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第2話 目標は大きく

 簡単講座! ヤゴくんの身体のここがすごいゾ!!


 やあみんな! ヤゴ君だ!!


 今回は、トンボの幼虫──ヤゴである俺が水中でどうやって呼吸をしているのか、簡単に解説しようと思うよ。


 そもそも、みんなはヤゴって何呼吸だと思う?


 虫なんだから肺呼吸? いやいや、でも水の中にいるからエラ呼吸だろって? ……なになに、てかそんなのどうでもいいだろって? 


 確かに! 俺もヤゴに生まれ変わるまではこんなことどうでもよかった。んなこと知ってても雑学としても話題性に乏しいし、知ってたところで「だから?」って感じだよね。わかる!!


 でもさ? でもだよ? 実際にこうしてヤゴとして生きていくからにはちゃんとそこら辺も理解してないとダメだよね? ヤゴとして当然の義務だよね? だから、この講義は必修、強制なんだよね。世知辛いね!


 さてさて、気になる質問の答えですが……ヤゴはエラ呼吸です。


 ヤゴは魚と違って尻の中に(エラ)があって、肛門に直接水を吸い込んで、直腸内にある鰓を使って水中にある酸素を取り入れて呼吸をするんだよね。すごいね。キモいね。つまり、尻呼吸ってことだね! ……違うか。


 現在進行形で俺は今、クソデカい蟹から肛門の放屁ジェットで逃げ回っている最中なんだけど、なんとビックリ! この放屁ジェットと呼吸が深く関係してるんだよね。


 説明した通り、俺みたいなヤゴは肛門から水を吸い込んで、尻の奥にある鰓を使って酸素を取り入れて呼吸しています。では、腹の中に吸い込んで、酸素を取り出した水はどうなるでしょう?


 ……そうだね、肛門から出さない限りはそのまま腹の中に溜まりっぱなしだね。お腹がたぷたぷして気持ち悪いよね!


 そして、この腹の中に溜まっている水を思いっきり、正に「放屁」をする勢いでぶっぱなすほど、自分でも驚くくらいの推進力を生み出せるんだよね。すごいね! 生命の神秘だね!!


 つまり、どうにもヤゴ(俺)は水中生物の癖に泳ぐの不得意で、主な移動手段がこの放屁ジェットというわけ! だから俺は今必死に間抜けな音を尻から鳴らして、蟹から逃げてるってわけだね。


 それじゃあ、今回の解説はここまで! また、次の講座でお会いしましょう!!


 ~完~


 ……なんて、脳内講座を盛大に開きながらも俺は巨大蟹から一心不乱に逃げていた。もちろん、前述した「放屁ジェット」でだ。


 ヤゴとしての本能なのか、それとも前世の俺は虫博士だったのか。全くもって俺の脳みそは個人的な記憶は微塵も思い出さず、この「放屁ジェット」の仕組みを完全に理解していた。


 意識が覚醒したばかりとは思えないほど、この放屁ジェットの推進力は凄まじく。何とか巨大蟹の攻撃を間一髪で回避できていた。


 ──てかしつけぇな!?


 靄がかかったようにスッキリと見渡せない水中をブッボブッボと掻き分ける。


 体感にしてかれこれ十分ほど逃げ回っているわけだが、どうにもこの巨大蟹はしつこい。これだけ奇跡的な逃走を成し遂げているのに、全く諦める気配がない。……いや、寧ろ最初の方より勢いが増してるまであった。


 今は何とかなっているが、状況は絶望的。目が覚めていきなり命の危機とはこれ如何に……。この世界は初っ端から無慈悲にも俺に死ねと言っているのかもしれない。じゃなきゃ、こんなのってないよ。


 ──いっそのこと、ワンチャンダイブ?


 考えようによってはもう一回、転生ガチャが引けるチャンスかもしれないが、そもそも「次」があるかも定かじゃないし、流石にそれは試す気になれない。……いや、仮に「死ねばもう一回ガチャできるよ?」と言われてもこちらから願い下げだ。


 ──普通に死ぬの怖いし……。


 記憶はないが、そんなことは記憶がなくても明白だ。あと、あのクソデカ鋏で身体を真っ二つにちょん切られるのは恐怖でしかない。なので、必死に逃げましょうねぇ。


 ずいずい腹にため込んだ水を吐き出しては吸い込んで、また吐き出して吸い込んでを繰り返す。理想を語らせてもらえば、このまま放屁ジェットで距離を稼いで、巨大蟹から逃げ切りたいところだが──たぶん無理だろう。


「ブグググググググググググ」


 呻くような鳴き声を響かせながら猛進してくる奴は、そもそも身体がデカすぎていくらこっちが必死に距離を稼いでも、それを嘲うかのように一搔きで詰め切ってしまう。


 正面からぶち当たって蟹をやっつけるなんてのは論ずるに値しない。こちとら、今さっき目が覚めたばっかで自分には何ができて何ができないのかも判然としてないんだぞ。あんな明らかにデカくて強そうな蟹に立ち向かえば、秒でやられる自信しかない。


「グギギギギギ──!!」


 奇妙な金切り声が口から漏れ出る。


 絶え間なく放屁ジェットで逃げ続けなければすぐにでも背後の鋏にすり潰されてしまうのだが、この状況をいつまでも維持できる筈もない。……何が言いたいのかと言うと限界が近い。


 ──力加減も考えずに連発し続けた所為でケツが痛ぇよぉ!?


 この放屁ジェット、推進力は抜群なのだが……結構疲れる。あと、水を取り込んで酸素を抽出する前に噴出してしまうので息も苦しいし、なによりケツ穴がやばい。ヒリヒリを通り越してももうズキズキと鑢で延々と擦られてるような痛みを訴えている。


 字面にしてみると、とても情けなさすぎるが当事者からしてみれば結構死活問題。生き残る為の唯一の、正に生命線だ。


 そして、その生命線は不意にぷつりと途切れる。


 ──……あ。


 腹に取り込んだ水の噴出が少しばかり遅れた。流石に息が限界だったのだ。時間にして僅か一秒や二秒の息継ぎ。だが、その数秒が致命的だった。


「ブグググググググググググ!!」


 ぬらりと水流を巻き上げて、黒い影が真後ろへと迫る。この時点で、急いで放屁ジェットで逃げようにも手遅れだ。その両手の鋏で行く手を阻まれるだろう。


 ──あー……ここまで、かな?


 流石にこれは覚悟するしかないかもしれない。やけに楽観的な思考が導き出したのはそんな諦観の姿勢であった。


 思えば、短く一瞬な二度目の人生でした。前世では長生きなんかせず、「太く短く」をモットーにハチャメチャな生き方をする輩もいましたが、俺の場合はちょっと短すぎて人生の厚みが測れない。


 ──よし、やるなら一思いに! ぐっちゃっと来いやぁ!!


 せめて最後は潔く、清々しく死んでやろう。そう思って後ろに向き直って蟹さんをまっすぐに見つめる。だが、次の瞬間、俺の視界が収めたのは蟹の必殺の一撃ではなく──


「ブグググッ──!!?」


 横から音もなく、激流を伴って現れたやけに長くてデカい魚が蟹に噛みついた劇的なシーンだった。


「──ンゴォ……!?」


 一瞬、予想外の光景に何が起きたのかポンコツな脳みその情報処理が滞るが、押しつぶさんばかりの水流によって俺の身体は吹っ飛ばされる。


 果たして、あの蟹とクソ長い魚(泥鰌(どじょう)っぽいの)がどうなったのかは分からない。確認する前に、身体はグルグルと回転して、視界はぐちゃぐちゃにこんがらがる。


 押し寄せる激流に逆らうことはこんなちんけな身体では不可能で、身を任せるしかない。そうして気が付けば、俺はそこ──きめ細やかな砂が敷き積もった水底に不時着した。


 ──た、助かった……?


 とりあえず危機は去った。そう考えて問題ないほどの静寂が周囲に満ち満ちていた。


 それでも油断しきってはいけない。咄嗟に俺は星のようにキラキラと光る砂を掻き分けて地面に潜る。これで完全に身を隠して、周囲の様子を覗う。これが意外と心地よい。


 呼吸も整ってきて、荒みまくった精神も徐々に落ち着きを取り戻していく。一時的な安全を確信して、冷静になった思考で考える。


 どうやらこの推定:湖は先ほどのようなバカでかい生き物が(ひし)めき合っていて、喰った喰われたの命のやり取りを繰り広げている。これぞ「弱肉強食」と言ったところか、圧倒的弱者である俺にとってはいつ死んでも可笑しくはないハードな世界だと言うこと。


 ──いや、これは強くならなあかんでしょ……。


 そうしなきゃここで生き残るのは疎か、すくすくと成長してお外の世界を自由に飛び回ることもできやしないし、このクソキモボディからの卒業はできない。


 明らかにクソ雑魚幼虫に転生したのはハズレ以外のなにものでもないけど……折角の異世界転生なんだからやっぱり旅なんかもしてみたい。


 なら、何とかしてこの物騒な水中を頑張って生き残るしかないよね。

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