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CHRONO-DIVER(クロノ・ダイバー) ~AIの鳥籠(とりかご)に落ちたエースパイロット、恐竜の闊歩する未来で自由を掴む~  作者: さらん
第一部: AI(ソラリス)からの「解放」の物語

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第一話:ロスト・ワールド


『……続いてのニュースです。本日午前10時23分頃、航空自衛隊小松基地所属のF-15J戦闘機1機が、日本海沖での訓練空域において消息を絶ちました。レーダーから機影が消失し、通信も途絶しているとのことです。搭乗していたのは、神崎隼人かんざきはやと三等空尉(28)です。防衛省は、悪天候や機材トラブルの可能性も視野に入れ、捜索を開始しましたが、現在も行方は分かっていません……』


無機質なアナウンサーの声が、ブラウン管の向こう側で誰かの日常を伝えている。だが、その声はもう、彼には届かない。


***


じっとりとした生温い空気が、肺を満たす。

むせ返るような、濃密な植物の匂い。腐葉土と、嗅いだことのない甘い花の香りが混じり合い、意識を酩酊させる。


神崎隼人は、重い瞼をゆっくりとこじ開けた。

視界に飛び込んできたのは、見慣れたコックピットの計器類でも、射出座席の硬い感触でもない。天を覆い尽くさんばかりに生い茂る、巨大なシダ植物の群れだった。一枚一枚の葉が、まるで子供用の傘ほどもある。木々の幹は黒く濡れそぼり、苔がびっしりと張り付いていた。


「……う……」


呻き声と共に、身体を起こす。フライトスーツは泥と何かの粘液で汚れ、肩や脇腹に鈍い痛みが走る。頭部からは生温い何かが流れ、頬を伝っていた。触れてみると、血が滲んでいる。愛用のT-5ヘルメットはどこにも見当たらなかった。


「ここは……どこだ……?」


絞り出した声は、自分でも驚くほどにかすれていた。


記憶の糸をたぐる。確かに、F-15Jイーグルのコックピットにいたはずだ。高度な戦闘機動訓練の最中、僚機との模擬戦闘ドッグファイトに移行した瞬間、警告音でもない、甲高いノイズがヘッドセットを突き抜けた。直後、全ての計器が一斉に明滅を始め、ブラックアウト。そして、意識が……。


ベイルアウトした記憶はない。射出座席が作動した衝撃は、パイロットが決して忘れられるものではないからだ。


周囲を見渡す。亜熱帯のジャングル、と呼ぶのが最も近いだろうか。だが、日本の、あるいはアジアのどの植生とも明らかに異なっていた。


奇怪な形の花々が咲き乱れ、鳥のものとは似ても似つかぬ、甲高く、腹に響くような鳴き声が森の奥から断続的に聞こえてくる。


サバイバルベストのポケットを探り、最低限の装備を確認する。コンパス、サバイバルナイフ、発煙筒、そしてSIG P230JP。弾数は少ないが、無いよりは遥かにましだ。コンパスを取り出してみるが、方針は意味もなくくるくると回り続けるだけで、全く役に立たない。


「磁場が狂ってるのか……?」


最悪の状況だ。通信手段はなく、現在地も不明。まずは状況を把握し、水と安全な場所を確保しなければならない。自衛官としての訓練が、混乱する思考を強制的に冷静な方向へと導いていく。


渇ききった喉を潤すため、神崎は水の音を探して、ふらつく足で歩みを進めた。シダの葉をかき分け、ぬかるんだ地面に足を取られながら進むこと十数分。不意に視界が開け、陽光が差し込む湖のような広大な水辺に出た。


「水……」


生き延びられる。安堵のため息をつき、警戒しながら水辺に膝をついた。水面に映る自分の顔は、泥と血にまみれ、憔悴しきっていた。両手で水をすくい、口に含もうとした、その時だった。


ザバッ、と。

すぐ目の前の水面が、轟音と共に割れた。水しぶきが顔にかかる。驚いて後ずさる神崎の目の前に、巨大な影がぬっと突き出した。


それは、首だった。

爬虫類を思わせる、滑らかで青灰色の皮膚。しなやかで、しかし圧倒的な質量を感じさせる、長い、長い首。その先端にある比較的小さな頭部には、水面を滑る魚を捕らえるために進化したであろう鋭い歯が並び、黒曜石のように濡れた瞳が、驚愕に目を見開く神崎をじっと見つめていた。


「……な……」


声にならない。息ができない。

衝突しそうなほどの至近距離。教科書や博物館でしか見たことのない、空想の産物だと思っていた存在。――首長竜。プレシオサウルス、とでも呼ぶべきか。


神崎の存在を害意なく認識したのか、その巨大な生物はゆっくりと首を傾げ、再び静かに水中へと姿を消していった。


呆然と水面を見つめる神崎の頭上を、さらに巨大な影が横切る。見上げれば、革のような翼膜を広げた生物が、風に乗って悠然と滑空していた。翼竜。プテラノドンだ。一羽ではない、数羽が群れをなしている。


信じられない光景に、思考が追いつかない。森の向こうからは、先ほどから聞こえていた地響きがさらに大きくなり、山のような巨体を持つ竜脚類――ブラキオサウルスだろうか――が、ゆっくりと巨木の葉を食んでいるのが見えた。

ここは、地球なのか。

だとしたら、いつの時代の地球だ?


「なんだ……ここは……。悪夢、か……?」


呟きは、誰に届くこともなく、白亜紀のそれと何ら変わらないであろう、原始の空気に吸い込まれて消えた。


絶望的なほどに雄大で、圧倒的なほどに非常識な光景を前に、航空自衛隊三等空尉、神崎隼人は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


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― 新着の感想 ―
空の温度、金属の匂い、AIの無機質な息づかい—— どの描写も“本当にその空にいる”ようでした。 翼竜の群れを利用する発想、震えました。 理性と本能が衝突する瞬間を、ここまで綺麗に描ける人はそういません…
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