第11話
【現在、種族名:■■グ■テ■■ラ■の■■■は25■です。■■■化まで残り──】
微睡む思考が夢から覚める間際、聞きなじみのある無機質な声がした。今までよりもハッキリと聞き取れたその声はしかしながら、次の瞬間には泡のように弾けて跡形もなく消え去ってしまう。
たぶん、覚えておいたほうがいいはずなのに、脳裏の彼方へ隠れてしまう。……でも、眠っている時に見る夢っていうのは往々にして覚えていられないものだし、完全に意識が覚醒してしまえばこの思考さえ綺麗に忘れてしまう。
だから、あまり気にする必要はないのだろう。
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「クソッ! あのトカゲ野郎、また俺たちの住処を──!!」
「せっかくあそこまで元通りにしたってのに、またやり直しかよ……」
「頭ぁ! 俺たちもう今回こそは我慢ならねぇよ!」
「落ち着けテメェら、怒る気持ちはわかるがグッとこらえろ」
何やら、話し声が聞こえる。それも随分と殺気立っており、言葉の端々からは怒りが滲み出ている。
「んごぉ……」
やけに騒がしい話し声に意識がゆったりと覚醒していく。どうやら、眠っていたらしい。
──どこだ、ここ?
辺りはほんのりと薄暗く、じめっぽい。近くでパチパチと音を立てて燃える焚火が唯一の光源で、地面に寝ていたはずなのにやけに身体が凝っていない……というか快適だ。よくよく確認してみると、地面には柔らかな干し草が敷かれていた。
──マジでどういうこと?
意識を失う直前と目を覚ました現状の落差が酷すぎて風邪をひきそうだ。これは助かったということでいいのだろうか。……たぶん、助かったということでいいのだろうな。
近くにあの飛竜の気配は感じない。呑気に眠りこけられるくらいに、今いる場所は安全のようだった。ならば、とりあえず今するべきことは現状把握だ。
──まずは身体の具合だが……。
赤膚の鰐──ギュスターヴとの戦闘で負った傷は目が覚めれば綺麗さっぱり癒えていた。もぞもぞと身を捩れば、べろりと全身の皮が捲れる爽快感がやってきてそれに抗うことなく俺はもうほぼ脱げかけていた皮を完全に剥く。
中身が無くなった皮はぐったりと地面に草臥れている。今回もかなり立派なサイズだ。どうやら、ギュスターヴとの戦闘で捕食した腕が俺に成長を齎してくれたらしい。
──コスパ良すぎない?
たった腕一本を捕食しただけで脱皮したのは初めてだ。もし仮に腕どころか、あの鰐を丸ごと食べていたらどうなっていたのか。とても気になるところだ。
たぶん……というか十中八九、次、戦えば勝てる気はしないのだが。それぐらいあの鰐は強かった。我ながら、最後のあの突風を伴った斬撃をもろに食らってよく生きていたものだ。
──今回の成長は前みたいに姿かたちが変わっていることはないな……。
ぺたぺたと自分の身体を弄って主だった変化がないことを確認する。目が覚めるたびに身体のどこかが変わっていたらその都度、変化した身体の扱いに慣れるのが大変すぎる。
「はぁーよかったよかった……」
ホッと胸を撫でおろして、ゆったりと敷かれた干し草の上に座りなおす。そこで俺は違和感に気が付く。
──……はて? 今の流暢な発話はいったいどこの誰がして……?
「おお! 目が覚めたかい兄弟! よかったよかった!!」
脳裏に浮かんだ疑問を他所に、こちらに気が付いたギュスターヴは嬉しそうに破顔して話しかけてくれた。
「……」
話しかけた。そうだ。話しかけられたのである。色々と気になることはある。どうしてこの鰐は意識を失うまで殺し合っていた相手にここまで親しげに話しかけてこれるのか? この薄暗い洞穴みたいな場所はなんのなか?
──どうして急に奴の言葉をしっかりと理解できているのか?
「はぁ?」
ついでに言えば、あれほど呂律の回らなかった俺の口もどうしていきなりこんな流暢に言葉を話せているのか。これが不思議でならない。そうだ、目が覚めた時から感じていた違和感の正体はソレだったのだ。
そして、この違和感と疑問を都合よく説明できる理由が一つ俺は持ち合わせていた。
──何も変わってなんかいない。俺は成長して、あの鰐から言語能力を獲得したんだ。
全くもって、この世界の「成長」とは生物の様々な過程や構造を度外視した法則だ。聞き取りや単語を覚えるのでも一苦労。発話となれば更なる難しさとなる言語の習得をこうも呆気なく実現させてしまうのだから。
──これが異世界クオリティってやつか?
だが、悪いことばかりではない。寧ろこれに関して言えば色々な問題を一挙に解決できたといえる。言語の壁というのはほんとに根深く、面倒だとこの数日で痛感した。
例えば、今まではこんな簡単な質問をするのにも一苦労していたのだ。
「助けてくれた……ってことだよな?」
「おうよ! さすがにあのクソ野郎が横やりを入れてきたら逃げざるを得ない。あいつは規格外だからな……てか、喋れるようになったんだな?」
「まぁ、あんたのお陰でな……」
俺の素朴な質問にギュスターヴは快活に答えてくれた。会話も問題なし。ならばと、俺は隣にどかりと腰を下ろした赤膚の鰐に続けざまに質問をした。
「ここはいったいどこなんだ?」
「オレたち〈ギュスターヴ一族〉の避難場所だ。昨日みたく、いつも集落が襲われたときはこうして予め掘っておいた洞穴に避難できるようにしてるんだ」
「どうして余所者の俺たちも一緒に匿ってくれたんだ? 別に見捨てることもできたよな?」
「そりゃあオメェ、あの非常事態でそんなこと言ってられるかよ。それに、オレとテメェさんは血沸き肉躍る死闘を繰り広げた好敵手、血肉を分け合った仲──つまりもう兄弟みてぇなモンじゃねぇか。気高き〈ギュスターヴの戦士〉は決して仲間を見捨てねぇ。だから助けたまでよ」
「血肉を分け合った……兄弟?」
淀みなく、明朗快活と言い切ったギュスターヴの言い分は……正直ちょっと納得するには突飛すぎる。
確かに、俺とこいつは殺し合いをして、俺は戦闘の最中で攻撃手段として奴の腕を喰ったがそれは不可抗力というか……寧ろ、憎まれてもおかしくはないと思う。情を抱かれる謂れがない。
「それに、この腕も肉をたらふく喰って、たっぷり寝れば次の日にはまた生えてる」
「えぇ……」
けれど、眼前の鰐は「理由はそれだけで十分だ」と自分を信じて疑わない。てか、そんな雑な方法で腕が生えるとかマジかよ。流石はモンスターといったところか……いや、まぁ俺もコイツの事を言える立場じゃないけれども。
多分、このギュスターヴというモンスターはこういう性格のモンスターなのだろう。そう納得するしかないし、何より結果としてこいつは俺を助けてくれた。友好的に接してくれる。今はそれだけで好都合だ。
ギュスターヴのとんでも理論に面食らったが、思考を切り替えて俺は再び言葉を紡ぐ。
「まぁ、なんだ……助けてくれたことはありがとう。アンタが助けてくれなきゃ、俺は夢半ばで倒れるところだった」
「いいってことよ!」
理由はともあれ、助けてもらったのならば感謝はするべきだ。俺が頭を下げるとやはりギュスターヴは爽快な笑みを浮かべる。全く、どこまでもあっけらかんとしていて、気持ちの良い奴だ。
この洞窟で初めて遭遇した言葉を喋る、知性高い鰐のモンスター。同族の長──種族の名を戴くこの赤膚の鰐ならば俺の知らないことを知っている。この際だ、もう聞きたいことを聞いてしまおう。
「質問続きで申し訳ないんだが……あの飛竜はいったい何なんだ? いつもと言っていたけど、あんな悲惨なことが頻繁に起きてるのか?」
「あの飛竜──龍王の眷属〈ドラグニティワイバーン〉はこの魔窟〈アストラルライアー〉の支配者だ。兄弟の言う通り、あの野郎は定期的にこの魔窟の中を飛び回っては殺戮の限りを尽くす……まさに天災みたいな存在さ。アイツに何度、集落を滅ぼされ、仲間を殺されたことか……!!」
ギュスターヴは過去の凄惨な記憶を思い返してか、忌々し気に地面を強く叩く。そして、こちらを真剣な眼差しで見ると言葉を続けた。
「確か、兄弟はこの魔窟を出たいんだったな。なら、悪いことは言わない……諦めたほうがいい。この魔窟の出口はたった一つで、そのすぐ近くにはあのクソトカゲの縄張りがある。外へ出るにはあいつを何とかしなきゃいけないんだ。そして、かつて外を夢見たモンスターその全てがあの飛竜に殺され、その夢を叶えることはなかった。逆もまた然りだ。外から来る侵入者もあの飛竜は許さない。この魔窟はもう何百年も閉ざされているのさ」
確たる事実として、ギュスターヴは淀みなくそう断言した。
なるほど確かに、意識を失う直前の一瞬ではあったがあの飛竜──ドラグニティワイバーンは異常な力を誇り、その全てで殺戮の限りを尽くしていた。支配者というのも納得できる。今の俺じゃあ逆立ちしても適うはずがない。
──どうしたもんかなぁ……。
そんな事実を突きつけられても、俺は何故だかこの洞窟から出るのを諦めるなんて微塵も思えなくて、無意識に思考を巡らせていた。
俺よりも長くこの魔窟で生きて、酸いも甘いも知り尽くしているギュスターヴからすればそれはきっと愚かなことなんだろうけど、残念ながら俺は愚かなほどに諦めが悪いらしい。それに、今のギュスターヴの発言には一つ誤りがある。
「たく……不思議なモンスターだな、兄弟は。今の話を聞いても怖気るどころかやる気になるとはな。それに何より、この魔窟にずっと来ることのなかったヒトと一緒ってのも何か運命的なものを感じるぜ」
どうやら、自分の発言ながらにギュスターヴも誤りに気が付いている。
今まで外からの侵入を許さなかった魔窟〈アストラルライアー〉は既に過去の話。だって俺はここまでこの洞窟に存在するはずのない生命種──エルフの少女と一緒に行動をしてきたのだから。
「彼女は今どこに……?」
そんなここまで苦楽を共にしてきたエルフの少女──リベラはどこにいるのか。一緒に逃げてきたということはこの洞穴に彼女もいると勝手に思っていたが……一向に見受けられない。
「あの嬢ちゃんなら……目が覚めたからずっと気が触れたように、『あの神様に殺されるんだ』って騒いでるよ。今は何とかウチの野郎どもが押さえつけて落ち着かせてるが、それもずっと続けるわけにもいかない。兄弟からもあの嬢ちゃんに何か言ってやってくんねぇか? どうにも、俺たちじゃどうしようもない」
果たして、その疑問はギュスターヴによって解かれる。
「……は?」
全く、予想だにしない説明によって。
これまで一緒に行動してきたが、俺個人としても彼女がどういった存在なのか謎に包まれていたが……どうにも、予想以上に彼女は彼女で相当な訳ありらしい。




