第13話
ここまで一緒に行動を共にしてきたエルフの少女──リベラは俺と同じようにギュスターヴに保護され、五体満足で元気そうであった。
湿地帯の集落を襲った飛竜の余波はかなり苛烈で、リベラがそれに巻き込まれていないかと心配したものだが杞憂に終わって本当に良かった。
「やっと! やっと見つけたの! 役目を……私が死んでみんなを幸せにしてあげなくちゃ……! 早く死ななくちゃ!!」
……というか、ちょっと元気すぎるぐらいだ。ギュスターヴらに案内されて、洞穴の出入り口付近でジタバタと他の鰐たちに取り押さえられている彼女を見た時の気持ちはなんとも形容しがたいものだった。
安堵はあった。小麦色の肌に傷一つなく大事がなかったことを喜びもした。意図せず言葉を話せるようになって、リベラとの再会に期待も膨らんでいた。けど、実際に再会してみれば彼女の精神状態はおかしなことになっていた。
──なんで?
その様はまるで存在もしない超上的存在を妄信する狂った信者のようで……その実、彼女のその綺麗な真紅の瞳は煌々と輝きを放ち、その可愛らしい小さな口からは支離滅裂な言葉が次から次へと漏れ出ていた。
今までずっと曖昧にしか理解できていなかったリベラの言葉をようやく理解できるというのに、その第一声がまさか「役目」とか「死ぬ」とか到底穏やかじゃない単語だと誰が想像できようか。
──そこはもっと感動的で、エモい感じの言葉じゃないのかよ……。
そうは言っても、ギュスターヴらの言う通り、リベラが正気じゃないのはどう見ても明らか。その言動からも、何とかして引き止めないと駄目な気がした。
なので、俺たちは彼女から直接、どうしてそんな滅茶苦茶なことになっているのか問い質すことにした。
そこで、俺は今まで何かと謎だったリベラの素性や目的を知ることができた。
彼女が差別され迫害された黒森人族だということ。生活はかなり困窮し、絶望的な状況、何も縋るものがなかった結果、神頼みをすることになったこと。
そして──特別な力を持つ彼女が生贄として選ばれ、この魔窟へと足を踏み入れたこと。
──どうりで、外に出たがらなかったわけだ。
リベラの話で謎が次々と解けていく。本来ならば喜ぶべきところなのだろうが、彼女の口から紡がれる内容からしてそんな気分にもなれないが……。
何せ、彼女はここに死にに来ているわけだから。
──こんなのおかしいだろ……。
前世の記憶……と言っても、未だにプライベートな情報が全く思い出せないポンコツ脳みそではあるが、そんな脳みそでもリベラの説明は到底納得できるものではない。
贄を捧げたからと言って、確実に見返りが返ってくる訳でもない。物事が好転する確証はない。無駄死にかもしれない。
──なにより、だ。
それはただの自殺であり、そのことをリベラも理解しているというのが救えない。
直接、彼女が言葉にした訳ではない。けれど、その表情を見ればわかってしまう。気の狂ったような態度だけで察してしまう。それは謂わば、防衛本能のようなものであり、当然の反応ともいえた。だって、自ら命を捧げるという行為は到底、正気で出来るはずもない。生き物の本能として「死」とは恐怖そのものなのだから。
「はぁ……その神様とやらがあの飛竜で本当に間違いないんだよな?」
リベラの話を聞き終え、俺は改めて聞き返す。すると彼女はなんの躊躇いもなく首肯した。
「はい。お爺さまから聞いた伝承の神様とあの飛竜の特徴は一致してました。間違いないです。……というか、お喋りができるようになったのですね。ヤゴさん。とてもお上手ですよ」
「そりゃどうも。こんな状況じゃなきゃ、もっと喜べたし、楽しくお喋りできたんだがねぇ……」
なんともマイペースなリベラの称賛に眉間を顰める。
一度、自身の中でソレだと確信を得てしまうと、外野が何を言おうがその考えが覆ることはない。聞き返したところで彼女からの答えが変わることはないとわかっていても、確認せずにはいられなかった。
──気に入らないな。
納得ができないと言ったほうが正しいかもしれない。そうだ、俺は彼女のこの状況に全く納得がいっていない。やっぱり、生贄なんておかしな話だとしか思えない。
種族が排斥され、凶暴なモンスターや森の恵みが皆無な生きていくには不都合すぎる地に追いやられ、常に黒森人族は死と隣り合わせの中で生活してきた。
確かに、特に何か大罪を犯したわけでもない彼らが、ただ流れている血が違うだけでここまで迫害されるのはおかしな話だし、その状況を嘆くのもわかる。仲間を殺し、食いつないで……そんな状況で正気を保つほうが無理な話だ。
けれど、だからと言ってどうしてまだ年端もいかないリベラが無意味な自己満足でしかない行為の犠牲にならなければいけないのか。
──神なんてバカバカしい……。
一瞬しかその姿を見ることは出来なかったがわかる。彼女の言う神様──この魔窟を支配している飛竜は彼らが求める救いの神なんてそんな類の存在ではない。
その証明として──
「なあギュスターヴ。あの飛竜ってのはリベラの言っていた神様とか、そんな大層な存在なのか?」
「まさか。兄弟も見ただろ? アイツは自分の事しか考えてない屑だ。理不尽に死を撒き散らし、自分の快楽の為しか力は振るわねぇ。確かにその血筋は特別なんだろうが、それだけだ。言っちまえば、嬢ちゃんたちを迫害した奴らとその思考回路は違わない。助けを求めたところで、嘲笑されて無駄死にするのが関の山だろうよ」
俺とリベラよりもこの魔窟、延いてはこの魔窟の支配者の事をよく知るギュスターヴがこう言っているんだ。やはり、神なんて都合のいい存在はいないのだ。
「けど……私たちにはもうこの方法しか──」
現実を突きつけられてなお、リベラはまだ救いの可能性があると思っている。いや、違う。信じないと今度こそ彼女はどうしていいかわからないから、信じるしかないのだ。
そこまでして、まだ幼い少女を追い詰めた環境や周囲の大人たちのクソみたいな理由に憤りを覚える。
もしかしたら、前世の俺は神様なんて信じていなかったし、天にすべてを任せる無責任な世間や大人が嫌いだったのかもしれない。それなら、この憤りも少しは納得できた。
──放ってなんておけない。
少女は自らが置かれた、このクソみたいな状況を甘んじて受け入れている。それもこれも、全ては身近に自分を助けてくれる存在が居ないからだ。そんなのあまりに理不尽で、度し難い。
──どうせ、外へ出るにはあの飛竜を何とかしなきゃいけない。
ならば、俺が彼女にとっての「助けてくれる存在」になれるのならば、なってあげたい。
魔窟で出会って、まだ間もないがそれでも俺は彼女の存在に助けられた。彼女と出会ってから俺の世界は広がった。それなりに情も沸いてしまった。
そんな存在が、無意味に死んでほしくないと思うのはわがままだろうか? 自分勝手だろうか? 余計なお節介だろうか?
まぁ、別になんだっていい。結局は自己満足だ。せっかくの異世界、好き勝手に自由に生きると決めたのだ。
「俺はあの飛竜を殺してこの魔窟から外へと出る。リベラにはその協力をしてほしい」
「……え?」
「協力してもらえるなら、俺は外に出た後、君のお願いをなんでも一つ叶えてあげると約束しよう」
「なん、でも……?」
「そうだ。仲間と一緒に生き残る別の方法を探すでも、自分たちを迫害した存在に仕返しをしたいでも、幸せに暮らしたいでも──なんでもいい。俺は出来る限り君の願いをかなえるために尽力しよう。だから……もうそんな、「死んでもいい」みたいな悲しい顔はするな」
「ッ……!!」
俺の提案に煌々と赤い宝石のように輝くリベラの瞳は大きく見開かれ、困惑した様子を見せる。
──まぁ、いきなりこんなこと言われても困るよな。
我ながら、急すぎる提案だと思う。だけど、言わずにはいられなかった。それに、今すぐに返答が欲しいわけでもない。彼女には考える時間は必要だ。
「今すぐに答えを出す必要はない。……そうだな、飛竜を殺すその時までに答えを出してくれればそれでいい。それまではゆっくり考えてみてくれ」
「え、それじゃあ──」
俺の言葉にリベラはさらに困惑した表情を見せて、何かを言おうとする。だが、それは後ろで話を聞いていた赤膚の巨体によって遮られる。
「気に入ったぜッ!!」
「ッ!?」
「は?」
急な大声に訝しむような視線を向けるが、大声の主──ギュスターヴはそれを全く気にした様子もなく、興奮気味に言葉を続けた。
「その心意気、気に入ったぜ兄弟! オレも兄弟の魔窟脱出と嬢ちゃんの願いを叶えるのを協力させてくれねぇか!?」
「いや、別にお前にそんなことする理由なんて──」
「理由とか理屈じゃねぇだろ!? オレたちは血肉を分け合った兄弟だ! 理由はそれだけで十分! ……なにより、オレもあの飛竜には散々煮え湯を飲まされてきて、いい加減我慢の限界だったんだ。これもいい機会だし、洞窟暮らしともオサラバ! 兄弟と一緒なら外の世界でも楽しくやれそうだしなッ!!」
「……」
そんな感情的な理由で一族の重要な今後の生き方を決めてもいいものなのか。
──いや、絶対ダメだろ……。
そうは思いながらも、件の勢いバカの考えは変わらない。それどころか、奴の大々的な発言を聞いて他の鰐たちは何故か盛り上がり、賛同の意見もちらほら聞こえてきた。……いや、だからノリが軽すぎない?
「この魔窟に詳しいギュスターヴが協力してくれるってんなら、こっちとしてはありがたい限りだが……本当にいいのか?」
「おうよ! これからよろしく頼むぜ、兄弟ッ!!」
最後の確認とばかりに聞いてみればギュスターヴは気持ちのいいくらいに頷いてサムズアップして見せた。
そうして、目的や目標が明確となり、新たな仲間と決意を胸に俺は魔窟の探索を再開するのだった。




