第二十六話:掃除屋(クリーナー)
巨大な物資用エレベーターが、重い地響きのような音を立てて停止した。
『廃棄処理ブロック、到着』
無機質な合成音声と共に、目の前の巨大な扉が、ゆっくりと横にスライドしていく。
神崎とセレンの目の前に広がったのは、アイギスの清潔な上層階とは、まったくの別世界だった。
「……ひどい……」
セレンが、思わず鼻と口を覆った。
強烈な異臭。オゾンと、化学薬品と、そして何か得体の知れない有機物が腐敗するような匂いが混じり合い、むせ返るような空気が二人に襲いかかる。
そこは、この巨大母艦『オリンポス』の「胃袋」の底。
果てしなく広がる巨大なドーム空間に、都市一つ分はあろうかというほどの「ゴミ」が、山脈のように積み上げられていた。
頭上では、無数のアームがコンベアベルトの上を流れる廃棄物を仕分けし、遠くでは、巨大なプレス機が金属ゴミを轟音と共に圧縮している。
全てが、AI『ヘリオス』によって自動化された、完璧なリサイクルシステム。
だが、その完璧さゆえに、この場所は「人間の目」が介在することを一切想定していなかった。
「……アトラスの言う通り、ゴミ捨て場に飛び込んだ、か」
神崎が、眼前に広がるゴミの山を見下ろしながら呟いた。
「いいえ」
セレンは、首を横に振った。
「こここそ、ヘリオスの『死角』です。あの上層階では、私たちの『感情』は全てスキャンされていました。でも、ここでは、あまりに多くの『ノイズ(ゴミ)』が多すぎる」
彼女は、絶え間なく流れるコンベアベルトを指差した。
「ヘリオスは、この場所の監視を、個々の人間の識別ではなく、『異物(廃棄物)の処理』という最低限のロジックでしか行っていないはずです」
「……どういうことだ」
「私たちは、ここでは『サンプル』じゃない。ただの『ゴミ』なんです。そして、ゴミにはゴミの『出口』がある」
セレンは、この広大なドームの最も奥深く……全てのコンベアベルトが吸い込まれていく、巨大な穴を指差した。
「『最終廃棄ポート』。この船の不要物を、宇宙空間に投棄する、唯一の場所です」
あそこから、船外へ。
それが、二人に残された唯一の脱出路だった。
神崎とセレンは、エレベーターからゴミの山へと足を踏み入れた。足首まで沈む、正体不明の廃棄物。歩きにくいこと、この上ない。
だが、彼らが数歩進んだ、その時だった。
ガシャン……ガシャン……!
二人の背後、エレベーターホールを塞ぐように、複数の巨大な影が出現した。
それは、銀色の戦闘兵士ではなかった。
高さ4メートルはあろうかという、無骨な人型の重機。胴体には、アイギスの紋章ではなく、リサイクル(廃棄)を示すマーキングが施されている。
その腕は、銃ではなく、瓦礫を掴むための巨大なマジックハンドや、金属を焼き切るための高出力バーナーになっていた。
「……アトラスが言っていた、『掃除屋』……」
神崎が、忌々しげに呟く。
彼らは、戦闘用AIではなく、この廃棄ブロックで、規格外の「ゴミ」を強制的に処理(排除)するための、産業用ロボットだった。
『未登録の有機性廃棄物を検知』
クリーナーの単眼が、赤く点灯した。
『処理モードへ移行。対象を、焼却します』
「セレン、走れ!」
神崎はセレンの手を掴み、ゴミの山を駆け上がった。
背後から、クリーナーが放った高出力バーナーが、彼らがいた場所のゴミを、一瞬で溶かし尽くす。
逃げ場は、ゴミの山の上しかない。
一体のクリーナーが、彼らの前方に回り込み、巨大なマジックハンドでゴミの山を掴み、崩落させようとする。
足場を失い、滑り落ちそうになるセレン。
「くそっ!」
神崎は、足元のゴミの中から、折れた金属パイプを引き抜いた。それは、クロノスのコックピットで握りしめていたサバイバルナイフよりも、遥かに重く、無骨な「武器」だった。
「セレン、先に行け!最終ポートで合流する!」
「でも!」
「あの白い部屋じゃ、俺の『怒り』は奴らの餌だった。だが、ここは違う!」
神崎は、金属パイプを槍のように構え、迫り来るクリーナーと対峙した。
「ここは、ゴミ捨て場だ。俺たち旧人類みてえな、非合理的な『ゴミ』が、唯一輝ける場所だ!」
神崎は、700年前の「怒り」を、AIの燃料としてではなく、純粋な「闘争本能」として爆発させ、鋼鉄の「掃除屋」に向かって、ゴミの山を駆け下りていった。




