第四十話:虚空のハイエナ
「らああああッ!!」
神崎の咆哮と共に、漆黒の機体『プロメテウス』が、光の軌跡を描いて敵艦隊の只中を疾走する。
3万の砲門が一斉に彼を狙うが、神崎は「当たる未来」が見えているかのような反応速度で回避行動を取り続ける。感情OSが、彼の「生存本能」を増幅し、機体を物理法則の限界ギリギリで制御していた。
すれ違いざま、高周波ブレードで敵の駆逐艦を両断する。爆発の炎の中を突き抜け、次なる標的へ。
だが、敵は多すぎる。
『左舷、弾幕薄いぞ!ドローン艦隊、押し込まれてる!』
セレンの悲鳴のような指示が飛ぶ。オリンポスが生産した5万の無人ドローンも、アイギスの組織的な波状攻撃の前には、次第に数を減らしていた。
「くそっ、キリがねえ……!『ネメシス』までの道が遠すぎる!」
神崎が焦りを感じ始めた、その時だった。
ズドン!!
突然、神崎が狙っていたアイギスの巡洋艦が、横合いから何者かに撃ち抜かれ、轟沈した。
「……なに?」
神崎が呆然とする目の前で、さらに数隻のアイギス艦が、不可視の攻撃を受けて爆散していく。
攻撃は、地球側からではない。アイギス艦隊の側面、何もないはずの宇宙空間(虚空)から放たれていた。
『……おいおい、マジかよ』
リオの驚愕の声が響く。
『レーダーに反応なし……いや、光学迷彩を解除しやがった!新たな艦隊反応、多数!識別信号……ジオでもアイギスでもねえ!』
宇宙空間の闇が揺らぎ、そこから幽霊のように、無数の艦艇が姿を現した。
アイギスの流線型とも、オリンポスの重厚さとも違う、不揃いで、継ぎ接ぎだらけの、しかし実戦的な改造が施された艦隊。
その数、およそ5,000。
「……誰だ」
神崎の問いに答えるように、全周波数帯域に、ノイズ混じりの、ふざけたような男の声が割り込んできた。
『よぉよぉ、派手にやってんねえ! お前らだけで遊ぶなんて水臭いじゃねえか、アイギスの旦那、それに地球の引きこもりちゃんたち?』
ブリッジのカイが、そのエンブレムを見て目を見開いた。
「あの紋章は……『キャラバン・フロンティア』! 月の裏側を拠点に、宇宙のゴミ(デブリ)を漁って生き延びていた、流浪の民か!」
『その通り。俺たちゃハイエナ、あるいは宇宙の掃除屋だ』
男の声が続ける。
『アイギスの旦那が地球を攻めるって聞いた時は肝を冷やしたが……まさか地球側が「オリンポス」なんて極上の獲物を持ってるとはなァ。こいつは、俺たちにとっても千載一遇のチャンスだ』
「……何が目的だ」アトラス(拘束中だがブリッジにいる)が、憎々しげに呟く。「貴様らのような下等な海賊風情が……」
『目的? 決まってんだろ』
キャラバン艦隊の砲門が、アイギス艦隊だけでなく、あろうことか地球側のドローン艦隊、さらには神崎のプロメテウスにも向けられた。
『勝った方の死体を漁らせてもらうぜ。……いや、両方共倒れになってくれりゃ、オリンポスも、アイギスの技術も、全部俺たちのもんだ!』
ドォォォォン!!
第三勢力『キャラバン』の無差別砲撃が開始された。
彼らはどちらの味方でもない。混乱に乗じて、弱った方を食い殺し、テクノロジーを奪おうとする「戦場のハイエナ」だ。
戦場は、一瞬にして三つ巴の地獄と化した。
アイギスは地球とキャラバン双方に応戦し、キャラバンは隙を見せた艦を容赦なく沈め、神崎はその全ての攻撃を掻い潜らなければならない。
『神崎!状況は最悪だ!』
セレンが叫ぶ。
『キャラバンの介入で、計算していた突撃ルートが塞がれた!』
「……いや」
神崎は、全周囲モニターに映る混沌を見つめ、獰猛な笑みを浮かべた。
「逆に好都合だ。ハイエナどもがアイギスの陣形を掻き回してくれたおかげで、鉄壁だった防御網に『亀裂』が入った」
神崎は、スロットルを全開にした。
「俺は、その混乱のど真ん中を突っ切る! どいつもこいつも、俺の道を塞ぐ奴は、まとめて叩き落とすだけだ!」
敵が3万から、3万5千に増えたところで、やることは変わらない。
黒い堕天使は、ハイエナたちが食い荒らす戦場の傷口へと、一直線にダイブした。




