第21話
【現在、種族名:■■グ■テ■フライの成長率は54%です。覚醒進化まで残り──】
近づいている気がする。
更にハッキリと聞き取れるようになった声にそんな確信めいた感覚が湧き出た。
いったい何が?
そう尋ねられると、答えに窮してしまうけれど、本能的にそう感じるんだ。
満たせてきている。半分は超えた。たぶん、もう少しだ。
だから何が?
もう一度自問自答してみて、やっぱり明確な答えは出せなかった。
……微睡が明ける。
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目が覚めるとそこは兵隊蟻たちの縄張り──洞穴地帯に違いなかった。
「……んご──」
起き抜けでぼやける視界が映し出したのは無限にも思える壁一面に穿たれた洞穴と──それを遮るように目の前に割り込んできた仲間の姿であった。
「ヤゴさん!」
「起きたか兄弟!?」
「「「ヤゴの兄貴!!」」」
不安げに眉根を顰めたエルフの少女、無造作にこちらの身体を揺すってくる赤膚の鰐、それに釣られるようにしてどこかそわそわと落ち着かない鰐たち。
「……こりゃまた賑やかなモーニングコールだな」
まるでもう一生目を覚まさないんじゃないかと言わんばかりの周囲の反応に、ちょっとついていけない。
それよか、間抜けな寝顔をこんな大勢に見守られていたと思うと恥ずかしい。そんなくだらないこと考えてしまうほど、寝起きの頭はゆっくりとマイペースに稼働を始めている。
「目が覚めたようだな──」
依然として身体を揉みくちゃに揺らしてくるギュスターヴの巨腕を払いのけていると、凪いだ湖面のように心地よい声がする。
視線を声のした方へと向ければそこには純白の女王蟻が無数の兵隊蟻たちを伴って近寄ってきた。その傍らにはもちろん、蟻騎士の姿もある。
「元気そうでござるな」
「そっちもな」
軽く挨拶をするように言葉を交わす。そこには意識が落ちる直前まで本気で殺し合っていた時のような緊張感は微塵もない。
俺が喰い千切った右腹側部は肉片一つの欠損もなく、綺麗に完治していた。そういえば、俺自身の身体の具合もすこぶる快調だ。
──こりゃまた成長したな。
ぼんやりと状況を分析して、目の前に現れた蟻たちを見て一つの結論に思い至る。
「……あぁ、俺の負けか──」
五体満足なことからどうやら殺されはしなかったようだが、気を失い、こうして女王たちが俺が目覚めるのを待っているということはそういうことなのだろう。
俺は蟻騎士を倒すことができなかった。それは事実であり、あれだけ応援してくれて心配をかけた仲間たちには申し訳なく思う。けれど、不思議と悔しさや遣る瀬無さはなかった。どこか清々しくすらある。
だが実際問題、あの勝負……試練に負けたということは彼らからの協力はもちろんのこと、俺たちはこの洞穴地帯の先を進む資格を得られなかったということだ。
──さて、どうしたもんかなぁ。
これでは外に出るという目的はここで頓挫してしまう。それは困るというか、負けておいて何だが諦められるはずもなかった。
──別のルートとかあるのかなぁ?
恥ずかしながらこれまで道の方はギュスターヴに丸投げしていたので、ここから別ルートへのリカバリーが利くのかわからない。
これだけ広い魔窟のことだから別ルートはあるにはあるのだろうが、それを選んだ場合どれだけ遠回りや時間のロスを被るかは未知数だ。
──とりあえず、みんなに謝らないと……。
思考の海から意識を露出させ、おずおずとギュスターヴたちへと視線を戻せば……何故か彼らはそのつぶらな瞳を爛々と輝かせて興奮した様子。
「……?」
全く予想外の反応に思わず首を傾げ、どういうことかと女王たちの方へと助けを求めてみるが……こっちも何故か女王の周りにいる兵隊蟻たちがギチギチと顎を鳴らしてこれまた興奮している。
「……???」
困惑はさらに深まる。歓迎されているというか、敬意を感じられるというか……先ほどまでひしひしと向けられていた敵意が霧散していた。
──……なにこれ?
やっぱり全然理解の追いつかない周囲の反応に唖然としていると、女王が少し可笑しそうに声を転がす。
「何か勘違いをしているようですね」
「はぁ……?」
「まずは先ほどの蟻騎士との決闘、見事でした。貴殿の雄姿は私たちに深く突き刺さり、その決意の固さも理解できました」
「ど、どうも……」
先ほどまでの忌避的な態度から一転、女王のその言葉尻からこちらに対する明確な敬意が受け取れる。なんかちょっと気味が悪い。
「そして何より、貴殿はその身と不屈の精神によって強さを証明してみせた。……まぁ、つまり、端的に言いますと貴殿にはとてつもない可能性を感じました。だから、我々兵隊蟻は条件付きであなた方に協力することにしました」
「……え? マジで?」
続けられた女王の言葉に思わずそんな気の抜けた声が出てしまう。正直、実感がわかない。我ながら狼狽しているのがわかる。
──いやいや、ちょっと落ち着こう。
試練に合格した手応えはなかった。それが蓋を開けてみれば、目の前の試験官殿は何故か合格と言っている。ただし、条件付きで。
そりゃそうだ。結局は分の悪い賭けに乗ることには違いない。なんのメリットもなく一族を率いて協力することは出来ない。それを明示するための試練であり、あの戦いを見て女王は自分なりにそのメリットを見つけたのだろう。
ならば──
「……その条件っていうのは?」
言葉の裏、女王の思惑を少しでも見逃さぬように、俺はゆっくりと息を吐き、彼女を見据える。
そんなこちらの不躾な視線を全く歯牙にもかけず、女王は言葉を紡いだ。
「そんな難しいことではありません。一つは必ず飛竜の討伐を成し遂げて、この魔窟に平穏を齎すと約束すること。そして、次が本題なのですが──強くなってください」
「強くなる?」
「ええ」
あっさりと頷く女王の言葉に要領を得ない。何せ、彼女が提示した条件は俺としても当然な話なのだ。だから、もうちょっと踏み込んでみる。
「具体的に、俺はなにをすればいい?」
俺の質問に女王は隣の蟻騎士を一瞥してからこちらを見た。
「その前に、〈覚醒進化〉という言葉はご存じですか?」
「かくせい、しんか……」
また突拍子のない女王の質問に眉を顰めようとして……違和感に気が付く。
聞いたことのないはずのその単語。だが、遅れて思い出したかのように俺はその単語を聞いたことがある。「どこで?」と言われると「わからない」と意味不明な回答になってしまうのだが、確かに聞き覚えがあるのだ。
「その反応からして、既に条件は整っているようですね」
「……?」
意味ありげに納得する女王に疑問は深まるばかり。その言葉の意味をそのまま受け取るのならば、成長とはまた違った、特別なものっぽいが……。
「すみません、説明しましょう。〈覚醒進化〉とは特別な素質を持った魔獣のみが至ることのできる、成長よりも更に上の現象のことです。簡単に言えば今までとは違う自分に生まれ変わるということです──」
思考を巡らせて、覚醒進化なる言葉の意味を考察していると女王が説明をしてくれる。
生まれ変わる……言葉通りの「進化」。今世、虫の俺は幼虫から成虫へと成長するという感じだろうか。
「先ほどの戦いであなたには覚醒進化に至る素質と可能性を感じました。もしかすれば、あの飛竜にも届き得るほどの力がその生まれたばかりの幼体には秘められているかもしれない。それを確かめる意味も含めて、その可能性を確信に変えてください。その為の協力は惜しみません」
「それは……俺としてはとてもありがたい。そもそも、いつまでも水の中を浮かんでいるつもりはなかったし、いつかは成虫──蜻蛉になれたらなぁとは思ってたけども……。本当にそんな条件でいいのか?」
女王が提示した具体的な条件を聞いてなお、俺はイマイチどうして彼女たちが心変わりしたのか納得できない。
実質的に俺は蟻騎士に負けているわけだし、そんな期待されてる感を出されても困ってしまう。……いやまあ、協力してもらうからには善処しますけどね?
そんな俺の心情を透かし見たかのように女王蟻は不敵な笑みを浮かべる。
「そんな条件……ですか。いいですね、それぐらいの気概と豪胆さが無ければ魔窟の主要種族を牛耳る頭目は務まりません」
「……え?」
もしかして、覚醒進化ってそんなに難しいものなの? そう尋ねようとしたところで女王は佇まいを正し、それに倣って兵隊蟻たちも一斉に綺麗な敬礼をしてくる。
「改めまして、我々は貴方──ヤゴ殿の一党に加わり協力することをここに誓いましょう。どうぞ、飛竜を打倒し、この魔窟に真の平穏が訪れるその日までどうぞよろしくお願いいたしますね……党首様?」
というか、俺とあなたは対等というか、形としては企業提携のパートナーみたいな感じを想像していたんですが……もしかしなくても、傘下に入る感じなの? なんで俺がリーダーみたいなノリになってるの?
「やったな兄弟! これでまた俺たちの夢の実現に一歩近づいたな!!」
「「「オラオラオラオラオラオラ!!」」」
「いや、だから──」
本当は胸の内に湧いて出てきた疑問を今すぐにでもぶつけて、変な誤解を解きたかったし、色々と意義を申し立てたかった。だが、背後で思い出したかのように盛り上がりを見せるギュスターヴたちの所為でそんな雰囲気でもなくなってしまう。
──これは後でちゃんと話し合わなければ……!!
寄って集ってギュスターヴたちや兵隊蟻たちが俺を持ち上げて胴上げを始める。それに為す術なく、されるがままに宙を舞う中、俺はそう決意した。
今は新たな協力者を喜ぼう。




