第三十九話:三万対一
運命の日。
地球の衛星軌道上に設置された長距離センサーが、絶叫のような警告音を上げた。
『重力波検知! 月軌道外縁! ……来ます!』
オリンポスのブリッジで、オペレーターを務める旧ジオ・フロンティアの技術者が叫ぶ。
宇宙空間の闇が、裂けた。
一つ、また一つと、光の渦が発生し、そこから巨大な質量が吐き出されていく。
最初は数十。すぐに数百。瞬く間に数千。
そして、最終的にモニターを埋め尽くしたのは、計測不能なほどの光の点だった。
『敵勢力、ワープアウト完了……!』
『戦艦クラス、5隻! 巡洋艦、駆逐艦を含む護衛艦隊……総数、およそ30,000!!』
30,000隻。
それは、地球の夜空から「星」を消し去るほどの、圧倒的な鋼鉄の壁だった。
その中心に、オリンポスよりもさらに巨大な、漆黒の超弩級戦艦が鎮座している。アイギス・フロンティア総旗艦『ネメシス』。復讐の女神の名を冠した、絶望の象徴。
「……ハハッ、笑える数だ」
コックピットの中で、神崎は乾いた笑い声を漏らした。
漆黒の機体『プロメテウス(改)』。その全周囲モニターには、視界を埋め尽くす敵艦隊の威容が映し出されている。
『ビビってんのか、エース?』
リオの声が、インカムから響く。
「まさか。的が多すぎて、狙わなくても当たりそうだと言ってるんだ」
神崎は、感情OSのステータスを確認した。精神同調率、良好。機体は、まるで自分の手足のように、微細な感情の揺らぎに呼応して振動している。
『作戦を確認する』
セレンの凛とした声が届く。彼女は今、全防衛ドローンの指揮を執っていた。
『敵は3万。まともに戦えば、私たちのドローン艦隊(5万機)など、数時間ですり潰されます。勝機は一つだけ。敵の指揮系統の中枢、総旗艦『ネメシス』の撃沈です』
「3万の壁を突破して、大将の首を取る。……単純明快でいい」
『言うのは簡単だぜ』
リオが補足する。
『敵もバカじゃねえ。ネメシスの周囲は、鉄壁のシールド艦と、無数の迎撃機で守られてる。針の穴を通すような一点突破だ』
「穴なら、お前らがこじ開けるんだろう?」
『……へっ、任せな。オリンポスの全エネルギーを使って、特大の「道」を作ってやる』
神崎は、スロットルに手をかけた。
普通なら、震えて動けなくなるほどの絶望的な戦力差。だが、今の神崎には、恐怖よりも、これから始まる死闘への、静かで熱い高揚感が勝っていた。
「……行くぞ、相棒」
神崎は、愛機となった黒い翼に語りかけた。
「俺一人で3万機を堕とす必要はない。たった一機、あの一番デカい奴を堕とせば、俺たちの勝ちだ」
『全ドローン艦隊、展開!』
セレンが号令を下す。
地球の軌道上に、銀色のドローンたちが展開し、巨大な盾を形成する。
『プロメテウス、発進シークエンス!カタパルト接続!』
『感情OS、リミッター解除!』
「神崎隼人、プロメテウス、出る!」
ズドン!!
爆発的な加速と共に、漆黒の機体がオリンポスから射出された。
背後の時空間推進器が蒼い光を噴き出し、神崎は一瞬でトップスピードに乗る。
眼前に迫る、3万の敵艦隊。
対するは、一機の黒い翼。
人類の存亡を賭けた、あまりにも無謀で、あまりにも壮大な「三万対一」の喧嘩が、今、始まった。




