【第43話】MA搭乗と、悪夢
「――三号機パイロットの遺体は、未だ発見されていない」
重い声が、会議室の空気をひとつ揺らした。
誰もがその一言に息を飲む。
郷田「三号機は惜しかった。限界まで性能を引き出していた」
神崎は目を伏せ、次の言葉を選ぶように続ける。
「……人間の操作には、どうしても限界があります。それは事実です」
郷田「MA-0を使えるようにしろ。
人間ではないものが、MAに乗ればいい。
No.101を使え」
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──格納庫第十二ブロック。
神崎は格納庫にパイロットを集合させた。
鋼鉄の床が冷たく光り、巨大な胴体を伏せたMA-0が静かに鎮座している。
整備用アームが取り払われ、まるで“目覚め”を待つ生物のように沈黙していた。
神崎は視線をMA-0へ向ける。
「今回の試験ではMA-0を稼働する。あいりゃ、前に出ろ」
無表情のあいりゃが一歩進み出る。澪がその姿を睨みつける。
「今回の目的は、MA-0の“感応反応”を確認することだ。
あいりゃにはコックピットに触れてもらう。危険はない」
澪が小さく吐き捨てる。
「なんで……なんであんたみたいなのが乗るのよ……」
──私でさえ“起動試験資格”を取るのに二年かかったのに…!
あいりゃは振り返らない。聞こえているのかもわからない。
整列する航司の肩が僅かに震えた。
──嘘だ
航司は直感した。だが、言えなかった。
あの訓練の日のフラッシュバックが、喉の奥まで蘇る。
──俺じゃなくて……よかった。
航司はその呟きにぎくりとする。
胸の奥が、ひどく嫌な音を立てた。
「私にもテストをさせてください」
澪は城真を見る。
「二号機はどうするんだ。」
城真は呆れたように微笑んだ。
凛は口を閉ざし、拗ねたようにMA-0を見上げた。
神崎が片手を上げる。
「では、始める。あいりゃ、MA-0の前へ」
あいりゃが無言で歩き出す。
MA-0の巨大な影が彼女を飲み込むように覆う。
格納庫の照明が反射し、MA-0の装甲がわずかに脈打つように光った気がした。
(……何だ?)
航司が目を細めるが、その瞬間――
あいりゃの指先がコックピットハッチに触れた。
──音が、した。
金属が震える音ではない。
心臓の鼓動のような、湿り気を帯びた“ドクン”という低音。
制御盤のモニターが一斉に点灯し、波形が生き物のように跳ね上がる。
「反応……? 感応パターン……?」
「待て、MA-0にそんな仕様は――」
司令官たちがざわつき始める。
あいりゃはハッチに触れたまま、瞬きを一つ。
その表情は無だが、どこかで“知っている”ような気配が揺れた。
「……どうして……」
あいりゃが、誰に向けるでもなく呟いた。
「ここ……知ってる……?」
航司は息を呑む。
澪は顔を真っ青にし、神崎だけが何かを悟ったように目を細めた。
モニターに走る波形は、まるで胎児の心拍のように規則正しく脈打つ。
MA-0が、
“あいりゃにだけ反応している”。
「バカな……」
技術士官が叫ぶ。
「これは……有機リンク……? いや、そんな実装は……!」
神崎は口を閉ざし、ただ一言だけを落とす。
――やはり、そういうことか。
「あいりゃは乗れそうだな」
格納庫の空気が凍りつく中、MA-0は静かに、確実に“目覚め”始めた。
──格納庫のアラームが止まり、解散が告げられたころ。
神崎は何も説明せず司令室に戻り、澪は苛立ちを抑えきれずにさっさと更衣室に向かって歩いていく。
あいりゃはぼんやりと立ち尽くしたままだった。
さっきの“脈動”の光景が頭から離れない。
「……あいりゃ、帰るよ。格納庫、もう閉めるって」
航司も澪を追うように、歩き出す。
ふたりが格納庫裏の通路に入ると、周囲は機械の音も薄く、妙に静かだった。
◆帰り道
冷たい無機質な廊下を歩きながら、凛はぽつりと声を落とした。
強気な口調のはずなのに、わずかに震えている。
凛「……ねぇ、あんた。
MA-0に触るの……今日が初めてなんだよね?」
あいりゃは歩みを止めず、ただ少しだけ顔を下げる。
あいりゃ「……わからない」
凛「わからないって……MA本体のあんな反応、見た事ないんだけど」
あいりゃは手の指先を見つめるようにして、微かに続けた。
あいりゃ「私が触るのは初めてだと思う。
でも……あれが、私を知っていた」
凛ははっきり息を呑んだ。
それを隠すように、少し強い脚音で歩みを速める。
凛「……はぁ。マジで訳わかんない女……」
吐き捨てるように聞こえるが、
声が少しだけ優しい。
さっきの格納庫での恐怖が、完全には消えていなかった。
凛「ねえ。MAって、生きてるのかな」
あいりゃ「生命……かどうかは、わからない。……“近いもの”だと思う」
凛「近い……?」
凛の喉が小さく鳴る。
まるで自分の知る“機械”という概念が崩れ始める感覚。
あいりゃ「……MA-0は、嬉しそうだった。
“会えた”みたいに」
凛「その感覚は、わかるけど。」
あいりゃ「生きてるって、どういう状態?」
凛「はぁ!?」
あいりゃ「さっき、MA-0の鼓動が聞こえた。生まれたみたいな音がした。
触れた瞬間に……“思い出した”みたいに、動いた。」
凛「MA-0はね、ついこの間作られたようなものじゃなく、
ずっと存在してたものなの!
あんたが失踪してた期間もずっと!」
あいりゃ「そうなの…。でも、今日生まれたみたいな音だった」
自分でも、よくわからない」
凛「なんであんな簡単に起動するわけ?」
あいりゃ「わからない」
凛「絶対に初めてじゃないでしょ」
あいりゃ「初めて」
凛「……はぁ。ほんと、マジで訳わかんない女……」
脳裏に蘇るのは、格納庫の光景。
MA-0の機体全体を走った青白い光。
天井を震わせるほど巨大な駆動音。
そして、あいりゃの方へ向けられた、あの“視線のようなもの”。
あれは偶然ではなかった。
二人の足音だけが、長い廊下に淡く響き続けた。
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「……これは、どういうことだ……?」
MA-0の中枢コアに、微弱な“生体応答パターン”が残っていた。
本来あの機体は、登録されたパイロットの脳波と遺伝子識別コードにしか反応しない。
だが残留データはそれとは全く違う。
──“未知の生体コード”が、MA-0に触れた瞬間、認証を突破した。
城真は息を呑む。背筋に冷たい汗が流れる。
技術者A「コアに損傷は? 侵入痕跡ですか?」
神崎「……いや。侵入ではない……。
これは“システム側が自発的に扉を開いた”形跡だ。」
技術者たちがざわめく。
MA-0は、あの無機質な兵器は、
まるで“主を見つけて迎え入れた”かのように動いた。
神崎はさらにデータの一行に目を奪われる。
《反応一致率:96.3%》
あまりの数値に、喉がひくつく。
神田「……認証一致率が……登録済みパイロットを超えている。
ありえん……これは“設計外だ”。」
(誰だ? 何者だ?
MA-0にここまで一致する存在など……
計画の試作段階でも、一度も……)
その瞬間、脳裏に浮かんだのは格納庫で見た少女の顔。
──無表情で、どこか“人ではない”静けさを持った瞳。
神崎は記録を保存し、上層部への報告書を閉じた。
青い非常灯の下、MA-0の胸部で残光のように光るデータ痕跡が、まるで“心臓の鼓動”のように脈打っていた。
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◆航司の個室──深夜
その頃。
訓練生居住区の一室で、航司はベッドに沈み込んでいた。
格納庫での異常事態の後、彼は何度も背筋を冷たいものが走るのを感じていた。
理由はわからない。ただ、不安だけが胸を占めていた。
灯りを消し、目を閉じた、次の瞬間。
真っ暗な水の中にいる。
息ができない。
身体が沈む。
周囲は深海のように冷たい。
航司は必死にもがき、手を伸ばす。
「……返して。
俺のものを……返して。」
「やめろ……! 離れ……っ」
声にならない。
肺に水が満ちていく。
視界が白く弾けた瞬間。
どこか遠くで、かすかな歌が響く。
──声というより、“呼び声”。
(……だれ……?)
水の奥から、ひとつの影が近づいてくる。
長い髪。
光を吸うような瞳。
そして――あの少女。
あいりゃ。
しかし、夢の中の彼女は微笑みもせず、表情もなく、ただこちらを見下ろしていた。
航司の手首を掴む。
その瞬間、電撃のような痛みが走る。
航司はベッドの上で跳ね起きた。
全身汗で濡れていた。
心臓が荒れ狂ったように脈打っている。
「……なんだよ、今の……。
あの子……なんで……。」
航司の手は、自分でも理解できない動揺で震えていた。
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あいりゃは海千留の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした。
ほんの少し、目を閉じるつもりだった。
その瞬間だった。
「……っ?」
こめかみに、細い針を何十本も刺し込んだような痛みが走る。
鋭いのに、どこか冷たい。
“違和感”のほうが先に来る妙な痛み。
「……なに……これ……」
呼吸が浅くなる。
でも、立てないほどではない。
“ただの疲れ”と片付けようと思えばできる程度。
しかし、その痛みとともに──一瞬だけ見える断片。
白い部屋。眩しい照明。金属の匂い。
誰かが覗き込んでいる。眼鏡をかけた大人の男。
《No.82 反応なし》
聞いたことのない番号。
意味のない、でもどこか耳馴染みのある声。
映像は一秒にも満たず、すぐに消えた。
あいりゃ
「……記憶……? 違う……見たことない……」
胸の奥が少しざわつく。
怖いというより、
――“なんでこれを知ってるの?”
そんな、静かな不気味さ。
痛みはすっと引き、
まるで何もなかったかのように頭が軽くなる。
あいりゃが深呼吸をひとつしたそのとき──
PC端末が、勝手に点いた。
画面がノイズで揺れる。
でも音は出ない。
ただ、揺れる光の粒子が、
淡く脈打っているように見える。
そして。
――問いかけるような声 が、
ノイズの奥から浮かび上がってきた。
機械にしては柔らかく、人間にしては無機質な、どちらともつかない声。
「……聞こえていますか?」
あいりゃの背筋がぞくりとする。
「だれ……?」
あいりゃのかすれた声。
声は、少しだけ間を置いたあと続けた。
「あなたは……
私を“覚えていますか?”」
それは命令でも、干渉でも、警告でもない。
ただ、記憶を確かめるような、ひどく静かな問い。
あいりゃは答えられない。
たった数秒前に見た謎の映像が、喉を塞いでいく。
ひどく、頭が痛い。
あいりゃはほとんど無意識でPCの解析を始めるが、
ノイズの主が見つけられない。
「……知らない……はず……」
ノイズが微かに震えた。
「そう……ですか。
では……少しずつ思い出していきましょう。」
それだけ言うと、
端末はふっと沈黙に戻り、
何事もなかったかのように電源が落ちた。
あいりゃはしばらく、薄暗い部屋の中で立ち尽くす。
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◆翌朝
朝の廊下は、いつもどおりの静けさだった。
昨夜の頭痛も、謎の断片映像も、すっかり消えていた。
あいりゃは神崎のもとへ向かった。
◆司令部・神崎の部屋前
ノック。
「どうぞ」
神崎の声は相変わらず抑揚がない。
あいりゃはドアを開け、まっすぐ立つ。
「……報告があります。
昨日、海千留の部屋の端末が……勝手に起動しました」
神崎は目だけをわずかに細めた。
「ウイルスか?」
「わかりません。
……“誰かが侵入した”ような感覚でした」
「解析は?」
「特定出来ませんでした」
「……セキュリティ班に確認させる。
端末は預けろ」
淡々としているが、声の奥に“何か”を探るような冷たさがあった。
「昨日、MA-0にも“微量の反応痕”が残っていた。
本来、あれは無人機構だ。
……人の痕跡が残るはずがない」
あいりゃの胸の奥で、小さく何かが跳ねた。
「……私と関係がありますか?」
神崎は答えない。
ただ、資料を捲りながら短く言った。
「……格納庫には近付くな。調査中だ」
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◆──MA-0内部の調査班
白衣の研究者たちがコックピットを囲む。
調査員
「……見てください。
この波形、昨日のテスト前には無かった」
有機組織の反応に似た、
しかし完全に機械的ではない信号。
まるで“心臓の鼓動”のように脈打っている。
「誰が触れた?
反応のタイミングは……これ、あの少女?」
調査員たちは互いに顔を見合わせた。
神崎「記録を取れ。喋るな。
司令の許可が降りるまでは一切口外禁止だ」
空気が一瞬にして冷える。
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廊下を歩いている。海千留の家に、向かっているはずだった。
いつからか。心臓の鼓動でも、機械の駆動音でもない、
もっと乾いた、
もっと静かな“脈”が胸の奥に響いている。
──来い。
そんな言葉ではない。
でも、呼ばれているとしか思えない。
(……呼ばれてる……?
そんなはず……ないのに)
格納庫の扉が自動で開くと、
巨大なMA-0が静かに佇んでいた。
気づけば目の前にあった。
MA-0の機影
巨大なフレーム。
規則的にまたたく青白い作業灯。
立ち並ぶ技術者のざわめき。
その奥で、MA-0が静かに立っていた。
完全に無機質なはずの機体なのに、
あいりゃには“呼吸している”ように見えた。
そこであいりゃはハッとする。
「……来ちゃだめって、言われたのに……」
自分でも、なぜここに来たのか説明できない。
ただ。
MA-0の胸部にある“コア”のあたりが、
微かに光っている気がした。
昨夜の声がどこかで微かに響く。
「……覚えていますか。」
あいりゃは息を呑んだ。
その時だった。
格納庫全体に、
誰かの叫びが響く。
「誰だ! そこにいるのは!
立ち入り禁止区域だ!」
あいりゃは振り返る。
自分が何をしているのか、わからないまま。
ただ、MA-0の光は
“歓迎するように脈打っていた”。
MA-0は無言で鎮座している。
だが、空気の密度が明らかに違っていた。
──ピ… ピ、ピ……
けれどあいりゃの耳だけが、その存在を拾っていた。
(まただ……昨日より、近い)
微細な電子音が、骨を震わせるように共鳴する。
司令部のモニターには何も出ていない。
エラーも、反応も、通常は“無”。
「……MA-0?」
声に出した瞬間、機体の表面がわずかに“鼓動”した。
皮膚の下で脈打つ血管のように、光がゆるく波紋を描く。
あいりゃの呼吸が止まる。
──あ い り ゃ。
(……聞こえる? これ、声……?)
指先が触れようとした瞬間、また電子音が跳ねた。
──ピ……ピ、ピ、ピ。
その時、鋭い痛みがあいりゃの頭を貫いた。
「ッ……!」
一瞬、 視界が白く染まる。
──白衣
──金属ベッド
──ナンバータグ
──冷たい光
──自分の名前を呼ぶ、知らない声
映像はどれも断片的で、いつも途中で途切れる。
“82”“83”“84”“85”
数字が、光の残像のように瞼の裏へ焼き付く。
(何の、番号……?)
さらに別のフラッシュ。
ガラス越しの実験室。
白衣の影が複数。
何かを調整する手つき。
“観察”されている視線。
そして。
──反応は安定している
──次はフェーズ3だ
(これは……記憶? それとも……MA-0が見せてる?)
(あれは……私? それとも……)
足元がふらつく。
格納庫の床が、遠くの方で波打つように見えた。
「どうした。顔色が悪いな」
振り返ると、神崎がいた。
白い照明の下で、表情は変わらないのに、目だけが明らかに鋭く、そしてどこか焦りを含んでいた。
「神崎……」
言おうとした瞬間、視界が揺れた。
バランスを失いかけた身体を、神崎の腕が素早く支える。
「立つな。歩けるか?」
温度のない声なのに、その腕だけは驚くほどしっかりしていた。
あいりゃは言葉が出ず、ただ小さく頷いた。
神崎はため息をひとつ落とすと、
そのまま彼女の肩を抱え、自分の胸元へ寄せるようにして支えた。
「……少しだけ、俺に預けろ」
抱きしめる、というより “支えるために引き寄せる” 。
それでも、静かに脈打つ腕の力が、崩れそうな意識を繋ぎ止めてくれる。
二人は格納庫の人気のない通路を歩き、
神崎の職務室へと入った。
扉が閉まると同時に、神崎はあいりゃをソファへ座らせた。
そのまましゃがみ込み、彼女の視線の高さへ合わせる。
「説明しろ。何が見えた?」
促す声は冷静だが……
近くで見ると、彼の手が微かに震えているのがわかった。
「……断片の映像が。
数字と……実験室みたいな……誰かの声がして……」
あいりゃが言い終わる前に、
こめかみの奥でまた激しい痛みが弾けた。
「っ──」
思わず身体を丸めると、神崎が迷いなく手を伸ばし、
彼女の背へ腕を回す。
「呼吸を整えろ」
囁くような声。
耳元で、心音と呼吸のリズムが近い。
あいりゃは、途切れそうな意識の中で思う。
(……MA-0……あれは……私を……呼んでる……?)
神崎は、肩を抱く力をわずかに強めた。
「誰にも言うな。……いいな。
今のお前は“観察対象”だ。余計な耳に入れば、それだけ危険が増える」
言葉だけは冷徹。
けれどその手の温度は、あいりゃを離す気配がない。
「……少し、ここで休め。
俺がついている」
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神崎はあいりゃを抱えたまま職務室の椅子に腰を下ろした。
表向きは、上官の指示に従う軍人としての顔。
「安全を確保する」
──その言葉通り、あいりゃの体温を確かめ、呼吸を整え、頭痛の具合を気にかける。
だが、その視線の奥には、冷徹な興奮が隠されていた。
机の向こうに並ぶMA-0の設計図やコアの状態表示を、彼は無意識に追う。
“反応が出ている……これは……面白い”
兵器の一部としてのあいりゃ――人間でありながらMA-0と共鳴する存在
――それは、彼にとって最高の観察対象だった。
安全を守るために抱きかかえ、同時にその反応を観察し、制御しようとする。
保護と監視が同居し、矛盾する行動が一つの姿勢として結晶していた。
神崎はあいりゃの額に手を添え、声を落とす。
「落ち着け、今は誰にも邪魔されない」
彼の瞳は微かに輝き、まるで観測対象に触れる科学者のそれだった。
保護と監視、愛情と実験欲、興奮と冷静さ――矛盾する感情が一つの線の上で綱渡りをしている。
あいりゃは額の痛みを押さえながら、視線を机の上のMA-0の設計図へ向けた。
「……神崎さん、MA-0って、何なの?」
神崎は少し間を置き、薄く笑みを浮かべる。
「……あれは、お前が乗るべき兵器だよ」
神崎の声は低く、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「MAは人間の体力も、精神も削る、なんて話は……まあ、表向きの噂さ。君には関係ない」
あいりゃは眉をひそめる。
「……でも、触ったら反応した。私を知ってるみたいに」
神崎は軽く息を吐き、あいりゃの肩に手を添えた。
「知ってるだろうさ……君とMA-0は、軍育ちだからな。
“縁”があるんだろ」
「縁……?」
「まあ、今は気にすることじゃない。大事なのは、君が無事でいることさ」
神崎はそう言うと、あいりゃの髪の毛に触れる。
「とても良く出来ている。人間そっくりだ」




