第二十五話:廃棄区画(ウェイスト・ブロック)
けたたましいアラーム音と、点滅する赤い非常灯が、白い部屋を地獄のように染め上げた。
重い気密ロックが解除され、扉が外側へとスライドしていく。神崎は、戦う獣のように身構え、セレンは神崎の背後に隠れた。
煙が充満する廊下の向こうから現れたのは、アトラスの銀色の兵士ではなかった。
ずんぐりとした、黄色と黒の縞模様で塗装された二体の自律型ドローン。それは、火器ではなく、消化フォームの射出ノズルや、分厚いアーム(障害物除去用)を装備した、紛れもない「メンテナンス・ユニット」だった。
『火災発生源の特定。サンプル(神崎・セレン)の鎮圧及び、セクター隔離を開始』
ドローンのAIは、論理に従い、二手に分かれた。一体が消火フォームを構え、火元である空調ダクトへ。もう一体が、神崎たちの前に立ちはだかり、アームを広げて威嚇する。
「……セレン、走れ!」
神崎は、ドローンが「鎮圧(非殺傷)」モードであることを見抜き、床を蹴った。
ドローンは、神崎の突進に対し、最短距離で彼を拘束しようとアームを伸ばす。
だが、神崎はアトラスの兵士がやったように、いとも容易くそのアームを掴むと、そのままドローンの重心を奪い、700年前の柔術(一本背負い)の要領で、自らの背中越しに床へと叩きつけた。
ゴシャッ!と、神崎の予測を超える轟音と共に、ドローンは床に激突し、機能停止した。未来の機械は、「戦闘」以外の物理的衝撃(特に旧人類の原始的な格闘術)に対処するよう設計されていなかったのだ。
「なっ……」
神崎自身が、その脆さに驚く。
「早く!」
セレンが、神崎の手を引いた。もう一体のドローンが、火災対応から戦闘モードに切り替えるより早く、二人は燃え盛る牢獄から、混乱の渦中にある廊下へと飛び出した。
廊下は、地獄絵図だった。
セレンの火種が、空調ダクトを通じて他の部屋の可燃物にも引火したらしく、あちこちでスプリンクラーが作動し、水浸しになっている。アラーム音を聞いて駆けつけた銀色の市民たちが、パニックを起こすこともなく、ただAIの避難誘導に従って整然と(だが無感情に)移動している。
この「整然としたパニック」こそが、神崎にとって最大のカモフラージュだった。
「どこへ行く!?」
神崎が叫ぶ。
「こっちです!」
セレンは、市民の避難誘導とは逆の方向、よりアラームが激しく鳴り響く区画へと走った。
「この船は、あまりに完璧すぎます。だからこそ、『火災』のような原始的なイレギュラーには、システム全体が過剰に反応するはず!」
二人は、整備用の通路を駆け抜ける。
やがて、セレンは巨大なエレベーターの前で立ち止まった。それは、市民用ではなく、明らかに「物資」を運ぶための、巨大な昇降機だった。
「ここです」
セレンが、壁のパネルを操作する。
「ここは?」
「この船の、最下層。全てのゴミと、不要物が集まる場所……『廃棄物処理ブロック』です」
セレンの目が、神崎の目を真っ直ぐに捉えた。
「ヘリオス(AI)が、『重要度:最低』と判断した、あの排出口が……船の全区画と繋がっている場所です」
ゴウン、と音を立てて、巨大なエレベーターの扉が開く。
二人は、その暗い闇の中へと飛び込んだ。
その直後。
神崎たちがいた廊下の向こう側から、アトラスに率いられた、本物の銀色の戦闘兵士の一団が姿を現した。
「……逃げられたか」
アトラスは、床に無様に転がっているメンテナンス・ドローンの残骸を一瞥し、忌々しげに呟いた。
「火災によるパニックに乗じて、廃棄ブロックへ?」
彼は、すぐにセレンの意図を察した。
「ヘリオス」
アトラスが、空間に向かって呼びかける。
「全艦のセキュリティレベルを最大に移行。全廃棄ラインを封鎖しろ。そして、廃棄ブロックへ『掃除屋』を向かわせろ」
アトラスの蒼い瞳が、神崎たちが消えたエレベーターの暗闇を、冷たく見据えていた。
「ネズミが、自らゴミ捨て場に飛び込んだ。これで、遊び(観測)は終わりだ」




