第四十四話:敗者への罰
「勝手にしろ」
通信を切った神崎は、プロメテウスを反転させた。
だが、その進路は、脱出ルートである地球方向ではない。
彼は、今まさに自壊しつつある『オリンポス』のブリッジ直結デッキへと、機体を強引に着陸させた。
『……おいおい、エース! 何考えてんだ! 脱出路は逆だぞ!』
リオの悲鳴が響く。
「悪いな、リオ。忘れ物をした」
神崎は、コックピットを飛び出すと、崩落が始まった艦内の通路を全速力で駆けた。
ブリッジの扉を、非常用斧でこじ開ける。
そこには、崩れ落ちる天井の下、司令官席に一人静かに座り、滅びゆくモニターを眺めるアトラスの姿があった。
彼は、入ってきた神崎を見て、初めてその表情に「動揺」を浮かべた。
「……何をしに来た。貴様は逃げたはずだ」
「言っただろう。『勝手にしろ』と」
神崎は、アトラスの胸ぐらを掴み上げ、無理やり立たせた。
「だから俺も、俺の勝手を通させてもらう。……お前を、連れて帰る」
「……正気か?」
アトラスは、神崎の手を振り払おうとしたが、旧人類の腕力は予想以上に強かった。
「私は敗者だ。敗者は消え去るのが、アイギスの、いや生物としての理だ。これ以上、私に屈辱を与える気か」
「屈辱? 違うな」
神崎は、アトラスを殴り飛ばした。
ゴッ、と鈍い音が響き、アトラスが床に倒れ込む。
「これは『罰』だ」
神崎は、倒れたアトラスを見下ろした。
「死んで楽になろうなんて思うな。お前は生きろ。生きて、お前が見下していた『旧人類』たちが、これからどうやってこの星を守り、どうやって生きていくか……その目で一番近くで見届けろ」
「……貴様……」
「それに」
神崎はニヤリと笑った。
「俺たちの技術じゃ、この先の復興には人手が足りないんでな。未来の超人の知恵、こき使わせてもらうぞ」
ズズズン!!
激震が走り、ブリッジの天井が崩落し始める。
「……時間だ。行くぞ、頑固ジジイ!」
神崎は、呆然とするアトラスを米袋のように担ぎ上げると、出口へと走った。
「リオ! オリンポスの制御権を放棄しろ! お前も逃げるぞ!」
神崎が叫ぶ。
『へいへい! 全システム、オートパイロットによる「特攻モード」に固定! 俺のデータも、今あんたのプロメテウスに移した!』
『まったく、世話の焼ける野郎だぜ!』
神崎は、担いだアトラスをプロメテウスの複座シート(元々はナビゲーター用だ)に放り込むと、自らもコックピットに滑り込んだ。
「……理解不能だ」
背後のシートで、アトラスが呻く。
「……なぜ、そこまでする。非合理すぎる」
「うるせえ」
神崎はスロットルを叩き込んだ。
「それが『人間』だ。覚えておけ!」
プロメテウスが、爆発するオリンポスのデッキから飛び出す。
直後、オリンポスは最後のスラスターを噴射し、巨大な質量弾となって、漆黒の穴『タルタロス』の中心核へと突入した。
光と闇が交錯する。
数億トンの質量と、無限の重力が衝突し、宇宙空間に「無音の閃光」が走った。
対消滅。
オリンポスという巨大な犠牲と引き換えに、世界を飲み込もうとしていた黒い穴は、急速に収縮し、そして……消滅した。
衝撃波が、プロメテウスを激しく揺さぶる。
神崎は、必死に機体を制御しながら、モニター越しに、消えゆく銀色の月を見つめた。
それは、彼らが手に入れた最強の力であり、そして、自らの手で手放した、過ぎた力だった。
「……あばよ、オリンポス」
神崎は、地球への帰還コースを取った。
空には、キャラバンの逃げ去る光と、生き残ったアイギス艦の撤退する光が見える。
そして、眼下には、傷つきながらも、青く輝く故郷があった。
「帰ろう。……みんなが待ってる」
コックピットの中で、神崎は小さく息をついた。
その後ろで、アトラスは、消滅したタルタロスの跡と、美しい地球を交互に見つめ、何かを噛み締めるように沈黙していた。
こうして、長い長い「宇宙の戦い」は、幕を閉じた。
神崎隼人は、敵将アトラスという、厄介で、しかし得難い「お土産」を持って、地上の仲間たちの元へと帰還した。




