第16話
今までの騒がしさが嘘のように静寂が張り詰める採掘地帯。それを突き破ったのは、少し動くだけでも身体の特殊な鉱石が擦りあって響く雑音だ。
さっきまで暴れていたこの縄張りの主である巨大岩蛇はのっそりと俺の元まで這い寄ると、傅くように頭を垂れた。
「悪いんだけど、通訳頼める──リベラ?」
「わかりました」
身を挺した交渉 (ガチギレ)の甲斐あってか、随分と従順に対話へと応じてくれたボスゴーレムとの意思疎通は本来ならば困難を極める。けれど、こちらにはリベラがいるのでそこら辺も呆気なく解決だ。
何故か怯えた様子のボスゴーレムくんに親しみを込めて笑みを称えながら、軽い挨拶をする。
「正気を取り戻してくれたようで何よりだ。まずは改めて、急に御宅の縄張りに勝手に入ってきてしまい申し訳ない」
「──! ────ッ!!」
「『気にしなくていいです』って言ってます」
リベラの通訳と同時にボスゴーレムくんは軽トラック並みに大きな頭を勢いよく横に振る。……なんか、ほんとにさっきと反応違くないか。
──それとも、こっちが素か?
妙な違和感を覚えながらも俺は言葉を続ける。まずはどうして俺たちがこの採掘地帯に訪れたのか、その理由を簡潔に彼に教えるべきだろう。
「さっきも言った通り、俺たちは敵じゃない。この採掘地帯へはただこの魔窟の出口を目指すために通り過ぎたかっただけなんだ」
「────?」
「『わざわざそんな危ないところへ何をしに?』」
ボスゴーレムくんは当惑した雰囲気を纏いながら首をかしげる。確かに、ここでずっと暮らしてきた彼らからすれば、わざわざ邪知暴虐の支配者が巣くっている場所に近づくなんて考えられないことなのだろう。
「そりゃあもちろん。あの飛竜をぶっ飛ばして、外へと出るためさ」
「『……正気か?』」
「そうだぜデカブツ! うちの兄弟はかなりイカれちまってんのさぁ!!」
やはり理解できないとばかりの反応をボスゴーレムくんは見せる。……あと、ギュスターヴのそれは褒めてるのか? 貶してない?
何故か興奮気味な仲間は無視して、俺はボスゴーレムくんの方へと向き直る。
「確かにアンタの言う通り正気じゃないかもな。けど俺は外の世界を見てみたい。その為には外への扉を閉ざしているあの飛竜が邪魔なんだ。だからついでにぶっ飛ばす。それだけだ」
「『お前みたいなイカれてる、変な虫は初めて見た』」
「だろうなぁ。自分でもそう思うよ──」
怯えた態度のわりに、そのハッキリとした物言いは好印象を覚える。
「変な虫ついでに、もう一つ変な提案を聞いちゃくれないか?」
「──?」
変におべっかを使われるよりかは話しやすい。俺は笑みを深めながらこの話し合いで一番重要な提案をする。
「俺たちと一緒にここの絶対的支配者であるあのクソ飛竜をぶっ飛ばさないか?」
「──ッ!?」
「アンタのその規格外な体格と膂力は最高の武器だ。是非とも、協力してほしいんだが……どうだろう? アンタらもあの飛竜には随分と煮え湯を飲まされてきたんだろ? これまでの鬱憤を晴らしたくはないか? 俺たちと一緒にあのクソ飛竜に一泡吹かせてやろうぜ」
昨日の敵は今日の友……ではないが、実際にその姿や戦いを見て実感した。
圧倒的物量とその大きな体とそこから生み出される力を持つ彼らの協力は非常に心強い。もし協力を仰げれば、対飛竜戦での対策の幅も広がるだろう。
そんな思いを巡らせながら、ボスゴーレムくんの返答を静かに待つ。果たして、彼が今の提案を聞いて導き出した返答は──
「『申し訳ないが、それには協力できかねる』」
否。その返答に別に驚きも意外性もない。
──まぁ、そうだよなぁ。
表情を崩さず、続けられたリベラの通訳を静かに聞く。
「『確かに、我々はあの飛竜に幾度となく理不尽な仕打ちを受けてきた。先日の縄張り荒らしもそうだ。できることなら仕返しだってしたい。……けれど我々はそんな危険を負うことよりも同胞の命が大切であり、一時であろうとも、その瞬間の平穏が大事なのだ。だから、申し訳ないが協力はできない』」
「ケッ……なぁに腑抜けたこと言ってんだこの腰抜け……」
その言い分を聞いて赤膚の鰐は呆れたような反応を見せるが、それを俺は即座に咎める。
「それは違うだろ、ギュスターヴ。お前だってボスゴーレムくんの言い分は理解できる。そうだろ?」
「……」
押し黙るギュスターヴは先の言葉を本心で言ったわけではないのだろうが、幾分かこいつは血の気が多すぎる。
一つの種族を収める長とは、自分を信じてついてきてくれる仲間の命を優先し、安全に導いていくことだろう。そう思えば、俺たちがやろうとしていることの方が、彼からすればおかしなことなのだ。しかも、その提案者がポッと出の、どこの馬の骨とも知れない幼虫の誘いとくれば猶更である。
──隣の赤鰐の方が珍しいパターンなんだ。
だから、別に協力を断られたからと言って怒るのはお門違いだし、その考えを尊重する。逆に、こんな妄言甚だしい博打みたいな提案をしたこっちが完全に悪い。
「アンタの言い分はご尤もだ。こっちとしてはぐうの音も出ない。それとごめん。俺たちはただこの採掘地帯を何事もなく通過させてもらえるだけで十分なんだけど……通らせてもらってもいいかな?」
「……オレも悪かった。すまなかった」
隣のギュスターヴと一緒に頭を下げて謝る。そんな俺たちを見て、ボスゴーレムくんは慌てた様子でリベラの通訳を頼む。
「『わかってくれたのならいいです。それと縄張りを通り抜けるのも、こちらに危害を加えなければ問題ないです』……とのことです」
「恩に着るよ。それと、リベラも通訳ありがとう。助かったよ」
「いえ、これくらいなら別に……」
話したいことはこれで全部だ。俺たちは立ち上がって移動の準備を始める。とは言っても、負傷者が居ないかを確認して、頭数の確認ができれば終わりだ。着の身着のままのモンスターのフットワークは激軽なのだ。
「おっと、そうだ。意図せずとは言え、大切な縄張りを荒らしちまったお詫びと、友好の印ということでコレを貰ってくれないか? ……とは言ってもそこらへんで拾ってきた石ころなんだが」
懐──身体と外殻の間に挟んで保管していた──からいつしか湖の水底で拾った綺麗な水晶のような丸石を取り出す。
ゴーレムという種族は岩や鉱石を主食とすると言っていたし、湖の底にあるただの石ころでもそれなりに珍しいだろう。そう思って、思い付きで差し出してみたのだが──
「──ッ!?」
「なッ……兄弟、その石──!!」
「綺麗な石ですね……」
約一名を除いて、何やら思っていた反応と違う。
その反応は驚いているというか、信じられないものを目の当たりにしたような感じで……もしかして、この石ころはこの魔窟に住むモンスターにとって不吉なものなのかと邪推してしまう。
「あ、いや、ごめん。流石にこんなの貰ってもしょうもな──」
「ヤゴさん、ゴーレムさんが『本当にもらっていいのか!?』って聞いてます」
「え? ああ、うん。もちろん」
一連の言動を全て撤回しようとした途中でずずいっと身を乗り出すようにボスゴーレムくんが近づいてくる。リベラが通訳してくれた内容からして、どうやらこの石ころを貰ってくれるらしい。
俺は淡い水色をした水晶のような石ころを地面に置いて、今度こそボスゴーレムくんたちに別れを告げる。
「それじゃあ遠慮なく縄張りを通らせてもらうよ。そのうちあのクソ飛竜を俺たちで倒すから、よければ応援だけでもしといてよ」
背後からはなにやら、感極まった様子で下級ゴーレムたちがその身を花火のように爆発させている。なんともイカれた感情表現である。
「うちの兄弟は随分と太っ腹だなぁ……」
隣では何故かギュスターヴが感嘆していた。なんだ、そんなにあの石ころって珍しいものなのだろうか。
──いや、でも湖の奥底に普通に転がってるくらいだしなぁ……。
俺と彼らとの間であの石ころに対する違いすぎる評価に首を傾げる。
不意に、背後で未だ盛大に見送りをしてくれるボスゴーレムくんの方を見れば、そこには言葉も話せず、表情も変わらない能面のような顔だけがしっかりとこちらに向けられていた。




