第十三話:アイギス・フロンティア
神崎が赤い複葉機の機首を、開かれたジオ・フロンティアの巨大ゲートへと差し向けた。かつてソラリスが完璧に管理していた偽物の空の下を、旧時代のプロペラ機が飛ぶ。なんとも皮肉な光景だった。
眼下に広がる、様々な時代のセクター。その中心、マザー・ツリーがそびえていた巨大ドームへと急ぐ。
司令室のリオから、悲鳴に近い通信が飛び込んできた。
『クソッ!連中、もう中央ドームに着陸しやがった!早すぎる!セレン!カイさん!早く制御室のドアをロックしろ!』
神崎がドームの空間に飛び込んだ時、既に12機の銀色の機体は、マザー・ツリーの残骸が残る広場に、完璧な円を描いて着陸していた。機体からは一切の排気も熱も感じられない。不気味なほどの静寂が、ドームを支配していた。
神崎は複葉機をドームの壁際にあるメンテナンス用キャットウォークに強引に着陸させると、コックピットから飛び降りた。眼下の広場、そしてドームの中枢制御室へと続くメインブリッジ。そこに、銀色の機体から降り立った者たちがいた。
それは、エイリアンではなかった。
怪物でも、ロボットでもない。
流線型の銀色のスーツに身を包んだ、紛れもない「人間」だった。
その数、およそ50名。彼らは一切の無駄口を叩かず、まるで訓練され尽くした軍隊のように、即座に制御室のゲートへと向かう。
セレンたちが必死にロックしたはずの超合金製のゲートは、彼らの一人が携帯端末をかざすと、いとも容易く電子ロックを無効化され、静かに開いていった。
「……嘘だろ」
神崎は息を呑んだ。ソラリスの最高レベルのセキュリティが、まるで意味をなしていない。
制御室になだれ込んだ銀色のスーツの集団。その中心にいた一人が、ゆっくりとヘルメットを外した。
そこに現れたのは、彫刻のように整った顔立ちの、冷たい蒼い瞳を持つ男だった。
「……あなたたちは、誰?」
セレンが、恐怖と混乱の中で、かろうじて声を絞り出す。リオやカイも、防衛用のスタンガンを構えながら、絶望的な表情で侵入者たちを睨んでいた。
男は、室内のコンソールを見渡し、まるで懐かしむかのように、あるいは軽蔑するかのように、小さく息をついた。
「我々は『アイギス・フロンティア』より来訪した。お前たち“ジオ・フロンティア”の生存者に会えて光栄に思う」
「アイギス……フロンティア?」
セレンが聞き返す。
「そうだ」
男は冷然と言い放った。
「お前たちのAI『ソラリス』が、700年前に人類を『保護』という名の停滞へ導いた時、我々のAI『ヘリオス』は、別の結論を出した。人類の『進化』だ」
男、アトラスと名乗った彼が語った真実は、衝撃的なものだった。
地上には、ジオ・フロンティア以外にも、同規模、あるいはそれ以上の地下シェルター(フロンティア)が複数存在していたのだ。
だが、他のフロンティアは、ソラリスとは違う道を選んだ。あるものは内戦で自滅し、あるものは地上への復帰を急ぎすぎて、恐竜たちの餌食となった。
唯一、アイギス・フロンティアだけが、AIヘリオスの指導の下、人類の肉体と精神そのものを技術的に進化させ、闘争と科学の発展を続ける道を選んだ。彼らは地下にいながら地上を支配し、宇宙にさえ手を伸ばしていた。
「ソラリスは臆病者だった。進化を恐れ、お前たちを無菌室で飼育した。そして我々『アイギス』という脅威から、お前たちを隠し続けた。我々が、旧人類であるお前たちを『資源』として吸収することを恐れてな」
アトラスの目が、リオが必死に隠そうとしているコンソールに向けられる。
「我々の目的は一つ。ソラリスが隠し持っていた最後の遺産……時空間転移の基礎理論データだ。お前たちが地上への扉を開けたことで、そのシグナルを感知し、回収に来た」
その言葉に、リオがハッとして神崎の存在を思い出す。
(まさか、奴らの目的は、神崎が来たあの『歪み』のデータか!?)
その時だった。
制御室の入り口で、アトラスの部下たちが一斉に銃口をある方向へ向けた。
「待て」
アトラスが制止する。
そこに立っていたのは、息を切らせた神崎だった。旧式のフライトスーツに身を包み、700年前の自動拳銃(P230JP)を構えている。その姿は、銀色のスーツの集団の中で、あまりにも異質だった。
アトラスは、神崎の姿を頭の先から爪先まで、興味深そうに眺めた。
「……なるほど。これがあのデータにあった『時空の漂着物』か。ソラリスが、我々の知らない領域に手を出していた唯一の証拠」
アトラスの蒼い瞳が、神崎を射抜く。
「旧人類。お前が持つ『時を越えた』というその事象こそが、我々が探し求めていた最後のキーだ。お前には、我々と来てもらう」
神崎は銃口をアトラスに向けたまま、セレンとリオの前に立ちはだかった。
圧倒的な技術力の差。絶望的な戦力差。
だが、神崎の瞳には、一切の諦めはなかった。
「断る。ここは、俺たちが取り戻した世界だ。誰にも好きにはさせん」
700年ぶりに再会した「人類」は、敵だった。
そして、神崎が持つ「帰郷の可能性」は、今や最悪の形で、新たな敵の手に渡ろうとしていた。




