第四話「現実という見えない迷路」
灯は、薄曇りの空の下を歩いていた。
足元の舗装は、いつもよりも波打つように歪んで見える。
まるで、目の前の道がまるごと溶け出して、彼女を迷わせているかのようだった。
夢の中では、彼女はもっと自由に動けた。
速く走り、まっすぐに目的地へたどり着いた。
だが現実は違う。
「どこに行けばいいのか、わからなくなる」
そんな言葉が頭の中をぐるぐると巡る。
灯は腕を軽く振り、何とか歩こうと試みる。
しかし、道を選ぼうとすればするほど、周囲の情報は増え、足元の道はますます複雑に絡み合った迷路のように見えた。
視界の隅には、見知らぬ人々が行き交う。
彼らはスムーズに行きたい場所へ進んでいるように見える。
「なんであんなに簡単に動けるんだろう」
灯はふと、先日会った後輩の光里のことを思い出した。
彼女はいつも自然に、躊躇せずに動いていた。
不意に灯は、スマホを取り出し、光里にメッセージを送った。
「なんでそんなに動けるの?」
すぐに返ってきた返事は、短い言葉だった。
「動く前に意味を考えすぎると、止まるよね」
その一言に、灯の胸の中で何かがはじけた。
彼女は歩みを止め、空を見上げる。
灰色の雲が流れて、淡い光が差し込んだ。
「意味を考えすぎる……」
脳内の雑多な情報が整理されていないとき、行動に移すのは簡単ではない。
彼女の中で、あらゆる意味が絡まり合い、動く前に足がすくんでしまうのだ。
光里の言葉はシンプルだった。
「止まるのは、考えすぎているから」
灯は小さく笑った。
「動く前に、考えるのをやめてみる?」
そう呟きながら、彼女はゆっくりと足を前に出した。
最初の一歩はぎこちなかった。
しかし、その次の一歩は少しだけ軽やかに感じた。
道は依然として複雑で、見えない迷路のままだった。
だが、歩き続けるうちに、灯の中で少しずつ道がつながっていく気がした。
夢の中のようにはいかないけれど、現実の中で足を動かすことが、何より大切だと、彼女は気づきはじめていた。
夕暮れの街は、少しずつ夜の装いに変わっていった。
灯の心の中にも、新しい光が差し込んでいた。