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猫になった私を拾ったのは、私に塩対応な婚約者様でした。

作者: イチカ

現在連載中の『推しのバッドエンド回避のために、悪役の私がいい子を演じるのを辞めてみた結果』が基本週一更新なので、お待ちの間短編読んで頂けたらなーと書いてみました^_^

 パンッと乾いた音が響く。

 頭に血が上り、気づいた時にはすでにシェリルを叩いた後だった。


「何をしている!」


 私の手を掴み、強く咎める声がした。


「ミリア、彼女に何をした?」


「……ルーク様」


 私達の間に割って入った彼の名はルーク・ノア・フェルディア。この国の第三王子で私の婚約者だ。

 婚約者、と言っても名ばかりだけど。

 その証拠に私の事なんてそっちのけで、ルーク様は取り出したハンカチに冷却効果の魔法をかけ、


「シェリル嬢、早く頬を冷やすといい」


 自らの手でシェリルの頬をそっと冷やしている。

 とても心配そうなその声も。

 シェリルに向けられた優しげな視線も。

 いつも私に向けられるモノとは明らかに異なる。

 多分、ずっと前からこの"婚約"(物語)の結末は分かっていた。

 この恋が実ることはないのだ、と。


「ミリア。何故、こんなバカなことをした」


 射抜くような鋭い視線と吐き出される強い言葉。

 ああ、もう何処かに消えてしまいたい。

 そう思った瞬間、冷や水をぶっかけられたような衝撃と共に突如私の脳裏にはある光景が浮かんだ。

 それはまるで走馬灯のように急速に私の脳内に刻まれていき、否応なしに理解する。

 私はこの展開を知っている。

 前世で飽きるほどこの手の物語は読んだ(・・・)から。

 読み過ぎて生憎とこれがそのうちのどの話なのか、原作は思い出せないけれど。

 どの話であったとしても、この後の展開は決まりきっている。


「ルーク様、ミリア様を責めないで!! 私が悪いのです! 私が、侯爵令嬢であるミリア様の機嫌を害してしまったから」


 わぁーっと顔を伏せて泣き真似をし出すシェリル。

 慰めようと差し出されたルーク様の腕にシェリルは当然のように絡みつき、私を見てほくそ笑む。

 とんだ茶番だ。

 そう思ったけれど。

 シェリルを叩いたのは紛れもなく私自身だし、どうせ何を言ってもルーク様は味方をしてくれない。

 何故ならミリア・ハドラーは悪役令嬢なのだから。


「……ふふっ」


 非難めいた視線を浴びながら、私は乾いた笑みを漏らす。

 私はもう詰んでいる。

 なら、やることは一つだ。


「ラズリー男爵令嬢。手を上げてしまった点については謝罪いたします。本当に申し訳ございません」


 そう言って私は深々と頭を下げる。


(わたくし)、知りませんでしたの。まさか自分の婚約者(ルーク殿下)にこんなに素敵な恋人がいただなんて」


 私が非難すべき相手は多分シェリルではなく、最初からルーク様だったのだ。


「ミリア! コレは」


「……殿下」


 その先のセリフを聞きたくなくて、言葉を遮った私は、


「お慕いしておりました」


 砕け散った想いを伝えると二人に背を向け駆け出した。


**


「バカみたい」


 8歳で婚約者に選ばれて10年。王子妃になるための道のりは随分厳しいモノだった。

 淑女としての嗜みとマナーから始まり、貴族名鑑を全て覚え、社交術、歴史、政治、経済学などなどありとあらゆる教養を叩き込まれた。

 ダンスは特に苦手で足の裏が擦り切れるほど練習した。

 でも、それらは全部無駄だったわけだ。

 

「ああ、本当。バカみたい」


 初めて会った時からそっけなく、あまり笑わないルーク様だったけど、一緒に時間を重ねていけばいつか心の距離は縮まると思っていた。

 もう嫌だと本当に投げ出しそうになる度に、ルーク様が助け船をさりげなく出してくれていたから。

 そんな優しさが大好きで。

 彼の妻になれるなら、とどんなことでも耐えられた。

 潔癖なほど真面目で誠実、融通の利かなさから冷たい印象を与え氷壁の王子なんて呼ばれるルーク様。

 王太子殿下のお立場は盤石で、第三王子として生まれた彼が王位につく可能性は低い。

 だからこそいずれ王弟となった時、兄である陛下を支え、国を守るため自分にも他者にもお厳しいだけだ。

 そう思っていたから、友人達が婚約者と交流し仲を深めていくのを羨ましく思ってもルーク様の手を煩わせるようなわがままは一切言わなかった。

 でも、現実はどうだ?

 いつも公務に追われていると思っていたルーク様は、私の知らないところでファーストネームで呼ばせるほどシェリルと親しい仲を育んでいたらしい。


『彼、本当はとっても甘えん坊なのよ。あなたといると息が詰まるんですって』


 シェリルがルーク様を狙っていることは知っていた。

 嫌がらせされていたのは私の方。

 さも自分が被害者であるかのようにルーク様に泣きついていた事も知っている。

 それでも、ルーク様はシェリルなんか相手にしないと。

 私との婚約は揺らがないと。

 信じていた。


『あなた、本当にルーク様の事を何一つ分かっていないのね?』


 嘲笑と共にシェリルが見せつけたのはルーク様の制服のネクタイ。

 恋人同士で交換するのが今の流行りである事くらい交友関係が狭い私でも知っている。

 耐えて耐えて耐えていた何かがぷつっと切れ、私はシェリルの安い挑発に乗ってしまった。

 なんだったんだろう、この10年は。

 そう思ったら情けなくて。

 悔しくて。

 涙で視界が滲んだ。

 きっとこれから大々的に婚約破棄されて、汚名を着せられ断罪される。

 まぁ確かに最後は手を出したのだから全く非がないとは言えないが。

 これから先の対策を考えるためにも、一刻も早くここから立ち去ろう。

 そう思って階段に足を踏み出した時だった。


「……えっ?」


 タイミング良く靴が壊れ、ふわりと身体が浮き、真っ逆さまに落ちていった。

 前世での死に方なんて覚えていないけれど、詰んだあとに更に詰むなんて。

 こんな展開は聞いてないっ!

 作者、どれだけ"ミリア"(悪役令嬢)の事が嫌いなんだよっ! と悪態をついた私は。


「もし、来世があるなら」


 次は猫になりたい。

 自由気ままに生きられる猫に。

 この世界の神様は信じられなくて、それ以外の誰かに祈った私は、"今世はこれでさよならね"と全部を諦めた。

 ……が。

 身体は私の意思とは関係なくくるりと回転し、ストンと軽い足取りで綺麗に着地してみせる。

 生きて、る?

 私は信じられず、大きな丸い目をパシパシと何度も瞬く。

 おかしい。

 あんな高さから落ちて無事だなんて。

 元々身体能力が高いならともかく、ダンスもまともに踊れないくらい運動音痴なのに?

 んんんん?

 と頭に疑問符を浮かべていると、他にもおかしな点に気づいた。

 床に落ちている靴はともかく、何故か制服が落ちている。

 胸元のペンは間違いなく私のモノで、それがそこにあるということはこの制服は今日私が着ていたもののはずだけど。

 何故こんなに大きいの?

 不思議に思っていると、ミリアと呼ぶ声と追いかけて来るような足音が聞こえた。

 やばい、早く立ち上がって逃げなくては、と思ったけれど立てない。

 痛みはないけどまさか折れた?

 否、違う。

 立っているのだ。四つ足で。


「にゃ、にゃー!?(なにこれーー!?)」


 混乱する私の口から発せられたのは、それはそれは可愛いらしい猫の鳴き声だった。


**


(……猫って、すごく大変なのね)


 猫なのにゼーハーゼーハーと息切れしている私は、来世猫になりたいという願望をわずか数分で改めた。

 猫は愛らしい。

 それは間違いないのだが、誰かに大事に飼われていない猫にとって外は非常に危険な場所なのだと、守衛に追い払われたり、初等部の子どもに追いかけ回されたり、他の猫に襲われかけたりして実感した。

 猫の姿では当然馬車にも乗れないので、このままでは屋敷にすら帰れそうにない。

 かと言って野良として生きていくのはさすがに無理だろうと自分でも思うし、突如として思い出した前世の記憶も猫では活かせるシーンが見当たらない。

 何故こんなことになったのか。

 心当たりは一つしかない。

 それは数日前のこと。


「ああ、世界で一番可愛い僕のミリィ。今日も学校へ行ってしまうのかい」


 若干芝居がかった口調でそう言ったのは、私のお兄様。

 重度のシスコンだが、腕は確かな宮廷魔術師である。


「行くに決まっているではありませんか。もうすぐ試験も近いというのに」


 素っ気なく返した私の頭を撫でて、


「行きたくないなら行かなくってもいいんだけど。ミリィは頑固だからねぇ」


 頑張り屋さんなのはいいんだけどと苦笑したお兄様は、


「お守り。ミリィがピンチの時助けてくれるように」


 とても綺麗な結晶を手の平に乗せてくれた。

 が、見た目に騙されてはいけない。お兄様のくれる魔道具は、大抵厄介な代物なのだ。

 いらない、と突き返すより早くお兄様は何処かへ行ってしまったし、得体の知れないモノを部屋に放置しメイドが触ったら大変だ。

 その日は登校時間ギリギリだったから、後で突き返そうとポケットに入れ、そのままうっかり存在を忘れていたのだった。


(まぁ、結果確かに助かったんだけどね)


 でもこのままだとピンチである事に変わりない。

 とにもかくにも宮廷か家に帰りお兄様にこの魔道具の効果を終わらせて頂かなくては。

 できたら家がいい。

 今服着てないし。猫だから別にいいんだけどさ。


「にゃぁーー」


 今こそシスコンぶりを発揮して迎えに来てよ! とお兄様盛大に文句をいうも猫の鳴き声しか出ない。

 途方に暮れていると、ガサッと茂みから音がした。

 また別の猫かしら? それとも初等部の子ども達!?

 身構えていると、そこに現れたのは今最も会いたくない人物、ルーク様だった。


「……猫」


 そうですよ、猫ですよ。

 そんな葉っぱまみれになって何をお探しかは分かりかねますが、とりあえずほっといてもらえませんかね。

 そんな気持ちを込めてプイッとそっぽを向く。

 私の初恋はついさっき粉々に砕けた。

 さよならを告げた私の中にあるのはもう、ルーク様への憎さだけ。

 さっさと愛しのシェリルのとこに戻ればいいのよ、とルーク様を無視して歩き出した私の身体がふわりと浮く。


「誰かの飼い猫だろうか。妙に毛艶がいいし」


「シャーーーッ!!(勝手に触らないでくださる?)」


「ははっ、気が強い。まるでミリアみたいだ」


「シャーーーフシャーー!!(はっ? ふざけんな。やんのか、コラ!! この浮気男がっ)」


 どうせ私だとバレないのだからと思いっきり威嚇して肉球パンチをお見舞いしてやった。

 ルーク様が怯んだ隙に手から地面に飛び降りる。

 が、カクンと足が変な方に曲がり力が入らなくなった。

 さっきあんな高さの階段から落ちたときは華麗に着地できたのに。


「にゃぁ(いったぁーい)」


 小さく鳴いた私を再びふわりと抱え上げたルーク様は、


「猫って足挫くんだな。運動音痴の猫なんて、本当にミリアみたいだ」


 そう言って笑う。


「シャーーー(喧嘩なら買うが!?)」


 離せーーーという抵抗虚しく、私はそのままルーク様にお待ち帰りされた。


 うん。やっぱり来世は猫っていう選択肢もありかもしれない。

 ただし金持ちの飼い猫に限るけど。

 あれからルーク様は獣医を手配してくださり、足の手当てをしてくれた。

 その上メイドまでつけてくださり丁寧にシャンプーとブラッシングされる日々。

 ごはんも猫用とは思えないくらい美味しいし。

 正直こんなに丁重に扱われるとは思わなかった。

 まぁ不満をあげるなら。


「やぁ、ミリィ。ご機嫌はいかがかな?」


 何故かルーク様が拾った猫(私)の事を(ミリア)の愛称で呼ぶことくらいかしら。


「にゃぁお(あなたが来なければ上機嫌だったわよ)」


 ふいっとそっぽを向いた私を見てクスリと笑うルーク様。


「ミリィは今日もご機嫌斜めか」


 そう言って手を伸ばしたルーク様は私の頭をそっと撫でる。

 長い間婚約者をやっていたけれど、ルーク様が猫好きなんて知らなかった。

 私は今までこんなに優しげな表情で彼から名を呼ばれたことも頭を撫でられたこともない。

 ずっとこうならと願っていた事がヒトでなくなってから叶うだなんて皮肉だ。

 そしてもう一つ、意外なことに。


「すまない、早く帰りたいだろうが君の飼い主はまだ見つからないんだ。俺の婚約者(ミリア)も」


 どうやらルーク様は私(人間の方)の事を探してくれているらしかった。


「にゃぁ、にゃぁ(今更何よ)」


 私の事なんてさっさと忘れたらいいじゃない。

 制服だけを残し、忽然と失踪して早1週間。

 婚約破棄の理由なんていくらでもでっち上げられるでしょう。

 どうせ私に弁明の機会なんてないのだから、今なら冤罪だって盛り放題。

 私の有責で切り捨て(悪役令嬢のせいにして)て、シェリルと勝手に幸せになればいいんだわ。

 じとっとアイスブルーの瞳を睨めば、


「なんだ、慰めてくれるのか?」


 私には塩対応だった婚約者様が相好を崩し、ふわりと私を持ち上げて膝の上に座らせる。


「俺達の大事なヒトはどこに行ってしまったんだろうね。ミリィ」


「……にゃぁ(知らないわ)」


 本当、今更だわ。


「にゃぁ、にゃぁ、にゃぁ、にゃぁ、にゃーーー!!(あなたなんて嫌い、嫌い、大っ嫌いよ!)」


「どうした!? ミリィ」


「にゃぁ、にゃぁ、にゃー!(人間だった時は愛称で呼んだことなんてなかったじゃない)」


 大事なヒトだなんて。

 じゃあ、なんで?

 なんで、人間だった時に言ってくれなかったの?

 婚約者だったのだから、いつでも私に言えたじゃないっ!


「ミリィ、落ち着けって」


 整えられた丸い爪でびしびしと肉球パンチをお見舞いしてもノーダメージ。

 ああ、猫ってなんて不便なのかしら?

 文句の一つも伝わらない。


「にゃー(今更、よ)」


 でも、それはきっと私にも言えることだった。

 いつか王子妃になるのだと、疑問すら持たず誰かに轢かれたレールの上を歩いて来た。

 忙しいから。

 手を煩わせたくないから。

 嫌われたくないから。

 沢山の言い訳を用意して、何一つ伝えないまま、時間だけが流れて行った。

 前世とやらを思い出さなければ、きっと今もこんな風に客観的に己の行いを振り返れていなかったに違いない。


『あなた、本当にルーク様の事を何一つ分かっていないのね?』


 ああ、本当。シェリルに指摘された通りだ。

 ルーク様を理解しようとしなかった私は、彼の本当の気持ちを知らない。

 シェリルとルーク様の間に何があったのかも。

 何一つ"本当のこと"を私は知らないのだ。


**


 猫語でルーク様への罵詈雑言を言い尽くしてしまった後は、ルーク様に飼われる日々を悪くないとさえ思い始めていた。

 初めは部屋にシェリルを連れ込んでいるのではないかと警戒したけれど、そんな様子はなく。

 ヒトに戻ったら不貞の証拠を叩きつけて、

『こんな婚約こっちから願い下げよ!』とルーク様を見限ってやろうと思っていたのに、部屋を漁っても証拠らしいものなんて出てこない。

 代わりに見つけたのは、かつてルーク様を好きだった私が送った手紙の山。


「ミリィ、また散らかしたのか?」


 コレはダメと、ルーク様が私から手紙と書きかけの便箋を取り上げる。


「にゃーにゃー」


 どうせ猫語は通じないと、気まぐれに鳴き声を上げた私に、


「ミリアは、すごいな。こんなに沢山書いてくれて。俺は綴れる言葉が見つけられなくて、一通も返せなかったのに」


 ルーク様の声が落ちてくる。


「下手でも、返せば良かった」


「にゃー(ほんと、それな)」


 さっき初めてみた沢山の書き損じた便箋。

 そこに、甘い言葉などなく。

 正直、業務報告書かとツッコミそうだったけど。

 それでも、返事がないよりもずっと私は喜んだだろう。

 なんて、ルーク様らしい、と。


「ミリア」


 と後悔を孕んだ音が落ちてくる。

 私がいなくなって2週間。ずっと、そうで。

 私を呼ぶ悲しい声に絆されそうになる。

 なんなら可愛いまでもある。

 でも、とルーク様に伸ばしかけた右足を止める。

 きっと私が人間に戻ったら、私達の関係は前と同じで冷え切ったモノに戻るだろう。

 盲目的に信じられる初恋マジックはもう解けた。

 そして、耐えるだけの日々を過ごすなんて私は絶対嫌だった。


**


 ルーク様に飼われて3週間。足もすっかり治り、王宮内を散歩できるようになった。

 とはいえ、何故かルーク様に抱っこされてるけど。

 風が心地よく今日はお昼寝日和だわと猫らしくそんな事を思っている時だった。


「ルーク様!」


 あ、出た。

 諸悪の根源。もとい推定ヒロイン、シェリル・ラズリー男爵令嬢。

 まぁ、ここ王宮庭園は一般開放エリアだし、男爵令嬢も入って来られるんだけど。


「お会いしたかったですわ〜」


 きゅるるんとした大きな瞳でルーク様をロックオン。

 ここ、学校じゃないんだけど。

 いや、学校でもアウトだけどな。

 一人ツッコミをしつつ、


「にゃーにゃー(離してくださる?)」


 ガシガシとルーク様にせがむ。

 が、今日に限って何故かガッツリホールドされる。


「あらっ、可愛らしい猫ちゃん! 私、動物にとても好かれますのよ?」


 嘘つけ。

 お前、動物とか嫌いだろ。

 コレがヒロインかぁと残念な気持ちでいっぱいになった私は、


「シャーーー!!」


 無遠慮に伸ばされたシェリルの手に肉球パンチを喰らわせ、思いっきり威嚇してやった。

 ついでにひらりとルーク様の腕から降りる。

 練習したおかげで見事着地に成功。


「きゃっ、こわ〜いっ」


 えーんとルーク様に抱きつき、その豊満な胸を容赦なく押し付けるシェリル。

 けっ、やってられないわ! とばかりに駆けて行こうとした私に、


「待つんだ、ミリア!!」


 ミリィではなく、私の名でルーク様が私を止める。


「すぐ、終わらせる」


 ルーク様が手を翳した瞬間、何処からか沢山の騎士が湧いて出てきた。

 え、一体何事!?

 と目をぱちくりさせていると。


「国家反逆罪およびハドラー侯爵令嬢殺人未遂で捕縛する」


「はっ!? ちょっ、誤解! 誤解ですわ、ルーク様。私がそのようなことをするはずが」


「既に証拠は出揃っている。男爵家は勿論、黒幕まで全て捕え済み。直接ミリアに手を出しさえしなければ、未成年である事を考慮して減刑も考えたが、残念だ」


 冷たい、冷たい、声でルーク様がシェリルを切り捨てる。

 その立ち振る舞いは、潔癖なほど真面目で誠実、融通の利かない氷壁の王子、ルーク様そのものだった。


「ミリアを引きずり下ろせば王子妃になれるって聞いただけなのー」


 と連行されながらシェリルは叫んでいたけれど、もはや気にならなかった。


「さぁ、戻ろうか。ミリア」


 私を抱き抱えたルーク様はふわりと優しく笑ったから。

 それはこの3週間猫のミリィに見せてくれていた顔だった。


**


 久しぶりに飲んだ侯爵家のミルクティーは甘くて美味しくて。

 久しぶりに袖を通したドレスは肩が凝りそうだった。

 そして私の目の前には今婚約者のルーク様が座っている。


「……と、いうわけだ」


「左様でございますか」


 事のあらましは全て聞いた。

 王家に刃向かう勢力の鎮圧。それがルーク様に課された役目で、シェリル・ラズリー男爵令嬢のハニートラップを逆手に取って探っていたことも。

 私を巻き込まないようにと冷たく接することで遠ざけていたことも。

 私の靴に細工がされており、あの日殺されそうになっていたことも。

 全部、全部、聞いたけど。

 私はまだ納得できずにいる。


「いつから、私が猫だと知ってらしたの?」


「決着をつける2日前。出張から戻ったシグルドに聞くまで俺は君が猫になっているなんて思いもしなかった」


 私の失踪はお兄様の耳にも入っていただろうから、きっとあえて伏せてらしたのだろう。

 (ペット)として王宮で匿われている方が安全だから。


「すまなかった、ミリア。結局、君を巻き込んで危険な目に合わせてしまった」


「それは、別にいいのです。殿下の婚約者ですもの。そんな事もあるでしょう」


 私だって、何の覚悟もなく王子妃になろうとしていたわけではない。

 命が狙われる事だってあるだろう。

 王家に嫁ぐという事は、そういう事だ。


「私が許せないのは、あなたを信じきれなかった自分自身です」


 私はそっと自分の掌に視線を落とす。

 ルーク様を信じきれず、安い挑発に乗った。

 初めて誰かを叩いた手は、とても痛くて。

 自分自身の誇りを自分でダメにしてしまったような気がした。


「言えないこともあるでしょう。ルーク様は王族なのですから。でも、10年もあったのに私は無条件でルーク様を信じられるほどの絆をあなたと築く事ができなかった」


 初めてルーク様と引き合わされた日。

 なんて綺麗なヒトなんだろうと私は一目で恋に落ちた。

 その拙い感情は、それでも確かに初恋だったけど。


「そんな私は、王子妃には向いていないのでしょう」


 猫として彼と過ごした3週間を通して、私はひしひしと感じた。

 そんな拙い感情一つで乗り切れるほど王子妃の肩書きは甘くない、と。


「どうか、婚約を解消してください」


 本来なら王家との婚約なんて簡単に解消できるモノではないけれど、私が殺されかけたことに激怒した父の抗議で婚約は一旦保留、結論は私に一任された。

 悩みに悩んだ結論を口にして、私は吹っ切れたように笑う。


「もう、ダメなんだろうか? 俺達は」


「ええ、もうダメでしょうね」


 再構築も考えたけど。

 私はきっと、同じことがあればまた彼を責めるだろう。

 そんな風に生きるのは嫌なのだ。


「もし、ルーク様にこの先一緒に生きていきたい人ができたなら、その時は今度こそ大事にしてあげてください。猫のミリィに心を割いてくださってように。私も次はそうなれるように努力しますわ」

 

 あなたの幸せを祈っています、とそんなありきたりなセリフで一つの恋を終わらせて、私は静かに席を立つ。

 今はまだ苦く苦しいだけのこの思いが、いつか自分の糧になる事を願って。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星、リアクションのポチっよろしくお願いします!(*´꒳`*)


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― 新着の感想 ―
こんにちは。 ハッピーエンドに向かっていると思っていただけに、ラストは驚きました。 「あらまあ」 思わず、声が出てしまいました。 ファンタジーなのに、現実的。 でも、実際にミリアとルークがいたら、こん…
ミリアのような逃げ体質ではルーク様の隣にはふさわしくないですから、自分で自分を鑑みての婚約解消はまあ妥当なのかもしれませんね。 殺されそうになったから激怒したお父様って……。ミリアも恋愛脳だしわりと平…
実際、事情が分かってもやだツンデレ、萌える…とはなりませんわねえ。 言葉が足りない分何か他で気持ちを示してくれていたら又違ったでしょうけど信じるに足るものがない中では辛いだけですわね。
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