第三十二話:旧人(オールドタイプ)の喧嘩(ドッグファイト)
火花散る通路で、神崎とアトラスが対峙する。
一瞬の静寂。
次の瞬間、アトラスの姿が消えた。
「!」
神崎は、戦闘機乗りの直感で、死角となる右側頭部へと金属パイプを振り抜いた。
キィィィン!!
甲高い金属音。神崎のパイプは、彼の反応速度を遥かに超えて回り込んでいたアトラスの高周波ブレードによって、半ばから叩き折られていた。
「……反応速度は悪くない。だが、絶対的なスペックが違いすぎる」
アトラスは、折れたパイプを悠然と見下ろす。AIのサポートがなくとも、彼自身の肉体は、旧人類の限界を遥かに超えていた。
『神崎!まずい!』
艦内スピーカーから、リオの焦った声が響く。
『セレンがブリッジまであと半分だ!だが、アトラスのクソ野郎、スーツから直接、全艦隊に向けて、反乱の状況を暗号化して送信しようとしてる!』
「どうすれば止まる!」
『最低でも10秒!10秒間、奴の動きを完全に止め続けろ!でねえと送信が完了しちまう!』
10秒。
神崎にとって、それは永遠に等しい時間だった。
アトラスは、リオの通信を聞き、あざ笑うかのように、ゆっくりと左腕の通信デバイスを操作し始めた。
「終わりだ、旧人類。お前たちの、最後の『バグ』も、ここで終了する」
(10秒……!)
神崎は、折れたパイプを捨てた。武器は、ない。
彼は、F-15Jのコックピットで、絶望的なG(重力)の中で、生き残るために学んだ、最後の戦い方を思い出した。
「……空戦の基本を、教えてやる」
神崎は、呟いた。
「何?」
「相手の予測を読み、その『次』に潜り込む!」
神崎は、アトラスに向かって、無防備に突進した。
「愚かな」
アトラスは、神崎の心臓をブレードで貫くため、最短距離で腕を振り抜いた。
だが、神崎の狙いは、アトラスではなかった。
神崎は、アトラスの振り抜いた腕の下を、紙一重で潜り抜けると、彼が先ほどまで寄りかかっていた、むき出しの動力ケーブルの束へと、全体重をかけてタックルした。
ブチブチブチッ!!
「なっ!?」
神崎の身体ごと、高圧ケーブルが引きちぎられる。
凄まじい電流が、神崎のフライトスーツを焦がし、彼の全身を貫いた。
「ぐ……あぁぁぁぁぁっ!!」
肉が焼ける激痛。
だが、それは、アトラスの足元をも巻き込んだ。
この区画の床(重力ブロック)の電力が、一瞬だけ不安定になり、アトラスの完璧なバランスが、コンマ数秒だけ、揺らいだ。
そして、神崎の真の狙い。
引きちぎられたケーブルから噴き出した高圧の冷却ガスが、アトラスの視界を、一瞬だけ、白く染め上げた。
(今だ!)
神崎は、感電の痺れが残る身体に鞭打ち、アトラスの懐へと、ゼロ距離で飛び込んだ。
超人の「剣」の間合いではなく、旧人類の「喧嘩」の間合いへ。
「……!」
視界を奪われ、足元をふらつかせたアトラスは、神崎の接近に対応できなかった。
神崎は、アトラスの銀色のスーツに組み付くと、拳でも、蹴りでもない、最も原始的な攻撃(武器)を使った。
頭突き(ヘッドバット)だ。
ゴッ!という、硬い物同士がぶつかる鈍い音。
神崎の額が割れ、血が噴き出す。
だが、それと同時に、アトラスのヘルメットの、完璧だと思われた継ぎ目に、神崎の全激情を込めた一撃が、亀裂を走らせた。
「……き、さま……」
アトラスが、初めて苦悶の声を漏らし、よろめいた。
左腕の通信が、中断される。
『……よっしゃアアアア!!』
リオの歓喜の叫びが響く。
『セレンが、今、ブリッジのドアをこじ開けた!』
神崎は、血まみれの顔で、アトラスを睨みつけた。
「……これが、ゴミ(おれ)の、戦い方だ」
だが、アトラスは、倒れてはいなかった。
彼は、亀裂の入ったヘルメットの隙間から、憎悪に燃える蒼い瞳で、神崎を睨み返した。
「……旧人類風情が……よくも、この私の顔に……!」
アトラスの怒りが、スーツの出力を限界まで引き上げる。
神崎の勝利は、わずか数秒。
だが、その数秒が、この戦いの「次」の扉を開いていた。
ブリッジを制圧したセレンが、今、この船の、本当の「舵」を握ろうとしていた。




