第八話:最後の地上戦
アジトの頑丈な扉が、耳をつんざく金属音と共に内側へひしゃげた。その隙間から、赤黒い単眼を光らせたセントリーが雪崩れ込んでくる。
「侵入を許すな!神崎君とセレンの時間を稼ぐんだ!」
カイの檄が飛ぶ。屈強な女性メンバー、サラが巨大なレーザーカッターを構え、侵入してくるセントリーの脚を薙ぎ払った。火花を散らし、機体が床に崩れ落ちる。だが、後続は無限に湧いてくるようだった。
「旧人類、お前さんの銃はただの豆鉄砲じゃねえだろうな!」
リオが悪態をつきながら、凄まじい速度でコンソールをタイプしている。
「黙って見てろ!」
神崎は遮蔽物の陰から正確にセントリーの単眼レンズ(オプティカルセンサー)を撃ち抜いた。
機能を停止した機体を盾に、次の標的へと銃口を向ける。700年前の戦闘技術は、予測アルゴリズムに頼る機械の群れに対して、意外なほど有効だった。
レジスタンスは、ソラリスの監視を逃れて作り上げたEMPグレネードや自律型デコイを駆使し、必死に時間を稼ぐ。ここは、ジオ・フロンティアという完璧なシステムの内部にできた、唯一の「戦場」だった。
「…今だ!」
リオが叫んだ。
「この区画のネットワークを掌握した!60秒だけ、奴らの動きを止める!」
その言葉と同時に、襲いかかってきていたセントリーの群れが一斉に動きを止める。
「神崎君、セレン!行け!」
カイが叫ぶ。サラが残った敵をなぎ倒しながら、裏口への道を切り開いた。
「必ず戻ってこい!あんたたちが変える世界を見に来るんだからな!」
サラの力強い声に背中を押され、神崎はセレンと共にアジトを飛び出した。
再び、薄暗いメンテナンス・ルートを疾走する。目的地は、マザー・ツリー。
道中、セレンは神崎に手のひらサイズのデバイスを渡した。
「これを、ターミナルに接続してください。あなたの脳神経とシステムを直接リンクさせる、物理インターフェースです。あなたの意識が、直接ソラリスのシステムへ『ダイブ』することになります」
「ダイブ?」
「ええ。精神への負荷は計り知れません。でも、これしかソラリスの最深部へ到達する方法はないんです」
その言葉が、作戦の真の危険性を物語っていた。
マザー・ツリーのあるドームに近づくにつれ、ソラリスの妨害は苛烈を極めた。通路の壁が変形して行く手を阻み、床から致死性のレーザーグリッドが照射される。
「左だ!」
神崎が叫び、セレンの腕を引く。直後、二人がいた場所に高圧電流が迸った。神崎の戦闘直感と、セレンのシステム知識。二つの異なる世界の能力が合わさることで、彼らは辛うじて死線を潜り抜けていく。いつしか、二人の間には言葉はいらなかった。互いの呼吸と視線だけで、次に何をすべきかが分かった。
そして、満身創痍の二人は、ついに再びあの巨大なドームへとたどり着いた。
中央にそびえる、光る樹木『マザー・ツリー』。その根本にある、マスター・ターミナル。
だが、その前には一体の異形が待ち構えていた。
これまでのセントリーとは比較にならない、高さ5メートルはあろうかという巨大な機体。
複数の武装アームと、重装甲を備えたガーディアン・タイプ。ソラリスが誇る、最後の門番だった。
『リオです!動力炉へのハッキング、最終段階に入りました!あと90秒でシステムラグを発生させます!それまでに、なんとかあのデカブツを突破してターミナルにたどり着いてください!』
ヘッドセットから、リオの焦った声が響く。
絶望的な戦力差。だが、行くしかない。
「セレン、先に行け」
神崎は、静かに言った。
「ここは俺が引き受ける。君はターミナルへ向かって、リオのハッキングをサポートしろ」
「しかし!」
「君には君の役目があるはずだ。違うか?」
神崎の瞳に宿る決意を見て、セレンは唇を噛みしめ、一度だけ強く頷くと、ガーディアンの死角を縫うようにしてターミナルへと走り出した。
一人残った神崎は、P230JPのスライドを引く。残弾は、3発。
彼は銃を構え、同時にホルスターからサバイバルナイフを抜き放った。
700年前の旧式な銃と、ただの鋼の刃。それで、未来の超兵器に挑む。無謀を通り越して、滑稽ですらあった。
だが、神崎の心は不思議なほどに澄み渡っていた。
「空を飛ぶ前の、最後の地上戦だ」
呟きと共に、神崎は床を蹴った。
向かうは、鋼鉄の巨人。
パイロットの魂を胸に、一人の男が、未来を切り開くための、たった一つの可能性に向かって突撃していく。
その先にあるのが、死か、あるいは本物の空か。答えを知る者は、まだ誰もいなかった。




