【第5話】少女との邂逅
冷たいアスファルトの匂いが鼻を刺す。
地下管から這い上がったNo.101──
あいりゃは、 全身を血と油で濡らしながら、ようやく地上の光を見た。
ここは、どこなのか?
初めて触れる風の冷たさ。 眩しいほどに点滅する信号。
騒がしく吠える機械の塊たち。
人間たちが歩き、走り、叫び、笑う。 それら全てが、“異常”だった。
ビル、ビル、ビル。
空を塞ぐようにそびえ立つ巨大な建造物。
食べ物の匂いはあるのに、手が届かない。 誰も、こちらを見ていない。
肩を揺らしながら、あいりゃは人混みの裏側へと這う。
ボロボロの身体が壁に擦れ、皮膚が剥ける。
喉が焼けるほどに渇いていた。
(腹……減った……寒い……)
汚水の溜まった水たまりに顔を近づける。
だが、腐臭に吐き気がこみ上げて、飲めなかった。
逃げたはずなのに、 この世界は──地獄と変わらなかった。
……だが。
都市を抜け、錆びたフェンスを越え、 誰にも気づかれず歩いた先で──
風景が変わった。
足元には、柔らかい土。
それは住宅地の片隅にある植え込みだった。
高層ビルの影から解放された空。airyaの瞳に星空が広がった。
「……なに、これ……」
あいりゃの足は、初めて震えた。
生まれてこのかた、モニター越しにしか知らなかった“外の世界”。
触れたことのない空気。におい。音。
一つ一つが、痛みを通して自分に刻まれていく。
彼女はふらつきながら、 丘に転がるように倒れ込み、目を細めた。
頭上には、雲の流れ。 それを見ていたら、涙が出た。
涙の理由がわからなかった。
(こんな場所が、あったんだ……)
力が抜けた。 手足の神経が麻痺していく。
放射性核が身体の奥で沈黙し、 痛みだけが、波のように引いていく。
そして、視界が暗くなる中で──
誰かの靴音が、土を踏んだ。
「……君、大丈夫……? そんなとこで……」
──それが、
後の“飼い主”との最初の邂逅だった。