第三十七話:星を鍛える炉(フォージ)
「一ヶ月後に、空から絶望が降ってくる。……だが、俺たちは座して死ぬつもりはない」
ジオ・フロンティアの居住区跡地に作られた広場。神崎の声が、集まった数千人の市民たちに響き渡った。
かつてソラリスに「保護」され、争いを知らずに生きてきた人々。彼らの顔には、恐怖と不安の色が濃く滲んでいる。だが、以前のような「思考停止」した瞳ではない。自分たちの手で本物の空を取り戻したという自負が、彼らをその場に踏みとどまらせていた。
「俺たちが奪った『オリンポス』には、世界を変える力がある。だが、それを動かすのはAIじゃない。お前たちだ」
神崎は、隣に立つセレンと頷き合った。
作戦の要は、宇宙に浮かぶオリンポスの心臓部、かつて神崎とセレンがゴミとして焼かれかけた『アストラル・フォージ(宇宙溶鉱炉)』だった。
メインAIとなったリオの解析により、あの施設は単なる焼却炉ではなく、分解した物質を原子レベルで再構築する、超巨大な「万能3Dプリンター」であることが判明していた。
『材料なら、腐るほどあるぜ』
リオの声が、広場のモニターから響く。
『この星の周りには、アイギスが捨てていったデブリや、ソラリスが隠していた衛星の残骸が山ほど漂ってる。そいつらを全部フォージに放り込んで、再構築するんだ』
「何を作る気だ?」
神崎が問う。
『無人防衛ドローン艦隊。数万機だ』
リオが、設計図を表示する。
『アイギス艦隊の数は圧倒的だ。まともにやり合えばすり潰される。だから、オリンポスの生産能力をフル稼働させて、地球の軌道全域を覆う「自動防衛リング」を作る。質より量、数で押し切る「鉄の壁」だ』
会場がどよめく。平和な生活を送っていた彼らに、兵器の製造を手伝えというのだ。
「……私たちに、できるでしょうか」
一人の老人が、震える手を挙げた。
「私たちは、銃の撃ち方一つ知りません」
「銃を撃つ必要はない」
神崎は答えた。
「必要なのは、お前たちがジオ・フロンティアで700年間磨いてきた『技術』だ」
彼らは、戦争こそ知らなかったが、退屈な楽園の中で、芸術、建築、工学といった文化的なスキルを極限まで高めていた。
「ドローンの設計、プログラムの最適化、生産ラインの管理……。ソラリスが与えた『暇つぶし』のスキルが、今、この星を守るための最強の武器になる」
神崎の言葉に、人々の目に光が宿る。
自分たちは、守られるだけの家畜ではない。戦うための「力」を持っているのだと。
「やろう」
誰かが言った。
「俺たちの空は、俺たちで守るんだ」
その声は、さざ波のように広がり、やがて広場全体を包む力強い決意の合唱となった。
その日から、地球と宇宙を股にかけた、人類史上最大の「突貫工事」が始まった。
地上からは、シャトルがひっきりなしに飛び立ち、エンジニアたちがオリンポスへと向かう。
宇宙では、アストラル・フォージが赤黒いプラズマの炎を噴き上げ、宇宙のゴミ(デブリ)を飲み込んでは、銀色に輝く無人ドローンを次々と吐き出していく。
神崎は、その様子をオリンポスのドックから見下ろしていた。
だが、彼にはまだ、解決すべき重要な問題が残っていた。
ドローン艦隊は、あくまで「壁」だ。敵の主力艦を叩くには、決定的な打撃力を持つ「矛」が必要だった。
「……見つかったか、リオ」
『ああ、エース。おあつらえ向きのが一機、眠ってたぜ』
リオが、ドックの最深部、厳重にロックされた特別格納庫を開放する。
暗闇の中から姿を現したのは、神崎が乗っていた『クロノス』のような継ぎ接ぎだらけの機体ではない。
アイギスの最新技術の結晶。アトラスが、自らの専用機として開発させていた、未完成の試作機。
『形式番号 X-01 "PROMETHEUS"(プロメテウス)』
漆黒の装甲に、鋭利なフォルム。背部には、時空間航行ユニットの小型版ともいえる、未知の推進器を背負っている。
「……火を盗んだ神の名前か。皮肉なもんだ」
神崎は、その黒い機体を見上げた。
『こいつは、アトラスの「超人」としての反射神経に合わせて調整されたバケモノだ。普通の人間が乗れば、加速Gだけで内臓が破裂する。……乗るか?』
神崎は、ニヤリと笑った。
「俺は旧人類だが、ただの人間じゃない。『怒り』で時空を飛んだ男だぞ」
神崎は、プロメテウスのコックピットへと歩み寄る。
来るべき決戦の時。
数万のドローン艦隊と、一機の黒い堕天使。
地球人類は、その総力を挙げて、宇宙からの侵略者を迎え撃つ準備を整えつつあった。




