第17話
【現在、種族名:■■グ■テ■フラ■の■■率は35■です。■■進化まで残り──】
もう随分と聞き慣れた声に安心感すら覚える。
以前よりもハッキリと聞き取れるようになってきた声の内容は、それでもまだまだ内容を理解するには穴抜けすぎる。
ある程度の周期──十中八九、自分の身体の中で変化、もとい成長した時に必ずアナウンスのように流れるこの声。
毎度毎度、律儀に知らせてくれるのに、そのくせちゃんとその内容が理解できないのは……こちらの能力不足の所為なのか。
──もうこっちの世界の言語は話せるようになったんだけどなぁ。
どうにも、言葉を理解し話せるようになったからと言って、この無機質な声はサービスしてくれないらしい。
全くもって、ケチな声である。
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自分の意思と反して身体がビクンと跳ね上がる。その不意の衝撃によって規則正しい呼吸のリズムが乱れて、微睡からの覚醒を果たす。
「──ンゴッ……」
どこか驚いたような、間抜けな自分の声。その声音とは裏腹に、寝起きの気分は最悪だった。
「お! お目覚めか兄弟?」
起き抜けに少し離れたところから快活な声が耳朶を打つ。視線を声のした方へ向ければ、そこには曲刀を規則的なリズムで振るう赤膚の鰐の姿が映った。
「……悪い。寝すぎたか?」
「いや、オレもついさっき起きたばっかだ」
やけに気怠い全身に力を入れる。
まさか自分が一番起きるのが遅かったかと焦るが、周囲を見渡せばどうにもそうでもないらしい。まだ眠りこけているものや、同じタイミングでのそりと目を覚ましているものなど様々だ。
ボスゴーレムくんとの交渉の末、採掘地帯の通行を許可された俺たちは順調に先へと進んでいた。そして、採掘地帯をもう少しで抜ける前に休息を取ることにした。
久しぶりの安全性が担保された場所での休息は、精神的にも肉体的にも負担が少なく、リフレッシュできると思っていたのだが──
「なんか休む前より疲れが溜まっているような……?」
起きてみれば、予想外の疲労感がずしりと伸し掛かってくる。
身体を大きく伸ばして少しでも気分をスッキリさせようとしていると、全身からずるりと何かが滑り落ちた。そんな奇妙な感覚に眉を顰め、何事かと視線を彷徨わせれば、
「また脱皮してる」
「おぉ、立派なもんだなぁ」
自分の姿と瓜二つの薄皮がだらりと側で草臥れていた。
感心したようにギュスターヴが抜け殻を持ち上げるが、それほど耐久力を有していなかったのか、抜け殻は自重で勝手に破れてしまう。ギュスターヴは千切れた抜け殻を見て申し訳なさそうな表情をこちらに向けた。
「わ、悪ぃ……」
「いや、いいよ。別に大事に取っているわけでもないし」
それに軽く頭を振って俺は一息吐く。
この脱皮──もとい、成長にも慣れたものだ。今回に限ってはどうして成長したのかいまいちピンと来ていないのだが……。
──もしかしてボスゴーレムくんとの戦闘か?
直近での戦闘と言えばそれぐらいだが、別に今回はボスゴーレムくんを倒したわけでも、ましてや食べたわけでもない。
「……え、もしかして表面を噛み砕いた破片でレベルアップしたってこと?」
意図せぬ捕食。それも極々、小さな食べたというより誤飲したにも等しい捕食で脱皮してしまうとはこれ如何に。
それほどまでにあのボスゴーレムくんが強者だっということなのか、それとも必要経験値があの時の誤飲で満たされて脱皮をしたのか。その真意は定かじゃないが……何となく、身体の不調の原因がわかってきた。
「鉱石類を食べるのは良くないよなぁ……」
いくら雑食なモンスター、いくら少量とは言え限度ってものがある。
今まで「噛み砕ける」、「飲み込める」、「変な味がしない」の条件をクリアしてれば何でもかんでも貪り食ってたけど、その弊害がここにきて現れるとは……。
「き、気をつけなきゃ……」
成長の変化としては、いつも通り身体が一回り大きくなったのと、外殻の強度が少し上がったような気がする。あと、身体が気怠くて、妙に重く感じるくらいか。
──誤飲した破片ってちゃんと消化できるよね?
仮にもし無理だった場合、後で確実に悲惨なことが確定している。何処がとは、ここでは敢えて伏せさせてもらおう。
「……まぁ、何とかなるか。知らんけど」
自分で自分の不安感を煽るのも馬鹿らしい。
「大丈夫か、兄弟?」
「多分? とりあえず先に進もう」
一人で勝手に盛り上がっていると既に他の皆は出発の準備が整っていた。
もう採掘地帯の出口はすぐそこだった。
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採掘地帯を抜けると、また殺風景で仄暗い岩壁と道には一本の水路が流れ始めた。
「どこいってたんやワレェ」
数日ぶりの水を前に俺は反射的に興奮してしまう。のそりといつもより重たく感じる身体でジャンプして勢いよく水の中に飛び込む。
水飛沫を上げながら水中へと潜り込み、水が流れていく方へと視線を向ければ、そこには大きな穴が穿たれておりぶくぶくとたくさんの泡を吹き出していた。
──あー……そういうこと。
採掘地帯に足を踏み入れたのと同時に、忽然と水路が途切れたと思っていたがどうやらそれは勘違いだったらしい。
水路は消えたのでは無く、採掘地帯の地下に流れていたのである。その地下に流れていた水が採掘地帯を抜けたのと同時に、また剥き出しになっている水路と合流していたのだ。
「やっぱ兄弟は水に浮かんでる方がしっくりくるな」
「気持ちよさそうですね」
「俺もそう思う」
ぷかぷかと水に浮かびながら進む俺を見て、ギュスターヴとリベラがそれぞれの感想を漏らす。
再び、どのモンスターも縄張りとしていない所謂──中立地帯に出たわけだが、目的地であるこの魔窟の出口はまだかなり先にある……らしい。異様に広すぎるこの洞窟に、今更文句を言っても仕方がないがそれにしたって長すぎる。
しかも、出口の目前には理不尽な強さを誇るこの魔窟の支配者が待ち受けているのだから先が思いやられる。あの飛竜を倒すとは言ったが、その方法は今のところ全くのノープランなのだ。
──どうしたもんかなぁ。
気合と根性だけでどうとでもなるのなら、今頃この魔窟はこんなことになっていない。
来る決戦に向けて何か策はないかと考えながら水路の水を掻き分ける。
中立地帯に入ってそろそろ体感で一時間ほど。ここまでは特にモンスターに襲われることもなく。いたって平和で順調──
「……ちょっと静かすぎないか?」
だったのだが、流石に違和感を覚え始める。
正確に言えば、モンスターの気配はするのだが、一向に襲われる感じがしない。絶妙な距離を保っているというか、気配だけでその姿を視認することは出来ない。
「監視されて……る?」
向こう見ずに襲い掛かってくる知能の低いモンスターではない。その気配は明確な意思と統率を持っている。
横でこの妙な気配に訝しんでいると、ギュスターヴが皮肉交じりに舌を打った。
「チッ……相も変わらず用心深いことだ──」
どうやら、彼はこの気配の正体を知っている風だった。ならばと、反射的にギュスターヴに尋ねようとするが、その前に察しが付く。
この中立地帯を抜けて先には、以前ギュスターヴが説明してくれた二つ目の種族の勢力地帯がある。話を聞くに、その種族は異常な繁殖力と絶対的な統率力によってこの魔窟の至る所に姿を現す。現在地とギュスターヴの口ぶりから、この妙な気配はそのもう一つの勢力種族だと考えるのがしっくりくる。
果たして、その答え合わせは眼前に突如として現れた一匹の蟻によって正となる。
「そこで止まれ。ここより先は我ら〈兵隊蟻〉の勢力圏にござる」
凛々しい声音に何処か似つかわしくない語尾。その蟻は「蟻」と呼ぶには聊か記憶にある姿と違っていた。
灰色の体表はまるで武者鎧のように鈍い光を放ち仰々しい。頭もまた普通の蟻の形とは違い、兜のように鋭く洗練された形を成している。
何よりも目を惹いたのは、身体を支える三対の脚の他に一本……所謂、上腕と呼んだ方がしっくりくる刀のような鋭利な手が右側に生えているということだ。
二匹の黒蟻を背後に従えたその灰蟻を前にギュスターヴは曲刀の柄頭に手を添えて、忌々し気に睨みつける。
「……よぅ、久しぶりだな蟻騎士。今日も女王様の為にせっせかとパトロールか?」
「──」
今にも斬りかかりそうなギュスターヴの殺気を大して気にした様子もなく、灰色の蟻──蟻騎士と呼ばれたモンスターの視線は俺を真っすぐに射抜いてくる。
「おぬしが今このアストラルライアーで何やら騒ぎ立てている蟲でござるな。いきなりですまないが、一緒にご同行願おう。我らの主君がおぬしに会いたがっておる」
「は、はぁ……?」
唐突な蟻騎士の物言いに、俺はそんな気の抜けた返事しかできなかった。




