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潮の核域 -Few remaining seas-  作者: 梯子
兵器の逃亡
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【第47話】アビス・クレイドルと、最高の腕


海は黒く、波は怒りを宿したようにうねっていた。

塔の触腕が十数本、海面を割って立ち上がり、空を汚す影となる。

澪の視界は揺れ、足元の海が上下反転を繰り返す。

重力が前後左右から引っ張られるように歪み、機体の姿勢制御が悲鳴を上げた。

「っ……くそ、どっちが上よこれ……!」


澪の隣であいりゃのMAがしなやかに踏み込む。


放射干渉の軌道が海面に青いノイズを引き、触腕の一本を弾く。


「澪、次の波、四十五度左。下から来るよ」

「そんなの分かるわけ……って、嘘でしょ、また動き変えてきた!」

澪は叫びながら脚部スラスターを吹かすが、動きがかみ合わない。


あいりゃの予想は正確だ。

だが——それは“人間の常識”で処理できる速度ではない。


澪のMAはわずかに遅れ、触腕の風圧をまともに受けて海上でよろめいた。



「うわっ……!」

「澪、後退——」

「分かってるってば!!」


声だけは強気だが、動きは追いついていない。

あいりゃは単独で触腕を抑え込み、海洋体の進路を塞ぐ。

だが、澪との連携はほぼゼロだった。


「どうにかしなきゃ...!」

あいりゃが押した瞬間に澪が引く、

澪が撃とうとした瞬間にあいりゃが動き出す。

全てが噛み合わない。


海洋体はその隙を容赦なく突く。

視界がゆがみ、上下が入れ替わり、塔の影が横から迫ってくる。

重力の軸が一点に収束し、澪の呼吸が乱れた。


「くっ……なんでこんな……!」

「海洋が重力を混ぜてる。澪、落ち着いて」

「落ち着いてられるかっての!!」


叫びながらも必死に機体を操る澪。



だが海洋体の動きは一定ではなく、予測不能の波を打つ。

あいりゃが押し返している間だけ、

わずかに均衡が取れている——それだけだ。


「ちょっと!あんたは左につきなさいよ!」

「このまま直進してコアに撃ち込む!」


連携は崩壊。

海洋の支配領域の中で、二人の動きは完全に飲まれつつあった。

戦況は——誰が見ても、海洋のペースだった。




塔の触腕の動きが急に変わった。

海面が“逆さの渦”のように巻き上がり、

重力の向きが投げつけられるように切り替わる。


「っ、また来る! 澪、右に——」


警告を口にするより早く、塔の主眼がぎょろりと動く。

瞳孔が細くなり、あいりゃのMAを捉えた。

——その刹那、世界全体が沈黙した。

重力が一点に集中し、海が真横に“落ちた”。


「な……っ!?」


澪は耐えきれず体勢を崩し、

海面に叩きつけられた波がコクピットを揺らす。

次の瞬間、触腕が薙ぎ払われた。

澪のMAの横をかすめ、海水を真っ二つに切り裂く。

そこへ——あいりゃが飛び込んだ。


「……やめろ」


あいりゃの声は低く、氷のように冷たかった。

MAの掌がゆっくり触腕へ向き——

青白い光が収束する。



「放射干渉、最大……」

「待って! あいりゃ、それは——!!」


澪の叫びは、水と光の轟音に呑まれた。

あいりゃの一撃が大気を震わせ、

触腕の一角が“泡のように”蒸発する。


だがその放射は澪のMAにも干渉し、センサーの視界が一瞬真っ白に焼き付く。

——味方が敵になる。

澪は、その嫌な感覚を噛みしめながら操縦桿を握りしめた。



海洋体が悲鳴のような咆哮をあげ、

視界が一瞬だけ白く染まった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


城真「やったか!?」

司令室「MA-0に深刻なエラーを確認!期待が分離していきます!」

城真「凛!眼に近付け!」


モニターが何枚も並ぶ司令室。

その中心で、碧は腕を組んだまま固まっていた。

海洋体の重力波が画面をノイズで歪めるたび、

彼の眉はわずかに、しかし確実に動く。


「なんだよ…これ…」

小さく吐き捨てるような声。


誰に向けたものでもない。

海千留にそっくりな少女が、戦場に立っている。


——死なないでくれ。


誰にも聞こえないほどの低い声が、司令室の喧騒にかき消えた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


海洋体が悲鳴のような咆哮をあげ、視界が一瞬だけ白く染まった。


——だが。


反射的に揺れた触腕が、あいりゃのMAを直撃した。


「っ……!」


海洋体が生み出す“視界歪曲”がさらに強まり、敵の輪郭は千切れたフィルムのように分裂し、数十体に見える。

「偽像が…増えてる! 本体の位置がわからない!」


あいりゃは黙ったまま、まっすぐ“どれか”に突っ込んでいく。

その行動は勇敢ではなく、無謀だ。


「違う! そっちは影——!」

澪の叫びが終わる前に、

海洋体の重力波があいりゃのMAを弾いた。

装甲が大きく軋む。

水柱が上がり、空気が震えた。

あいりゃのMAが旋回不能に陥り、海面へ落下する。


「——あいりゃっ!!」



MAごと弾き飛ばされたあいりゃは、

海上の重力歪曲を突き抜け、

空へ——そして地上へ向かって落ちていった。

澪の手が震え、声にならない音が漏れる。


彼女が見た最後の光景は、

青白い光を散らしながら、

あいりゃの機体が音もなく雲間へ消える姿だった。


海洋の触腕が再び澪に向き直る。

海面が割れ、海洋体が一気に間合いを詰めてくる。

澪のMAは反応しきれず、海水を歪ませた重力渦に呑まれた。


「クッ…制御軸がズレる…!」


澪の声が通信に割れた。


海洋の眼が澪のコックピットを捉える。


「く……るな……っ!!」


孤立した澪のMAは限界ギリギリで踏ん張り、

それでも、海洋の重力の渦の中で押し潰されかけていた。

そのとき——


海面を切り裂く青い光が水平線を走った。

旧国家 MA-01。潮田 潤。


彼の機体が海面を滑るように横へ跳び、

振り下ろされる触腕を片手でいなした瞬間、

青いエネルギーブレードが《線》になって走る。


バキィッ。


触腕が根元から叩き折られ、海に沈む。


「……ボヤッとするな」

MA越しでも低く響く声。


「・・・わかってる!」


だが、澪にはその背中が“圧倒的”に見えた。

彼の機体が海面を滑るように移動し、

振り下ろされる触腕を一撃で叩き折る。


海洋体の主眼が潮田に向く。

潮田に照準を合わせる。

重力波が空気ごと歪ませながら迫るが、その瞬間には──


「遅ぇ」


青い斬光が二閃。三閃。

潮田の機体が弧を描いて駆け抜け、

塔のような触腕が次々と千切れ落ちていく。



「なっ……」


澪の息が漏れる。

コバルトの動きは、

澪とあいりゃの“泥沼の足掻き”が嘘のように滑らかで、

無駄という概念が存在しない。


「なんなの……」


澪は言葉を続けられない。


コバルトの動きは、澪とあいりゃの戦いが“泥沼”に見えるほど洗練されていた。


潮田は海洋体の懐に踏み込み、背面に回るまで一息。

重力波の揺らぎを読んだのか、ただの勘かすら分からない速度。

青い斬光が閃く。

海洋体の主眼を仕留めた。




司令室「アビス・クレイドル、沈黙しました」



刃が最後の触腕を斬り伏せながら、

潮田は淡々と言い放つ。


「お前ら、まだまだだな」


その背中は、圧倒的で、冷静で、

二人の戦いが“ごっこ”にしか見えないほど完璧だった。



その頃——

あいりゃのMAは地上の瓦礫に落下。

煙の中から、無傷の少女が歩み出る。

冷え切った目で海を見つめ、

再び、ゆっくりと戦場へ向かって歩き出した。



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