第三十一話:AI(とも)と超人(てき)
『旧人類が……!』
アトラスの憎悪に満ちた声が、火花散る通路に響き渡る。
AIのサポートを失い、銀色のスーツの機能が大幅に低下しているにもかかわらず、彼が放つ威圧感は、神崎がこれまで対峙した誰よりも強大だった。
彼は、AIに頼らずとも、自らの肉体と意志で「超人」として完成されていた。
『神崎、セレン!聞こえるか!』
リオの意識が、クロノスの残骸から、艦内スピーカーへと完全に乗り移った。
『悪いニュースだ!アトラスのクソ野郎、自分のスーツと、部下どもの最低限の戦闘システムを、ヘリオス(俺)の管理下から切り離しやがった!マニュアルモードで、こっちに向かってくるぞ!』
リオの言葉通り、機能停止していた銀色の兵士たちが、ぎこちない動きで再起動し、神崎たちに銃口を向け始めた。
「……数は?」
神崎が、セレンを庇いながら問う。
『アトラスを含めて12体!だが、オートエイム(自動照準)は死んでる!今のアいつらは、ただの「射撃がうまい兵隊」だ!』
「十分だ!」
神崎は、先ほどクリーナーから奪い、特攻の衝撃で手放していた金属パイプを、足元から再び拾い上げた。
『おいおい、エース!』
リオが呆れたように叫ぶ。
『こっちはAIを丸ごと乗っ取ったんだぞ!そんな原始的なモン(ゴミ)で戦う気か!』
「武器をよこせ!」
『お望みどおりに!』
リオの意志が、オリンポスの艦内システムを駆け巡る。
次の瞬間、神崎たちの頭上の天井が開き、太いメンテナンス・アームが猛スピードで降りてきた。それは、銀色の兵士たちが構えていた通路の反対側、彼らの「背後」の壁を、凄まじいパワーで突き破った。
ガシャァァン!
兵士たちの半数が、自らの船の「腕」によって、壁ごと艦外の宇宙空間へと吹き飛ばされる。
『どうだ!俺の操艦は!』
だが、アトラスは、その混乱の中でも冷静だった。
彼は、残った兵士たちにマニュアルで指示を飛ばし、神崎ではなく、システムの中枢が宿るクロノスの残骸へと、一斉射撃を命じた。
「……まずい!俺のコア(本体)が狙われてる!」
「させっか!」
神崎は、残った兵士たちに向かって突進した。
AIの支援を失った兵士の動きは、神崎の700年前の白兵戦技術に対応できない。パイプが兵士のヘルメットを砕き、銃を奪い、その銃で次の兵士を撃ち抜く。
わずか数十秒で、神崎は残りの兵士をすべて無力化した。
「……見事だ、旧人類」
通路の奥、蒸気の中から、アトラスが一人、拍手をしながら姿を現した。その手には、銀色の兵士が持っていたライフルではなく、自らのスーツから生成した、高周波のブレードが握られていた。
『神崎!そいつはヤバい!AIのデータベースによると、そいつ自身の戦闘能力は……』
「黙ってろ、リオ」
神崎は、アトラスを睨みつけた。
「こいつは、俺の獲物だ」
二人の男が、歴史の狭間で対峙する。
進化した未来の「超人」と、闘争本能を抱えたままの「旧人」。
『……神崎!セレン!』
リオが、緊迫した声で割り込む。
『アトラスを止めてる間に、この船のブリッジを制圧するぞ!セレンの力が必要だ!』
「ブリッジ?」
『そうだ!アトラスのクソ野郎、ヘリオス(俺)がアクセスできない、物理的に隔離されたサブシステムをブリッジに隠してやがった!そこから、アイギス・フロンティア全体に、この船の「反乱」がバレるのも時間の問題だ!』
アトラスは、リオの言葉を聞き、冷ややかに笑った。
「……気づいたか、ネズミ。だが、遅い。お前たちがブリッジにたどり着く前に、お前たちをここで消去する」
アトラスが、ブレードを構え、床を蹴った。
その動きは、神崎が目で追うのがやっとの速度だった。
神崎は、咄嗟に奪ったライフルで応戦するが、アトラスは銃弾を紙一重で見切り、ブレードで銃身ごと叩き斬った。
「セレン、行け!」
神崎は、セレンをブリッジへと続く通路へと突き飛ばした。
「リオ!彼女をブリッジまでナビゲートしろ!こいつは俺が食い止める!」
『無茶だ!AIのサポートがなけりゃ、あんたじゃ……!』
「いいから行け!」
神崎は、折れた金属パイプを逆手に持ち直し、未来の超人の前に立ちはだかった。
『……クソッ!わかった!セレン、こっちだ!最短ルートを床に表示する!走れ!』
艦内の床に、緑色の誘導ラインが灯る。セレンは、一度だけ神崎を振り返り、涙を振り切って走り出した。
「逃がすと思うか」
アトラスが追おうとする。
「お前の相手は、俺だと言ったはずだ」
神崎が、アトラスの行く手を阻んだ。
「……旧人類が、時間を稼ぐか」
アトラスは、セレンを追うのをやめ、神崎へと向き直った。
「いいだろう。お前という『過去』を、ここで完全に消去し、我々の『未来』を正常化する」
艦内の奥深く、AIのサポートを失った区画で、歴史の進化の正当性を賭けた、二人の男の原始的な「決闘」が始まった。




