第10話
「■■■ギュスターヴッ! ■■■?」
「オレ、ヤゴッ!!」
荒々しくも雄々しく、赤膚の鰐──ギュスターヴが名乗りを上げた。それに釣られて、俺も勢いよく名乗りを上げる。
……というか、今更であるが自分のことを「ヤゴ」と、総称で名乗るのはどうなのだろうか? リベラやギュスターヴたちからはそのままスルーされてしまっているので今更訂正することもできない。
──これが落ち着いたら、なんかかっこいい名前でも考えるか……。
流石に「ヤゴ」が名前というのは嫌すぎる。不意に脳裏に浮かんだどうでもいいことを振り払って、体の具合を確かめた。
調子は上々。巨大蟹との戦闘を経て成長したこの身体の感覚にも随分と慣れたものだ。この洞窟の探索を始めたころなんて、力の加減が前と違うものだから何かと苦労した。放屁ジェットが暴走して、壁や地面のシミになりかけたのは本当に死ぬかと思った。
閑話休題。
戦場はもちろん鰐らの縄張りである湿地帯。気が付けば周囲には五十体ほどの鰐が周囲を取り囲み、今か今かと決闘の開戦を待ちわびて、色目気だっていた。その中にはメスや小さな子ども鰐まで混じっており、巣に隠れていたであろう者まで総出である。
──さりげなく水をチャージしてと……。
水路と比べると水嵩は比べるまでもなく低いが、問題なくジェットの水は確保できる。大丈夫だ。戦える。
ギュスターヴも同じように肩や足腰の関節を曲げたり伸ばしたりして具合を確認したのちに、腰に佩いた抜き身の曲刀を構えた。その構えは肩肘張らず、荒々しくも自然体で戦いなれている強者の風格を漂わせる。
そして、鋭い眼光でこちらを睨めつけると大きな口を開けて雄叫びを上げた。
「ウォラァアアアアアアアアッ!!」
「「「オラオラオラオラオラオラッ!!」」」
ギュスターヴの雄叫びに共鳴するように周囲の鰐たちが呼応する。コール&レスポンス。まるでこれを待っていたかのような鰐たちの反応からして、これが彼らの種族で決闘が始まる合図なのだろう。
予想通り、ビリビリと肌を震わせる雄叫びが止むとギュスターヴは地面を蹴って突進してきた。
「■■■■ッ!!」
筋肉がぎっしりと詰まった健脚から繰り出される推進力は凄まじく、瞬く間に奴は間合いを縮めて自身の間合いへと持ち込む。腰だめに構えられた曲刀が風切り音を上げて、水平に鋭く軌跡を描く。
「ンゴ──!!」
それを一割未満のジェットを右方向に噴射して回避する。この程度の速度ならば問題ない。
「■■■ッ!?」
どうやら俺の回避方法が奇怪だったのか、ギュスターヴは驚愕した声を上げたみたいだった。回避一つで意図せず相手の虚を突くことができた。これは反撃を仕掛けるチャンスだ。
「ンゴラッ!!」
回避を経て俺はギュスターヴの左側面へと回り込む形。間髪入れずに三割程度の水を一気に噴射して奴へと肉薄、そのまま首元めがけて食らいつこうとする──
「■■ッ!」
だがギュスターヴは瞬きの間に正気を取り戻すと、その巨体からは想像がつかないほど滑らかな動きで体の軸を切り替え、曲刀で防御姿勢を整えた。
攻撃は届かない。それでも俺は勢いを緩めることはせずに、そのまま突っ込む判断を下した。理由はそんな器用なことをできないというのもあるが、一番は──奴の曲刀を嚙み砕けないかと思ったからだ。
「ゴッ──!」
これまでの成長で頑強さを手に入れた口と顎は刃を嚙んだぐらいでは斬れることも砕けることもない。「ガチッ」と鋼鉄特有の音と冷たさ、匂い、感触が口内に広がりながらも気にせず牙を突き立てて破壊を試みる。
「■■ッ!」
ギュスターヴもこちらの意図を察したのか、咄嗟に刃に嚙みついた俺を振り払おうとするが、そんな簡単に離れてやる義理もない。
ググっと顎に一気に力を掛けて、一思いに噛み砕こうとするがこの曲刀、異様に固い。
──ただの刀じゃないな。
数秒間、ギリギリと歯を立てて破壊を試みるがやはり無理。時間をかけすぎたこともあって、気が付けばギュスターヴの掌が俺の体を鷲掴み、力ずくで刃から引きはがし思い切り投げ飛ばされる。
「ンゴォ!?」
空気を全身に受けて自由落下。驚きはしたが対処できないほどでもなく。俺は宙返りの要領でくるりと一回転して地面に着地する。
激しく水飛沫が舞い、互いに睨み合う。わかりきっていたことだがこの鰐、相当に強い。剣やら防具を身に着けていることから、戦い方がモンスターっぽくないし。まるでヒトと戦っているような感覚だ。
──まぁ、実際にヒトなんて戦ったことないんだけどなッ!!
一息で呼吸を整えてる間にさり気なく水を補充。四割ほどの水量で急加速で再びギュスターヴへと肉薄する。
「■■■■ッ!!」
奴も奴で血が滾ってきたのか、迫りくる俺を見て獰猛に口角を引き攣らせて鋭い牙を覗かせた。
「「「オラオラオラオラオラオラッ!!」」」
周りのボルテージも青天井に爆発していき、浅い水面が震え上がる。
不意にこんな興奮状態の中に放り込まれたリベラの姿が視界の端に映った。彼女は何とか自分の身を守りながらも、決してこの決闘の行く末を見逃すまいと熱い視線で見守ってくれていた。それだけで、なんだかやる気が出た。
「ンゴラァアッ!!」
二度目の激突。先ほどよりも素早くギュスターヴの懐へと潜り込み白く膨らんだ腹に突進。ギュスターヴはこれを躱さずに受け止めた。
まるで鉄板にでもぶつかったような衝撃が頭頂部を襲い、ぐらっと視界が揺れた。一瞬、身体が硬直して離脱が遅れる。それを見逃すギュスターヴではなく。奴は真上から垂直に曲刀の柄頭を槌のように振り下ろす。
「ウォラァアッ!!」
「ングォッ!?」
二重で響く衝撃に目を剝く。背中を強打されたことによって、腹に溜めていた水が勝手に肛門から噴き出て無駄に消費してしまう。
──こうなったら徹底的にだ!!
それでも身体はピンピンとしている。鎧のように全身に張り巡らされた外殻はギュスターヴの痛烈な打撃にも耐えて見せた。これならもっと攻めていける。
「ンガァ!!」
「■■■■!」
背中の強打のお返しと言わんばかりに、俺はギュスターヴの懐にぴったりとくっついて奴の右腹側部へと牙を突き立てる。狙いどころ悪く、防具ごと巻き込んでしまうが関係ない。全部を噛み砕く気概で力を籠めた。
効果はそれなり。ギュスターヴは怒気の籠った声を荒げながら次の打撃を見舞ってくる。
「ウガァア!!」
「ンゴァア!!」
「「「オラオラオラオラオラオラッ!!」」」
売り言葉に買い言葉。勝負は防御を完全に捨てた肉弾戦の様相を呈してきた。俺もギュスターヴも被弾前提。血が吹き出ようが、骨が折れようがお構いなし。体が動き続ける限り、一心不乱に敵に喰ってかかる。
それでも殴り続ければ、続けるほどに地力の差が透けて見えてくる。一撃一撃の攻撃力の重さが明確に勝負の趨勢を傾け始めた。
──キッ、ツ……いッ!!
明らかに俺は息が上がり、動きのキレが鈍り始めていた。
肉体の差、膂力の差、戦闘経験の差があった。この赤鰐、おかしいくらいに強い。こっちがかなり深く深く噛みついて傷を負わせても、それ以上の一撃で上回ってくる。あと、さりげなくこっちの攻撃の狙いをずらして、好きなようにやらせてくれない。これが一番きつかった。
このまま続けていけば先に潰されるのは確実に俺だ。仕掛けに行かなければ為す術なく殺される。
だから、畳みかけることにした。
「ン、ゴォオッ!!」
今までの超接近戦から一転。俺は放屁ジェットで大きく後ろへ飛び退き、限界まで水を腹の中に充填する。そして、小刻みに最低限の──けれどギュスターヴが捉えきれるか微妙な速度でジェット推進を繰り返し、奴の周りを動き回る。
「……」
ギュスターヴは下手に攻め込もうとはせず、こっちの小細工を真正面から受け止める姿勢をとった。今までの荒々しさは鳴りを潜め、静かに視線を巡らせて俺を見逃すまいと集中する。
小細工は弄せず、相手の力を真正面から受け止める。それがギュスターヴの戦闘のモットーなのだと、これまでのやり取りで何となく理解できた。だからこそ、俺はこの一策を決行した。
敢えてリズムは一定に。次の行き先を推測できる軌道で、奴の目の動きを慣れさせる。水の残量は残り六割。
──あともう一巡……。
腹の中の水の具合を逐一確認しながら、機をうかがう。そして、予定通り同じ軌道をもう一巡描いたところで、俺はわざと移動速度を遅らせた。
「ッ──!!」
明確な隙に、今まで俺の動きに気を張り巡らせていたギュスターヴは喰いつかずにはいられない。ググっと、明らかに筋肉の緊張、身体の強張りを感じさせて、俺は腹に残っていた半分の水を使って急加速した。
──行くぞッ!!
これにより俺は一息でギュスターヴの背後へと移動して、視界から居なくなることに成功する。奴は完全に動きを釣られて、攻撃の予備動作へと突入していた。
微かに、歯噛みする奴の息遣いを感じ取る。逆にこちらは興奮で目をギラつかせて、必殺の一撃を見舞うために、全力を尽くす。
「ンゴラッ!!!」
残っていた水、全てを使ってジェット。真後ろからの急接近にここからの巻き返しは絶望的だ。ガラ空きとなったギュスターヴの背後、その首筋目掛けて俺は肉薄し……そして思い切りかぶりつこうとした瞬間だった──
「■■■■■■■──ツヨキ、モノヨ」
「ッ!!?」
何故か、完全に動きの虚を突いたはずなのに、ギュスターヴは不自然なほど滑らかに反転して、俺の噛み砕きを左腕で受け止めた。
奴がそうだったように、俺も急には動きを止められない。そのまま目当てと違う左腕に噛み付き、勢いのままにその肉を断ち切った。ギュスターヴは少しばかり顔を顰めるばかりで声を荒げることはなく。即座に反撃の態勢へと一転した。
「戦技──風斬ッ!!」
やけにはっきりと聞き取れた、全く聞きなじみのない単語に困惑していると、次の瞬間には身体を真っ二つにされたのではないかと思うほどの衝撃と激痛が襲い来る。
「ッッッ──!!?」
多分、上段からの斬り下ろし。突風に打ち付けられるようにして地面へと激突して意識が一瞬だけ真っ白になる。
呼吸が上手くできず、痛みから反射的に全身が縮こまろうとすると更に骨が軋んだ。歯を喰いしばって反撃に転じるのは難しい。脳が身体に命令を送っても反応しない。完全にノックアウトしていた。
──あー……こりゃ無理だ。
意識がぼんやりとする。完敗だ。まさかあの土壇場であんな反則的な身のこなしをされるとは思わなかった。……そういえば、こんなこと前にもあった。
「■■■■■、■■■■──」
朦朧とする意識を手繰り寄せて、巨大蟹との戦闘を思い出していると視界にギュスターヴの赤膚が映った。
これから俺は殺される。勝負をする前にそういう約束だったし、逃れようにもこの状況では難しい。それに俺は勝負に負けたのだ。潔くそれを認めるしかない。
──煮るなり焼くなり好きにしてくれ。
通じるわけもない言葉を脳裏に浮かべて、その時を待つ。……だが、一向にギュスターヴは止めを刺そうとしない。
まさか、情けをかけてくれるとでもいうのか。なんとも都合の良い希望を抱いたのと、
「GRUUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!」
その今まで聞いたことのない、悍ましい雄叫びが湿地帯に響いたのは同時だった。
「■■■■■!?」
「■■■■!!」
「■■■■■!!」
今まで俺とギュスターヴの決闘に白熱していた鰐たちが、別の意味で騒ぎ始める。困惑や動揺……そして、恐怖。様々な感情が綯い交ぜとなって、彼ら怪物の雄叫びを聞いて、その場から我先にと逃げ惑い始めた。
何事かと沈みかけていた意識を無理やり引っ張って、朧げな視界で周囲を見渡す。そして、その声の発生源は俺たちの遥か頭上で風を逆巻き、眼下の逃げ惑う鰐たちを睥睨していた。
──……ドラゴン?
一言で称するのならば、そのモンスターは竜──飛竜だった。
全長は4メートル前後。赤黒い鱗は禍々しくも鮮烈で、二本の脚は猛禽類のような鋭利な鉤爪。細長い首の先には獰猛な蜥蜴に似通った顔があり、その口からは火種が零れ落ちている。何よりも目を惹くのは身体と同等の大きさと広さを誇る一対の翼だ。
「GRAAAAAAAAAAA!!」
どうやら、突如としてこの湿地帯に現れた飛竜は鰐たちの住処である集落を襲っているようだった。
水の弾ける音と一緒に彼らの藁葺きの巣が呆気なく蹴倒され、口から噴き出た炎に焼き尽くされる。酷いものだ。地面は抉られ、集落は壊滅。鰐たちは逃げることしかできない。……いや、全員が全員、無事に逃げ切れるはずもなく。飛竜に足蹴にされ、食い殺される鰐も視界に映った。
──リベラ、は……?
ふと、ここまで一緒に来たエルフの少女の安否が気になった。賢い彼女の事だから、きっとすぐにこの場から逃げて大丈夫だと思うが、確認することもできないので不安ではある。
──たぶん、俺はこのまま死ぬだろうし……。
依然として体は動かない。鰐たちはすでに逃げられるものは逃げている。倒れた他所の者の俺を助ける義理もない。当然だ。
……そう思っていたのに、気が付けば俺は何者かに運ばれていた。
「ンゴ……?」
「■■■■■!」
いったい誰が俺なんかを? その答えは意外というべきか、先ほど一緒に殺し合っていた赤膚の鰐──ギュスターヴだ。彼は片腕で必死に俺の体を抱え込み必死に逃げていた。
──どうして?
疑問が駆け巡るが、今はどうでもよかった。助けてくれるなら、ありがたく助けてもらおう。……もしかしたら、助けられた後に殺されるかもしれないけれど、それでも今は為す術がなかった。
ぐらぐらと視界が乱雑に揺れる。途切れ途切れに景色が切り替わって、移動していることが分かった。途中で、リベラの姿が視界に映る。どうやら彼女は他の鰐と違って逃げ遅れたみたいで、地面に座り込みながら呆然と宙を舞う飛竜を見つめているようだった。
──助けなきゃ……。
反射的に身体が動いて、それをギュスターヴの丸太のような腕で制止される。
「■■■■!■■■!!」
「■■!!」
どうやら彼は急に動き出した俺が何をしようとしたのか察してくれたようで、即座に近くにいた一体の鰐に指示を飛ばす。
飛び出した鰐──おそらく一番最初に俺たちを見つけた個体──が呆然と上を見上げ続けるリベラを回収して、全速力で走る。
──よかった。
それを確認した途端に、急に安堵が全身に押し寄せて一気に身体の力が抜けていくのがわかる。
微睡む眠気に抗うことはできず。俺の意識は勝手に暗闇へと沈み込む。無事にあの暴れまわる飛竜から逃げおおせたのかは、わからなかった。




