白い靴のまま、消えなかった
「消えなかった、という感覚について。」
「まだそこに立ってるの?」
体育館の隅で、床を見ていたユキは顔を上げた。
声をかけてきたのは、片づけ係の男の人だった。
「すみません、今、行きます」
そう言いながらも、足がすぐには動かなかった。
さっきまでいた場所を、まだ体が覚えている。
ユキは今日、前に出て何かをする役目だった。
準備もしたし、頭の中では何度もなぞった。
でも途中で、ひとつ大事なところを落とした。
「途中、止まったよね」
更衣室で、友だちが言った。
責める感じじゃなくて、確認するみたいな声だった。
「うん。落とした」
「そっか。でも、戻ってきたじゃん」
ユキは黙ったまま、靴ひもを結び直した。
白い靴に、うっすら汚れがついている。
「戻ったけどさ」
「戻ったけど、あれは失敗でしょ」
友だちは少し考えてから言った。
「失敗かどうかは知らないけど、
途中でやめた人じゃないのは確かじゃない?」
ユキは顔を上げた。
「やめた人じゃない?」
「うん。やめる人は、座るか、逃げるかするでしょ」
その言い方が、妙に具体的で、少し笑ってしまった。
帰り道、風が冷たかった。
自販機の前で立ち止まり、ユキは温かい飲み物を選ぶ。
「今日は、ダメだった日だよな」
独り言みたいに言うと、
隣にいた知らない人がちらっとこちらを見た。
でも、カップを持つ手は震えていなかった。
足も、ちゃんと前に出ている。
ダメだった。
でも、消えなかった。
白い靴は少し汚れたけど、
まだ履ける。
ユキはそう思いながら、
信号が変わるのを待った。
読んでくれて、ありがとうございます。
うまくできなかった日のあとに残る感覚を書きました。
もしどこか一行でも、心に残ったらうれしいです。




