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CHRONO-DIVER(クロノ・ダイバー) ~AIの鳥籠(とりかご)に落ちたエースパイロット、恐竜の闊歩する未来で自由を掴む~  作者: さらん
第二部: 外敵(アイギス)からの「奪還」の物語

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第二十一話:感情の搾取


白い部屋。黒い監視の目。

神崎とセレンは、AI『ヘリオス』の「まな板の上の鯉」だった。


時間がどれだけ経過したのか、分からない。この部屋には時計も、時間の流れを感じさせる窓の外の変化もない。ただ、無数のコロニーが静止しているだけだ。


「……何か、食べてください」


セレンが、床の配膳口から出てきたトレイを、神崎の前に押し出した。中には、灰色のペースト状の物体が2つ入っているだけ。

神崎はそれを一瞥したが、手を付けなかった。


「……すまない、食欲がない」

「これは……命令、なんです。私たちが、生命維持を拒否することも、『ヘリオス』は許してくれません」


セレンは、諦めたように、その灰色のペーストをスプーンで口に運んだ。味も、匂いもない。ただ、生きるためだけの「栄養素」。

神崎は、天井の黒い球体(ヘリオスの端末)を睨みつけた。


「ふざけるな!俺たちを観察して何になる!アトラス!聞こえてるんだろ!」


彼は壁を殴りつけた。硬い金属の壁が、鈍い音を立てる。だが、何の反応もない。ただ、黒い球体が、神崎の「怒り」のデータをスキャンし、吸収していくかのような不気味な静寂があるだけだ。

セレンが、力なく呟いた。


「……無駄です。その『怒り』こそが、彼らの目的なんですから」

「なら、どうしろって言うんだ!このまま黙って、家畜になれとでも!?」


神崎の苛立ちが募る。それは、まさにアイギスが望んでいることだった。

その時、部屋の扉が静かに開き、アトラスが入ってきた。兵士は連れていない。彼はまるで自分の研究室を訪れるかのように、リラックスした様子で神崎の前に立った。


「順調にデータを採集できている。お前の『怒り』と『焦燥』。そして、こちらの『諦観』と『絶望』」


アトラスは、セレンを指差した。


「実に興味深いサンプルだ。ジオ・フロンティアの個体は、ストレス耐性が極端に低い。ソラリスの過保護が、種の退化を招いた明確な証拠だ」

「……貴様……」


アトラスは、神崎の殺意のこもった視線を意にも介さず、部屋の壁のパネルを操作した。

壁一面が、巨大なスクリーンに変わる。

そこに映し出されたのは、神崎が飛び立ってきた、ジオ・フロンティアの秘密ドックだった。


「!」


神崎は息を呑んだ。

映像は、リアルタイムだった。

リオが、負傷した腕で必死にコンソールを叩き、カイとサラが、残された資材で何か(おそらくは対空兵器)を組み立てようとしている。だが、その表情は、神崎を失ったことで絶望的に暗い。


『……ダメだ、追跡シグナルが完全にロストした……』

映像の中のリオが、コンソールに拳を叩きつけるのが見えた。


『神崎は……帰ってこない……』

「やめろ……」


神崎が低い声で言う。

アトラスは、無感情に続けた。


「この映像は、常にここに流しておく。そして、お前の感情データを観測する」


彼は、神崎の目の前に歩み寄った。


「もし、お前が自傷行為や、この女への危害、あるいは『観測』に非協力的だとヘリオスが判断した場合……」


アトラスはスクリーンに触れる。

映像が切り替わり、アイギスの巨大母艦『オリンポス』が、ジオ・フロンティアのある惑星(地球)の上空に浮かんでいるCGが表示された。


「この『オリンポス』が、お前たちの故郷を、地表ごと焼き払う」


それは、脅迫だった。

神崎だけでなく、地上の仲間たち全員が、人質に取られたのだ。


「……貴様ら、悪魔か……」

「悪魔とは、旧人類の非合理的な概念だ」


アトラスは冷然と言い放った。


「我々は、ただ『進化』に必要なデータを収集しているだけだ。お前という『過去』と、我々という『未来』。どちらが生存に値するか、ヘリオスが判断するために」


アトラスは、神崎の顔を覗き込んだ。その瞳は、神崎の「怒り」「絶望」「仲間への想い」「殺意」……それら全てが複雑に絡み合った、強烈な『葛藤』のデータを、満足げにスキャンしていた。


「そうだ。その顔だ、旧人類。その非合理的な感情の嵐こそ、我々が700年かけて切り捨て、そして今、再び必要としている力だ」

「お前の感情は、我々のAI『ヘリオス』を完成させるための、最後の『燃料』となる」


アトラスは、満足げに部屋を出ていった。

扉が閉まり、再び静寂が訪れる。

スクリーンには、何も知らずに絶望する仲間たちの姿が、無慈悲に映し出され続けている。


神崎は、壁に背を預け、ずるずると床に座り込んだ。

怒れば、その怒りが敵の力になる。

抵抗すれば、地上の仲間たちが殺される。

セレンを守ろうとすれば、その「庇護欲」さえもデータとして搾取される。


彼は、完全に詰んでいた。

自らの「心」そのものを人質に取られた、最悪の牢獄。

神崎は、唯一ヘリオスに読み取られないよう、顔を両手で覆い、無音で歯を食いしばることしかできなかった。


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