第二十八話:トロイアの塵(ちり)
「あの『ゴミ』に乗るんだ!」
セレンの叫びに、神崎は一瞬の躊躇もしなかった。
二人は、最終廃棄ポートの淵から、壁面に辛うじて固定されていた非常用脱出ポッド(の残骸)へと飛び移った。
ガコン!と、古い金属が悲鳴を上げる。
「ハッチが、開かない!」
神崎が、錆びついた手動ハンドルに全体重をかけるが、びくともしない。
「くそっ!」
彼は、クリーナーとの戦いで手にした金属パイプを、ハッチの隙間にねじ込んだ。
「離れてろ!」
テコの原理で、渾身の力を込める。ミシミシと嫌な音を立て、ついにハッチがこじ開けられた。
二人は、狭いカプセルの中へと転がり込む。
そこは、本来2名用の脱出ポッドだったようだが、内部の計器の半分は破壊され、生命維持装置のランプも赤く点滅している。まさに「廃棄物」だった。
「セレン、ハッチを閉めろ!」
神崎が叫ぶ。セレンが内部のロックレバーを引いた、その瞬間。
『最終廃棄シーケンス、実行』
無機質なアナウンスと共に、二人が乗ったカプセルを含む、足場全体が、凄まじい轟音と共に宇宙空間へと射出された。
「ぐっ……おぉぉぉっ!」
激しいGと振動が、二人を座席に叩きつける。
神崎は、自分がF-15Jで経験したどの加速Gとも違う、ただ「放り出される」という無重力と加速の混沌に、奥歯を噛み締めた。
そして、訪れる、絶対的な静寂。
振動が止まった。
神崎は、荒い息を繰り返しながら、カプセルの小さな覗き窓から外を見た。
そこに広がっていたのは、絶望的な光景だった。
眼下には、先ほどまで自分たちが閉じ込められていた、巨大母艦『オリンポス』の全景。その周囲には、アイギス・フロンティアを構成する、数千のコロニー群と、それを守護する銀色の艦隊。
自分たちは、その膨大な敵のまっただ中に、文字通り「ゴミ」として、漂っていた。
「……脱出、成功、か……?」
神崎が、かすれた声で呟く。
隣で、セレンが、かろうじて起動したコンソールのパネルを叩いていた。その表情は、神崎の安堵を裏切るように、こわばっていく。
「……ダメです」
「何がだ」
「このカプセルの、生命維持装置の限界は……あと、30分……。それに、このカプセル……」
セレンは、絶望的な事実を告げた。
「……どこにも、漂流していません」
「どういうことだ!?」
「これは、ただの『投棄』じゃないんです……!アイギスの『資源循環システム』です!見て!」
セレンが指差すポートホールの先。
神崎は、自分たちのカプセルが、他の無数のゴミ(デブリ)と共に、ゆっくりと、しかし確実に、ある一点に向かって「流れて」いることに気づいた。
その先にあるのは、艦隊の中心部に浮かぶ、巨大なリング状の宇宙ステーション。
ステーションの中央では、赤黒いプラズマの炎が渦巻いていた。
「……あれは」
「『アストラル・フォージ』……星系のゴミを、原子レベルに分解して、再資源化する、宇宙溶鉱炉です」
セレンの声が、震えていた。
「私たちは……ゴミ捨て場から逃げ出して、今、焼却炉行きのコンベアベルトに乗ってしまったんです……」
まさに、アトラスの言った通り、ゴミはゴミ捨て場から逃れられない。
絶望が、再び二人を包み込む。
生命維持の限界があと30分。焼却炉に到達するまで、おそらくそれよりも早い。
神崎は、迫り来る「死」の炎を、ポートホールから睨みつけていた。
彼は、自分が閉じ込められた、この「ゴミ」のカプセルを見渡し、そして、敵の艦隊の中心部へと、なすすべもなく「運ばれて」いる、この状況を、冷静に、冷徹に、分析していた。
「……いや」
神崎が、低い声で呟いた。
「……セレン、違うぞ」
「……何が、ですか?」
神崎は、エースパイロットの顔に戻っていた。
「俺たちは、ゴミじゃない」
彼は、ポートホールから見える、アイギスの心臓部……数千の艦隊が守護する、アトラスの母艦『オリンポス』の位置を、その目に焼き付けた。
「俺たちは、敵の心臓部に、敵の警戒網を、一切の抵抗を受けずに突き進んでいる、『弾丸』だ」
「え……?」
「このカプセルは、ゴミじゃない。俺たちが乗る、最後の『トロイアの木馬』だ」
神崎は、セレンの肩を掴んだ。
「セレン。お前ならできるか?このカプセルの、残り少ない推進剤を使って、あの焼却炉じゃない、別の『ゴミ』に、体当たり(ドッキング)することは」
神崎が指差したのは、焼却炉へと向かうゴミの流れ(ストリーム)から、わずかに外れた軌道。
そこに浮かんでいた、一つの「巨大なゴミ」。
それは、神崎がこの世界に来た、あの忌まわしき『クロノス』の残骸だった。
アトラスは、クロノスをドックに捕獲した後、解析の価値なしと判断し、この廃棄ストリームに投棄していたのだ。




