第四十二話:零距離の刹那
紫色の奔流『神の鉄槌』が、宇宙を薙ぎ払った。
音のない宇宙空間で、巻き込まれたキャラバンの艦艇や、アイギス自身の護衛艦たちが、悲鳴を上げる間もなく原子の塵へと還元されていく。
圧倒的な「死」の光。それが神崎のプロメテウスを飲み込む――その直前。
「今だぁぁぁぁっ!!」
神崎は、恐怖も、生存本能さえも、すべてを「推進剤」に変えて、感情OSに叩き込んだ。
『時空間転移、強制執行!』
プロメテウスの輪郭がブレた。
機体は、物理的な移動を行ったのではない。
神崎は、破壊の光が通り過ぎる「未来の座標」へと、存在そのものをコンマ数秒だけ「ずらした」のだ。
世界が紫色の光に塗りつぶされる中、神崎の意識だけが、永遠のような一瞬(空白)を漂った。
熱も、衝撃もない。ただ、自らの存在が世界から乖離する浮遊感。
そして。
カッ、と視界が開けた。
『……え?』
アイギス総旗艦『ネメシス』のブリッジクルーたちが、信じられないものを見たかのように凝固した。
紫色の主砲を撃ち放った直後。
本来なら消し炭になっているはずの空間――ネメシスの艦橋の目の前に、漆黒の機体『プロメテウス』が、蒼い粒子を纏って「出現」していたのだ。
距離、ゼロ。
巨大な戦艦と、極小の機体が、鼻先を突き合わせるほどの至近距離。
「……見えたぞ、化け物の心臓!」
神崎は、全身の血管が切れそうなほどのGに耐えながら、プロメテウスに残された全エネルギーを、右腕の兵装に集中させた。
もはや、ビーム砲もミサイルも弾切れだ。
残っているのは、アトラスが「超人同士の決闘」のために搭載していた、あの武装だけ。
「喰らえぇぇぇッ!!」
プロメテウスの右腕から、巨大な高周波ブレードが展開される。
神崎は、時空跳躍の勢いを殺さず、そのままネメシスの艦橋へと突っ込んだ。
ガギィィィィィン!!
ネメシスのエネルギーシールドと、プロメテウスのブレードが激突し、凄まじいスパークが散る。
本来なら、戦艦のシールドを単機で破ることは不可能だ。
だが、神崎は今、時空跳躍の直後。彼の機体には、空間そのものを歪める「時空の歪み」が纏わりついていた。
その歪みが、鉄壁のシールドを、紙のように引き裂いた。
ズドン!!
黒い機体が、ネメシスの艦橋を物理的に貫いた。
爆発。
炎上。
アイギス艦隊の「頭脳」が、物理的に破壊された瞬間だった。
『……馬鹿な……』
『旗艦ネメシス、ブリッジ沈黙! 指揮系統、消失!』
『統制が取れません!』
3万の敵艦隊に、動揺が走る。
今まで完璧なAIの統率で動いていた彼らは、司令塔を失った瞬間、ただの「烏合の衆」と化した。
『ヒャッハー! 見ろよ野郎ども! 黒い鳥が、一番デカい獲物の首を狩りやがった!』
キャラバンの頭目ガレオンの狂喜の声が響く。
『アイギスがビビってやがる! 今だ、食い散らかせぇ!!』
形勢は、一瞬で逆転した。
混乱し、立ち止まったアイギス艦隊に、キャラバンの海賊たちと、地球側のドローン艦隊(セレン指揮)が一斉に襲いかかる。
もはや、それは「戦争」ではなく、一方的な「掃討戦」へと変わっていった。
神崎は、貫いたネメシスの爆炎の中から、プロメテウスを離脱させた。
機体はボロボロだ。右腕は吹き飛び、装甲は溶解し、推進器も限界を迎えている。
だが、彼は生きていた。
そして、勝った。
『……やったな、エース』
リオの声が、震えていた。
『アンタ、本当に……一人で戦況をひっくり返しやがった』
「……ああ」
神崎は、コックピットで大きく息を吐き、汗と血にまみれた顔で、笑った。
「……言っただろう。大将の首を取れば、俺たちの勝ちだってな」
宇宙に漂う、火を噴く巨神『ネメシス』の残骸。
それを背に、傷ついた黒い堕天使が、ゆっくりと地球へと帰還の途につく。
3万対1の奇跡。
それは、旧人類が、未来のシステムに「感情(意志)」で勝利した、歴史的な瞬間だった。
だが。
戦いは終わったかに見えた、その時。
沈黙したはずの『ネメシス』の残骸から、突如として、奇妙な通信波が発信された。
それは、アイギスへの救援要請ではない。
もっと根源的で、もっと恐ろしい……「何か」を目覚めさせるための、最後のコードだった。
『……警告。未確認の高エネルギー反応を検知』
リオの声が、再び緊張に凍りつく。
『場所は……地球!? いや、違う……』
リオのセンサーが捉えたのは、地球の衛星軌道上。
神崎たちが拠点としている『オリンポス』の、さらに直下。
誰もいないはずの虚空に、巨大な「穴」が開き始めていた。
「……なんだ、あれは」
神崎が振り返る。
ネメシスの残骸が送った「遺言」。
それは、アイギスが地球攻略の「切り札」として隠し持っていた、最悪の兵器の起動スイッチだったのだ。




