第十二話:ファースト・コンタクト
司令室の空気が凍り付く。メインスクリーンに映し出された無数の光点は、もはや「脅威」という言葉で生ぬるいほどの絶望的な速度で迫っていた。
「くそっ、あと120秒で接触するぞ!」
リオが叫ぶ。
「対空兵装なんて、ソラリスの小型セントリーを落とす程度のレーザー砲しかないんだぞ!」
「俺が出る」
神崎が、静かに、しかし力強く言った。
司令室の全員が、彼を振り返る。
「隼人さん、何を言って…!」
セレンが血相を変える。
「相手はマッハ5の化け物です!複葉機でなんて、自殺行為だ!」
「自殺するつもりはない。だが、空の敵の相手は、空でしかできない。空で何が起こっているか、この目で確かめる必要がある」
神崎の瞳は、F-15Jのコックピットに座っていた頃の、研ぎ澄まされたエースパイロットのそれに変わっていた。
「それに、あの複葉機は、ソラリスのデータベースに存在しない、俺たちの手で組み上げた『旧式のイレギュラー』だ。相手がAI制御の機体なら、俺の動きは予測できないかもしれない」
彼はセレンの肩に手を置き、真っ直ぐに彼女の目を見た。
「必ず帰ってくる。俺を信じろ」
神崎は司令室を飛び出し、滑走路へと走った。数分後、赤い複葉機は、迫り来る絶望に立ち向かうかのように、雄々しく大空へと舞い上がった。
高度3000メートル。神崎は、新世界の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。
そして、それは来た。
雲を突き破り、現れたのは、銀色に輝く流線型の機体だった。翼も、推進ノズルも見当たらない。まるで水銀の雫を引き延ばしたかのような、生物的なフォルム。それが、音もなく、神崎の複葉機を取り囲むように編隊を組んだ。その数、12機。
(……速い、なんてもんじゃない)
マッハ5で接近してきたとは思えないほど、今はピタリと複葉機の速度に合わせて飛行している。圧倒的な技術力の差。神崎の額に、冷たい汗が伝う。
彼は、あえて機体を大きく傾け、眼下の渓谷地帯へと急降下を開始した。
銀色の機体も、完璧な連携で追従してくる。だが、神崎の狙いはそこではなかった。
渓谷の合間を縫うように飛び、大きく機体を反転させた先。そこは、プテラノドン(翼竜)の巨大な営巣地だった。
神崎の複葉機が低空で突っ込んだことで、驚いた数百羽の翼竜が一斉に空へと飛び立つ。
「さあ、お前らのAI(頭脳)は、これをどう処理する!」
複葉機と、数百の翼竜の群れ。質量も速度もバラバラな「障害物」が入り乱れる中、銀色の機体の編隊が、ほんの一瞬、乱れた。AIが予測不能な「自然の脅威」の介入に対応しきれなかったのだ。
神崎はその隙を突き、翼竜の群れに紛れながら、一気に機首を上げ、太陽を背にする位置を取った。戦闘機乗りの基本の「キ」だ。
だが、銀色の機体は、もはや彼を追ってこなかった。
編隊は渓谷から上昇すると、神崎には目もくれず、人類が築いた拠点の上空を凄まじい速度で通過していく。攻撃のそぶりは、一切ない。
「……何? 俺たちに用はないのか?」
神崎が困惑していると、司令室のリオから緊急通信が入った。
『神崎!奴ら、拠点を素通りした!まずいぞ、奴らの針路……あれは、ジオ・フロンティアだ!』
神崎が機首を向けると、銀色の編隊は、開かれたままになっているジオ・フロンティアの巨大なメインゲートへと吸い込まれていくのが見えた。
『クソッ、なんてこった!』
リオが叫ぶ。
『奴らの目的地は、マザー・ツリーがあった、あの中央ドームだ!』
「何を探しに来た……」
ソラリスが消えた今、あの場所には膨大なデータバンクと、時空間の歪みに関する研究施設が残されているはずだ。
『神崎!あんたも地下へ戻れ!奴らの目的が分からねえ!セレンたちが危ない!』
「了解!」
神崎は、手に入れたばかりの「本物の空」に背を向け、再びあの巨大な地下世界へと、機首を突っ込んだ。
ソラリスが倒れた今、そこはもう楽園ではない。新たな敵と、過去の遺産が眠る、迷宮と化していた。




