【第46話】海洋出現と、敵襲
海上。風が荒れ、波は黒くうねる。
塔の触腕が十数本、海面から立ち上がり、空にまで伸びている。
澪のMAは、海面の揺れと重力感覚の狂いに苦しみながらも、足場を確保するように踏ん張った。
「塔が……くる!」
「落ち着いて、澪! 塔の動き、読める!」
あいりゃの声が無線を通じて響く。
海洋の触腕が蠢き、空間ごと歪めてくる。
澪はMAの脚を微妙にずらし、軋む金属音を立てながら塔をかわす。
だが、触腕の一つが海面を叩きつけると、波が跳ね上がり、塩水が装甲を叩く。
「うっ……まだだ、まだ行ける!」
「私が抑える! 澪、コアを狙って」
あいりゃは海面に立つ触腕の一角に踏み込み、掌から微弱な放射干渉を放つ。
触腕が軋み、海面の波が周囲に広がる。
塔の動きが一瞬だけ止まったその隙を、澪が見逃さない。
腕部ミサイルが火を吹き、塔の基部を砕く。
塔はきしみながらも倒れはしない。だが、海洋体の中心、巨大な眼が光を放つ
——視線が澪とあいりゃを追う。
「……この眼だ。目を潰せば、動きは止まる」
「やってやるわよ!あいりゃは後方に付いて!」
二人の動きはシンクロする。
澪がMAを縦横に動かしながら眼を避け、あいりゃは触腕の軸を押さえ続ける。
海面を蹴る波しぶき、金属音、触腕が空気を切る音
——戦場の全てが五感に刺さる。
突然、触腕の一本が勢いよく横へ振られ、澪のMAのバランサーを直撃する。
「うわっ!」
MAが傾き、警報が赤く点滅。だがあいりゃは跳躍し、澪の肩を掴む。
二人の体が重なり、波を蹴って塔を押し返す。
「行くよ! 一気に!」
「了解!」
あいりゃの放射干渉と澪の武装が同時に炸裂し、触腕の一角が粉砕される。
海洋体が咆哮し、渦巻く波とともに揺れる。海面の光が赤と青に染まり、周囲の空間が歪む。
「まだだ、次が来る!」
「任せて、澪! 全力で守る!」
二人の動きは呼吸を合わせた踊りのよう。
塔を押さえるあいりゃの手と、眼を狙う澪の武器——互いの動きが互いを補完し、海洋体の攻撃を一瞬の隙に変える。
海上の戦場は、もはや人間の目には捉えきれない速度で移動する。
「……くっ、まだ止まらない……!」
二人は波と触腕と光を切り裂きながら、海洋体の中心へと接近する。
その瞬間、古びたMAが波間で軋み、継承コアの焼損が発生。
青白い火花と共に、死者の残響がノイズのように海面に拡散する。
「あいりゃの……機体が……」
視界の端で、かつて戦場を駆けたMAが音もなく溶解していく。
木の葉のように砕ける装甲、機械の悲鳴のようなノイズ、そして消えていく存在。
あいりゃの放射干渉が触腕だけでなく、MAの腕までも崩壊させてしまった。
「だ、大丈夫……なの……?」
あいりゃは答えず、淡々と崩壊し始めた自機に手を伸ばす。
「再リンク……開始」
青白い光が掌から放たれ、溶解しかけたMAの残骸と再接続。
金属と電子の融合がゆっくり進み、かろうじて機体が再び立ち上がる。
あいりゃは視線を海洋体へ戻す。
海洋体は触腕を再び振るうが、そのとき——空の水平線に深い青の光が閃いた。
旧国家MA-01《コバルト》。
潮田 潤が現れた。圧倒的な存在感と冷たい視線。
「……お前、無事か?」
澪の声も届かず、潮田のMAは波間を滑るように移動し、触腕の攻撃を正確に潰す。
巨大な眼が光を吸い込み、海洋はついに退却を余儀なくされる。
戦場の喧騒が少しだけ静まると、あいりゃは海上から降下し、地上へと降り立った。
冷たい光を反射させ、整然とあいりゃを見据える。
◆方向感覚の完全崩壊(戦場)
海上。アビスの脚部が突然、海へ“沈み込む”。
次の瞬間、海面が逆転して空へ広がり、塔の触腕が下からではなく横から迫る。
「なんなのよこれ!! 眼球が……どこにもない!」
「澪、目を閉じて。方向感覚を崩されてる」
「閉じたらもっと危ないでしょ!」
あいりゃは舌を噛むように集中した。
その時、海洋体の眼がぎょろりと動いた。
澪のMAをひとつの点として捉え、瞳孔が締まる。
——ソナーが、完全に沈黙する。
「やば……来るよ!」
塔の一本が、折れたビルの杭のように振り下ろされる。
澪の回避が“間に合わない”。
「あいりゃ!!」
「任せて!」
あいりゃは腕を伸ばし、衝突の瞬間に塔を“弾いた”。
が。
硬度が違いすぎた。
「……っ、重……!」
あいりゃの足元が滑り、海上の足場が歪む。
澪のMAが後退しながら警告を叫ぶ。
『左脚関節に負荷超過! バランス崩壊まで10秒!』
「持って!! あいりゃ!!」
「澪、後ろ! まだ来る!」
塔が三本、同時に海中から跳ね上がる。
巨大な眼が光を吸い込み、世界が暗くなる。
塔が三本、澪たちを串刺しにする勢いで迫る。
世界は暗く、音は歪み、上下左右の区別すら奪われている。
「澪、伏せて!!」
「伏せる方向が分かんないのよ!!」
触腕の塔が、空間そのものを裂くような軋みを上げて――
その瞬間。
世界の“黒”に、一本の青い光が走った。
音は遅れてやってきた。
金属を抉る乾いた破裂音。
巨大な眼球の表面に、深い青の焼痕が刻まれていた。
「……え?」
澪のMAがわずかに揺れ、重力方向が“戻る”。
嘘のように、海面が海面として見える。
「今の……狙撃?」
あいりゃはすぐに気づいた。
空間の外側、海上の水平線。
そこに“一体の青い影”が立っている。
旧国家のMA-01《コバルト》
——旧国家の切り札。
青い装甲は深海のように冷たく、光を吸うように静か。
塔の触腕の動きすら読み切っているように微動だにしない。
そして。
コクピットのハッチ越しに見える人影が、あいりゃをじっと見ていた。
その視線は、恐ろしく“冷静”だった。
◆潮田 潤、登場
通信が割り込む。
旧国家の識別コード。
こちらから発信していないのに、強制的に接続された。
『——応答しろ。新国家のパイロット』
声は若い。
けれど、どこか鉄の管を通したような響き。
澪が舌打ちする。
「旧国家!? なんでこのタイミングで……!」
だが潮田は澪の怒りなどまるで気にしていない様子で言葉を続けた。
『……あれを放置してるのは、お前か?』
「なんですって!?」
『いや——“お前らは”戦えていない』
塔の触腕が再び動き出す。
眼球の裂け目から黒光が漏れ、空間が再び揺らぎはじめる。
『目だ。
まず“眼”を落とさない限り、あの空間は終わらない』
「あんた、教える気なの? 敵なのに?」
『敵かどうかは、どうでもいい』
淡々。
乾いているのに、どこか底がない声。
その視線が、あいりゃへとゆっくり向く。
コクピット内の彼の瞳は、まるで深海の底に灯る光のように静かだった。
『……お前が、“兵器”か』
あいりゃの周囲を旋回し、潮田は続ける。
『MAを溶かす存在がいると、噂で聞いた。
触れられただけでコアが焼ける、と』
どこか興味深そうに。
『……なるほど。確かに“人間”には見えない』
「……あなた、敵でしょ」
『敵でいい』
潮田 潤は、あいりゃを“測るように”見つめた。
『敵でも味方でも構わない。
だが——俺の前に立つなら、倒してみせろ』
その瞬間、コバルトのライフルが再び青光を吐いた。
巨大な眼が焼かれ、海洋が咆哮を上げる。
海が割れたような衝撃が走る。
そして――本当の“開戦”が始まった。




