表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮の核域 -Few remaining seas-  作者: 梯子
兵器の逃亡
49/53

【第44話】MA搭乗と、失踪(過去回想)

薄暗い格納庫に、低い震動が満ちていた。


神崎「……また、あの音がする。」


壁面に埋め込まれた冷却管の光が青白く脈打ち、

その中心で一体の巨兵が、まるで眠りながら呼吸しているかのように揺れている。


神崎は、静かにその前に立っていた。

金属が震える音ではない。

機械音でもない。もっと、生物に近い。

——鼓動だ。

——MAの“鼓動”は、一度聞いたら忘れられない。



「あれから、どれだけ経ったんだろうな……

茂さん。やっとここまで来ましたよ」


巨兵が微かに弾んだ瞬間、

その振動が神崎の胸骨にまで染み込んでくる。

そして——記憶の扉が静かに開く。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


■新国家・旧国家が、まだ一つだった時代


その頃の世界は、かろうじて“ひとつ”だった。

旧国家も新国家も、まだ同じテーブルで未来を語っていた。




◆開発区画

その頃、MA試作機の前には梯子茂が立っていた。

白衣の袖をまくり上げ、モニタの情報を追い続ける彼の目は真剣そのものだ。


茂「脳波同期……成功!成功です!

しかし……負荷が高すぎます!このままでは——」

神崎が横から覗き込む。


「茂さん、最低限ったって限度がある。

これじゃ……乗った人間が壊れる。」


「もう少し、コックピットの作りを変えてみよう」

その瞬間、試作機全体が低くうなった。

床が震え、空気が微かに脹れたように感じる。


「こいつ、呼吸してるみたいだ。」

神崎は試作機を見上げながら、静かに答えた。


茂は神崎を横目で見て、微笑んだ。

彼の微笑みは、父親のそれに近い。


「この地球に存在するものには全て、命が宿っている」


神崎「全てのもの?」

茂「あぁ …当然だ。

科学は人類が神に与えられた命の行方に干渉できる唯一の手段だよ」


茂「MAは怖いか?」


神崎

「正直に言えば……少し。」


「はは。怖がれるのはいいことだよ、神崎。

恐怖を忘れた科学者は、すぐに人を壊してしまう」


神崎はその言葉に少し肩の力が抜けた。


神崎「茂さんは……怖くないのか?」

茂「怖いわけがあるもんか。MAは我が子のようなものだ」

神崎「MAは機械じゃん」

茂「そうだな。でもな、物にも命は宿るんだ」


茂は椅子に浅く座り、神崎に頭を下げるように覗き込んだ。


茂「ほら、また眉間に皺。そんな顔してたら、すぐ歳を取るぞ?」

神崎「……俺、そんなに怖い顔してるか?」



茂「してるな。特にデータが難解なときは“ちょっと泣き出しそう”な顔だ。」

神崎「泣き出しそうって……子供扱いですか。」

茂「お前さんは子供だよ」

神崎「子供じゃない」


と、そのとき。

試作機が再びうなりを上げた。

振動はさっきよりも強く、制御パネルの警告灯が一斉に点滅する。

警告音

《生体インターフェース領域、負荷上昇——!》


茂「……またか!」

茂が制御盤に駆け寄る。

神崎も走り寄り、隣に並んだ。


神崎「茂さん、俺もやる!調整値はどこだ!」

茂(即答)「右側のサブパネル!君の方が指が速い!」


二人の指が走り、数値が一気に安定に向かう。

警告灯が一つずつ消えていき、最後に振動が止む。

ほっとした茂が、神崎の肩に手を置いた。


茂「ありがとう、神崎。

……やっぱり、君がいてくれて良かった。」



その言葉が神崎の胸を貫いた。

孤児だった少年にはあまりに重く、そして温かすぎる言葉だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

会議室には、連合の主要メンバーが集結。

壁一面に並ぶホログラムには海洋圏の拡大予測。

浸食率は上昇し続け、赤く点滅する数字が世界の死期を刻んでいた。

沈黙を裂いたのは、一人の男の声だった。



郷田(新国家)

「新たに設計するMAは脳をインターフェースにする」

旧国家の士官たちは眉をひそめる。


「“人類を守るもの”には、“人類の能力”すべてを注ぎ込むべきだろう?」


旧国家司令

「その結果、パイロットは人格を摩耗し廃人になる。

そんなものを兵器と呼ぶな。

それは“虐殺器官”だ!」


郷田は冷静に返す。


「これも人類のためだ。

 また海洋はくる。

 我々はどんな手を使っても核域に辿り着く」


「人類が“人間のまま”ではいられなくなる!」

旧国家側がざわつく。


旧国家司令

「言っていることが分かっているのか。

人の脳を兵器に繋ぐなど——狂気だ!」


郷田

「狂気で世界が救えるなら、それでいい。海洋は必ずまた来る。

生き残れなければ、待っているのは死だ。」


室内の空気が、重く沈む。


旧国家司令

「人類はどんな手を使っても、必ず“残された海”に辿り着く。

 だが……その道を“犠牲”で舗装する気はない」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◆茂の失踪前夜の会話

開発区画。

MA試作機の警告灯だけが、赤い呼吸のように点滅していた。

夜勤でもないのに、神崎は無意識に研究区画へ足を運んでいた。

胸騒ぎがして眠れなかった。

そこで——茂がいた。


防護服も着ず、機体の胸部パネルを開いたまま、ひたすらデータを見つめている。


神崎「……こんな時間に何してるんですか」


茂「神崎君こそ。

 君はもっと寝たほうがいい。若いんだから」


冗談めかした声。

だがその目はひどく沈んでいた。

神崎は近寄り、茂の顔をのぞき込む。


茂「……やはり、この機体は“人間”に負荷をかけすぎる」

神崎はその横で、白い息を吐きながら茂をじっと見ていた。


試作機の低いうなりは、まるで巨大な心臓が鼓動を始めたかのようだった。

茂は震える床を踏みしめながら、安定化装置のパラメータを調整する。


神崎「どうしてそこまで続ける?

こういう研究は嫌がると思ってた」

茂は一瞬だけ手を止め、珍しく静かに笑った。


茂「“誰かが代わりに背負わないといけない仕事”があるんだよ」


神崎「……代わりに?」


茂は、試作機の装甲にそっと手を置く。

その仕草は、まるで子どもの頭を撫でるみたいに優しかった。


茂「この世界は、誰かが“最悪”に備えておかないといけない。

 私は兵器を作りたいんじゃない。

 家族を守れる“武器”を作りたいんだ」


少しの沈黙。

試作機の冷たい金属と、二人の温度の差がくっきりと浮かぶ。


茂「これは人類が未来を選べるようにするための力だ。

 MAは……そのための壁になれる」


神崎「でも……茂さん」


茂「兵器を“最後の手段”にできるように設計すればいい。

 殺すんじゃなくて、止めるために使うんだ」


神崎

「……茂さん。この機体、好きなんですか?」


茂「好きだよ。

私にとっては……子どもの成長を見守る親みたいなものだ。

それが科学者としての性だ」


神崎「俺も好きですよ。

でも、旧国家はMAを“脅威”と見ている。

いつか壊されてしまうかもしれない」


茂「あぁ…MAを“人殺しの道具”にしたがっている連中もいてな。

設計思想ごと奪いにくるかもしれん。

そうなった時は、後を頼む」


神崎

「後を頼むって、あなたがいなくなったらこの研究所はどうなるんですか。

あなた一人で背負うのは——」


「君がいるじゃないか」


茂「君は、この子を“ただの兵器”として見ていない。

 私がそう願ったように……

 君は“存在そのもの”としてこの子と向き合っている」


神崎「俺は、まだ子供で」


茂「どんなに時間がかかってもいい。

もし私に何かあったら……

この研究を続けてくれ」


神崎

「茂さん……何を言って——」


「神崎君。君が思っているより、事態は進んでいる。

これは私の責任なんだ」


そして後に——茂は失踪。

警報音は鳴っていなかった。

侵入記録も、争った形跡も、破壊も何もない。

ただ——茂だけがいない。

神崎はポケットに手を突っ込み、冷たい空気の中を歩きながら、昨日と同じ試作機の胸部パネルを開く。

部屋には、もう茂の息遣いも、工具の音もなかった。



神崎は試作機の巨大な腕を見上げる。


神崎「……茂さん」


返事はない。

その静寂が、世界が終わった証拠みたいだった。



神崎

「なんで……いなくなるんですか」

茂の残したパソコンを開く。

ログには——茂が最後にアクセスした記録がひとつ残っているだけ。


証拠も理由も残されていない失踪だった。


そして代わりに残されたのは——

茂が守ろうとしていたMA試作機だけ。


パソコンの一番奥のフォルダ。

普段、茂が触らない領域に、一つだけ不自然なファイルがあった。

 「ma_seed.log」


開いてみると、中は数字とアルファベットの羅列。

意味のないデータに見える。

だが神崎は、ある既視感に気づく。


「……これ、茂さんの……“癖”だ」


茂はよく、重要データを“数列の中に埋め込む”癖があった。

数学的ではなく、もっと個人的な——趣味とも言える習慣。

そしてその中にひとつだけ、人間の言葉が埋め込まれていた。



【seed-37】 → “RESONANCE”

神崎

「……レゾナンス?」

共鳴。

同期。

つながり。

ただの単語。

だが単語の隣には、さらに不可解な追記があった。


 “鍵は『二つの脳』。

 片方が欠ければ、装置は暴走する。”


神崎

「二つの、脳……?」

MAは単一パイロット制のはずだ。

そんな仕様、聞いたことがない。


メモは続く。

 神崎君へ。

 “私は片方の脳を隠した。

 見つかれば、この戦争は“現実”になる。

 ——君なら、この意味が分かる日が必ず来る。”


神崎

「茂さん……これって……」

読むほどに胸が締め付けられる。

茂は“逃げた”んじゃない。

“隠れた”んでもない。


——世界からMAを守るために、自分を「消した」。


そして託された「二つの脳」の鍵。

その片方はどこかに消え、残された片方は——


神崎の目が、ゆっくりと試作機へと向く。



“二つの脳”の片方って……まさか……



神崎「勘弁してくださいよ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

MA計画は、当初は“生体負荷ゼロの次世代兵器”という建前があった。

だが、試作機の挙動が安定するにつれ、新国家は次の段階へ踏み込んだ。

“搭乗者の脳と血液を介した、直接制御方式”

その会議の日、空気はいつもより重く、軍服の布擦れすら耳に刺さった。



神崎(初めて胎動を見た時)


「……これは本当に、人が乗るものなのか……?」

装甲の継ぎ目が呼吸し、

内部で何かが動くたび、まるで赤子の胎動のような柔らかい振動が走る。


神崎「美しい……

恐ろしいほどにな。」

画面上の生体反応を見た茂が呟いた。


研究員

「神崎さん……MAは“兵器”じゃない。

これはもう……“生き物”ですよ。」


神崎は目を離せない。


神崎 「人類は、これで——勝てるのか?」

その問いを聞いた郷田が、後ろから歩み寄る。


郷田

「勝てるのかを問うな。

我々は勝つ。勝って、核域に辿り着く」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


長机の片側には新国家の研究陣。

もう片側には旧国家の軍幹部と技術者たち。

モニターには MA試作機の「脳—機体同期映像」が映し出されていた。

生体データの赤い波形が不規則に跳ね、パイロット候補者の悲鳴がマイク越しに漏れる。


郷田(新国家)

「——ご覧の通りだ。

このレベルの応答性がなければ、次の“海洋侵食”には耐えられない。」



旧国家代表

「MA兵器は平和の影だ。

その影に飲まれるのはパイロットだろう。」

郷田は淡々と答える。


郷田(新国家)「君たちの言っている抑止力で、海洋を倒せるのかね?

必要なのは“使う意志”だ。」


旧国家側がざわつく。

旧国家軍幹部

「脳を……直結したと言ったな。

正気か? パイロットを焼き潰す気か。」


郷田

「“人類を守る兵器”に、人類のすべてを注ぎ込む。

どこに間違いがある」


旧国家技術官

「間違いそのものだ!

我々は“人間が乗れる兵器”を作るのであって、

“兵器に人間を喰わせる”つもりはない!!」


机を叩く音。


郷田「それが人道的な倫理のつもりか?

勝てなければ何になる?」


旧国家司令

「兵器は使わずに勝てばいい。

人としての形を保てない兵器など……人類は敗北したも同然だ。」

その言葉は、部屋の空気を一気に冷やした。


郷田「それが進化だ。

これが人類の限界だというなら、人類が辿る道は絶滅だ」


旧国家司令

「お前にはパイロットの悲鳴が聞こえていないのか!?」



旧国家司令が郷田の胸ぐらを掴む。


郷田

「“海洋”は止まらない。

あの侵食速度を見ただろう。

生き残るのは“最も先に進化した者”だけだ。」



——兵器の進化は、人類の進化だ。

犠牲? 当然だろう。



「我々はどんな手を使っても、残された海に辿り着く」




その日——

旧国家と新国家の間に走った“最初のひび”は、

もう誰にも見えないほど深く刻まれた。


郷田

「搭乗者を選べ。MAの脳は、彼らの脳で完成する。

 犠牲は避けられない。だが、それこそが進化だ。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


◆旧国家の決断:拒否

最終的に、旧国家側は明確に宣言した。


旧国家司令

「我々はこの設計を拒否する。

“進化の名を借りた殺戮”に与することはない。」


新国家と旧国家の間には目に見えない裂け目が刻まれている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


◆神崎の内心

議論が激化する中、彼だけが別のものを見ていた。

モニタに映る MA の内部コア。

ゆっくり、規則的に灯る赤い光。


「……また、あの音がする。」

「MAの胎動は、美しい。だが……人を壊す。」

旧国家の言い分は分かる。

茂もきっと同じことを言うだろう。


だが——


「正しい。

……だが、それでは勝てない。」


彼の胸の奥で、人類の未来が、ぐちゃぐちゃに絡まっていく。



実験区画。赤い光がMAのコアを脈動させる。

医療班がモニタを睨みつけ、声を震わせる。

医療班

「また、パイロットの脳領域が……こんな速度、ありえない!」

「記憶の崩壊が進行しています!退避を!」

神崎はその光景に震撼しながらも、

MAが叩き出す数値に、むしろ陶酔していた。


神崎

「……強い。

兵器は、こうあるべきだろう。」


旧国家パイロット

「これ以上、俺たちの脳を……使わせるな……!」


だが神崎は冷静に、その絶望の波に目を凝らす。

人を壊すことで、兵器は完成する——その法則を理解し、心の奥底で同意していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


旧国家側は独立を宣言。


「遺伝子改変兵器を使えば、人類そのものを壊す!

遺伝子改変兵器を使わずに勝つ——そのためにMAを作ったのだ」


新国家側は応じる。

新国家代表

「遺伝子改変兵器を制御すればいい。

どんな手を使っても海洋を倒さなければ未来がない。

勝つために使う——勝利こそが正義を証明する」


議論は決裂する。

もはや妥協は存在しなかった。


新国家首席

「MAを使うか、使われるかだ。

我々は“人類”を守る。

君たちが守ろうとしているのは“個人”だ」


神崎はその場に立ちながら、静かに心の声を漏らす。

「あぁ……もう戻れないんだな、俺たちは。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【現在】

神崎は静かに格納庫の奥へと足を運ぶ。

冷却装置の低い唸りが、かつてMAの胎動に似て耳をつく。


——あの狂気と理性の間で揺れた日々は、すべて記憶の底に沈み、今は現実の世界だけがそこにある。

MA-0はそこに立っていた。無表情の機体が、光を受けて金属の肌を滑らかに反射する。

神崎の視線は、自然にその胸部コアの赤い脈動に吸い寄せられる。


神崎(独白)

「お前を選んだことは、人類の罪か?」


彼は静かに手を伸ばし、MA-0の外殻を撫でる。

金属は冷たいが、彼の胸の鼓動を増幅させるように振動した。

神崎の目の奥に、過去の記憶がちらつく。

茂の失踪、旧国家との論争、新国家の思惑——

すべてがこの瞬間、この目の前の巨兵に収束している。


神崎

「お前は俺たちにとって“進化の手段”だ」


神崎はコックピットに座るわけでもなく、ただMA-0の前に立つ。

光と金属、冷気と振動が、彼の感覚を満たしていく。


「進化か滅びか……人類は試されている。

……MA-0。お前はどちらを選ぶ?」


神崎の視線は、迷いも恐れもなく、ただひたすら美しい兵器を見つめていた。

それは、人類の罪と夢が交錯した究極の存在——

静かで確かな未来の感触だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ