プロローグ
その日、僕は知った。
本当の「燃え尽きる」ってこういうことなんだ、って。
山道を転がり落ちた。岩が背中を切り裂く。痛みなんて、もう感じなかった。空がぐるぐる回る。夕焼けの赤が、視界をべっとり塗りつぶしていく。
あの時の「アレ」は、全部、僕のせいだった。
守れなかった。
笑顔を、日常を、約束を――全部、何一つ守れなかった。
ただ、手を伸ばしただけだ。
届かなかっただけだ。
それだけなのに、なぜ、体中がこんなにも…。
「…熱い」
唇が裂け、声にならない声が零れた。
僕の胸の奥で、何かが、ぐるぐると渦巻いていた。怒り? 絶望? 後悔? 全部混ざり合って、溶岩のようにどす黒く煮えくり返っている。それは、僕自身の血の音だった。鼓動が、轟音のように耳を打つ。
たぶん、もう終わりだ。ここで、すべてが終わる。
そう思った瞬間だった。
閃光が、視界を白く焼いた。
痛みが、すべてを塗り替えた。
「ぎああああああっ!!!」
それは、悲鳴でも咆哮でもなかった。体の内側から押し上げてきた「何か」が、喉を破って出てきただけだ。
次の瞬間、僕の拳から炎が吹き出した。
赤く、ぶ厚く、狂ったように踊る炎が。それは山道の闇を一瞬で引き裂き、僕が今まで見たこともない、強くて、汚くて、熱い光だった。
なぜだか分からなかった。
ただ、一つだけ、はっきりと分かった。
――これは、まだ、「燃え尽き」じゃない。
炎が拳を包み、腕を伝い、僕という器を満たしていく。骨が軋み、皮膚が焦げる臭い。すべてを破壊するこの熱さが、なぜか、冷たくなりかけていた心を、無理やり甦らせていた。
「ああ…」
硝子のように割れた視界の向こうに、影が蠢いていた。奪った者たちの影が。
僕は、焼け爛れた腕を、ゆっくりと地面に突いた。崩れた土。熱に灼けた石。
そして、立てた。
炎の中で、僕は、ほんの少しだけ、前へと傾いた。
これが。
世界で、一番愚かで、一番惨めで、一番情けない、たった一つの――
赫怒の、一歩だった。




