸を噛み殺して、蟻騎士が喰ってる最中に纏めてくれた狼の死体の一部を担ぐ。
「大丈夫でござるか?」
「あぁー、うん、だいじょぶだいじょぶ……」
着々と勢いを増してくる睡魔に耐えながら、蟻騎士と一緒に移動を始める。
道中は他のモンスターに襲われることもなく、のんびりと確実にもう少しで中立領域を通り抜けられるというところで──
「蟻騎士隊長! ヤゴ殿ッ!!」
その兵隊蟻はぽつぽつと存在する壁面の洞穴から転げ出てきた。
「ッ! どうした! 何事でござるか!?」
尋常ならざる剣幕と身体の所々が焼け焦げている兵隊蟻を見て蟻騎士が瞠目する。
肩を上下させ、一生懸命に吸って吐いてを繰り返している兵隊蟻はまだ完全に整わない息を必死に堪えて言葉を紡いだ。
「我らの縄張りが──洞穴地帯が、飛竜に強襲されましたッ!!」




