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潮の核域 -Few remaining seas-  作者: 梯子
兵器の逃亡
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【第42話】MA搭乗と、再会

 夕暮れの街路灯がぽつぽつと灯りはじめた頃、碧はスーパーの袋を抱えて歩いていた。

 今日の空気はどこか重い。数時間前のシステム安全速報が胸に貼りついたままだった。


──システム安全速報。

──近隣上空に発生したMA級脅威は無力化されました。


『現在、地域への被害はありません。外出制限は解除されました』

 それだけ。

 誰が、どうやって。

 どれほど危険だったのか。

 何も書かれていない。


──無力化されました。

 その文字が、今でも脳裏で何度も繰り返される。

 ふと、向こうの通りで見覚えのある姿が目に入った。


「あ……」

 歩き方。髪の揺れ方。夜風に紛れても、見間違えるはずがない。


「あいりゃ!」


 碧は思わず声を張り、買い物袋を抱えたまま駆け出した。

 あいりゃは振り返り、少しだけ疲れたような顔をしている。


「……碧?」


 駆け寄ってきた碧は、息を整える間もなく言った。


「無事で……よかった。一緒に帰ろう?」

「うん」

 並んで歩き出す。その距離はいつもより数センチ近い。


「今日は何してたの?」

 あいりゃは、あっさりと答える。


「軍で訓練。……訓練中に、MAの反応を見られてた」


 碧の足が止まる。


「……MA?」


「うん。」


 あいりゃは気づかず、淡々と続ける。


「MAに乗ったの?」


「うん、乗ったよ。MAに。訓練してた」


「……の……った?」


 ────音が消えた。

 街の騒音も、風も、足音も。碧の世界からすべてが引き剝がされる。


「うん。ブルーアビス討伐でも、MAで臨場した。

あまりうまく操作できなかったけど……」


 ────は? あいりゃがMAに?


「なんであいりゃがMAに乗るんだよ!」


 叫びは、反射的だった。制御も、理性もなく、心が勝手に口を開いた。

 あいりゃは驚いた顔をする。


「なんでって…そういう作戦で…」


碧は肩を震わせ、息を整えられない。


「碧……?」


「なんで乗ったんだよ…!」


「そういう命令だったから」


買い物袋が手から落ち、缶がアスファルトに転がる音だけが虚しく響く。


「……ごめん。……今の……忘れて」

「碧、顔色が悪い。大丈──」

「忘れてくれ」


──あいりゃの目を見られない。

海千留の顔そっくりのあいりゃ。

目が合ったら、過去が全部溢れ出してしまいそうだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【第42話】MA搭乗訓練後、再開、訓練再開

格納庫の空気は金属の匂いと、冷却装置の低い唸りで満たされていた。

早朝の光がMAの装甲に反射して、淡く青白く輝いている。

周囲の隊員たちは、彼が復帰したことに安堵の表情を浮かべていた。


「航司! 今日からまたよろしくね!」

 澪の声が響き、朝の冷たい空気の中でも元気いっぱいに飛び込んできた。


「澪、待たせたな。あいりゃもよろしく」


 航司は軽く笑い、淡々と挨拶する。

 その隣で、あいりゃは少し緊張した面持ちで頭を下げる。

「よろしくお願いします」

「あいりゃ、よろしくな」


「あいりゃ。私今日は負けないから」

 澪は軽く拳を握って挑発するように笑う。


「勝ち負けじゃない」

「勝ち負けよ。私達がやってるのは、戦争なんだから」


 澪の声には、緊張感が混ざっていた。


 隊員たちは笑いながらも、戦闘準備の手を止めない。

 MAの操縦席へ向かう通路では、金属床に靴音が反響し、機械の冷たい鼓動が胸に伝わる。



「いくか」

 航司が言うと、凛は軽く肩を正して操縦席へ。

 澪は小さくガッツポーズを作り、あいりゃは視線を前方のモニターに向ける。

 コックピットの扉が閉まり、計器が起動音を立てる。

 操作パネルが青く光り、各種センサーが一斉に反応する。


「行くよ」

 航司の声は落ち着いているが、内側の緊張感を隠すことはできない。


Sacred Sea(セイグレッド・シー)、起動!」




 司令室のモニターには、各機体のステータスとパイロットのバイタルが表示される。

 澪、航司、あいりゃの三機が一列に並び、訓練開始の指示を待っている。


「各機体、状態良好。準備はいいか?」


 司令官の声が通信で届く。冷静で淡々とした声色だが、緊張感が室内を引き締める。


「いつでも行けます」

 航司の声は落ち着いており、操縦席からの視界も安定している。


 手元のコックピット計器に目を落としながら、微かに肩の力を抜く。

「私は問題なし」

 澪が軽く頷き、操縦桿に手を添える。顔には集中と楽しさが入り混じった表情が浮かぶ。


「異常ありません」

 あいりゃも淡々と応答し、コックピットの各種スイッチをチェックする。

 緊張はあるが、初動は順調だ。



「では、訓練開始」

 司令官の合図で、格納庫内のMAが静かに動き出す。

 床の金属音が共鳴し、計器の光が淡く揺れる。


「三機、ライン維持。まずは基本動作確認から」


 司令室のオペレーターがモニター越しに指示を出す。

 航司は操縦桿を軽く操作し、MAを正確に前進させる。

 澪はすぐ隣で旋回動作を滑らかにこなし、あいりゃも同様に指示通りの動きを見せる。


「航司、速度制御良し。旋回も安定している」

 オペレーターの声が淡々と評価を伝える。

 航司は小さく口元を引き上げ、微かに笑みを浮かべる。

「澪、行動パターン確認。問題なし」

 澪の声に明るさが混ざり、司令室の空気も少し和む。

 パイロットたちは指示通りの動きをこなし、司令室では淡々と状況報告が続く。


城真「ここからは応用だ。ブルーアビスの模擬を倒してみせろ」


 城真の声が通信越しに響き、司令室の空気が引き締まった。


「そうこなくっちゃ」

 澪は小さく拳を握り、微笑みながら操縦桿を調整する。

 隣であいりゃは冷静にデータを確認し、視線を動かさず応答する。


「同じ相手に二度はやられない」

 澪の言葉に力がこもる。だが、パイロットたちは徐々に異変に気づき始めていた。

 航司の視界に、突然、淡い青い光がちらつく。

 計器パネルの数字は正しいはずなのに、脳裏で勝手に数字が歪み、幻聴のような声が響いた。

「──う、動け……海斗……」


 航司の体が硬直する。突如、亡くなった海斗の精神リンクが逆流し、ブルーアビスに討伐される瞬間の苦悩が、航司の感覚に雪崩れ込む。

 痛みと絶望が、意識の隙間に割り込み、操縦桿を握る手に力が入らない。


「航司、大丈夫か!」

 司令室からの城真が届くが、航司の耳には遠く、歪んで響いた。

 青白い光がコックピットの計器を揺らし、航司の指先は操作を誤りそうになる。


澪も異変に気づく。

「航司……視界が……おかしい?」

 通信越しの声には焦りが混じるが、彼女自身の操縦は冷静に続いている。



幻視の中で、海斗の顔が苦しそうに歪む。

青白い光が目の前で震え、MAの操作感覚が途切れ途切れになる。


 あいりゃは航司に目もくれずブルーアビスの模擬に突進していく。

「ちょっと!待ちなさいよ!」


「チッ・・・」

澪はあいりゃの後方につく。


「──う、動け……!」

 声にならない声を出しながら、必死にコックピット内の制御を取り戻そうとするが、脳内で海斗の悲痛な記憶が断続的に押し寄せ続ける。

「今、操作したはず……なのに……何も動かない……」

握った操縦桿が自分の手から離れたように感じ、脳が拒絶する。



 司令室のオペレーターは赤く点滅する警告灯を確認し、淡々と状況を報告する。

「航司、バイタルに異常。精神状態不安定。応急措置は指示なし、継続」


 冷徹な現実──戦力としての航司は止められない。

「ウワァァァァァァ──────!!!!!!!」


航司の叫び声が響いた。

視界の端で、わずかなノイズが揺れる。


「航司!?」

澪は切り返し、航司に向かって走る。


「航司!かまえたレバーを直角に下ろして!」

澪の声が通信越しに航司に届くが、航司の耳には遠く、海斗の悲鳴にかき消される。


航司のコックピットには、ブルーアビスを討伐できなかったあの日の海が映し出されていた。

「──航司、どうして……助けに来てくれなかったの?」

 呪いのような声。海斗の、討伐され絶望の中で残した問いが、頭の奥をぐるぐると締め付ける。


「違う!助けようとしたんだ……どうしても、行けなかった……!」

「……航司、助けてくれれば……よかったのに……」

 繰り返される声は、現実の通信ではなく、頭の中で直接響く。

 手の震えが増し、操作ミスの危険が高まる。



城真「だめだ!このまま澪が航司に突進していけば澪が打たれる!」


 MAは、人間を削る兵器。航司の精神を、少しずつ、確実に削り取っている。

 突如、航司の視界に海斗が映る。

 討伐される瞬間の恐怖と苦悩、絶望の叫び──

 それが実感として航司の意識を揺さぶり、手が操縦桿から滑る。


「──うっ……!」

 声にならない声を漏らし、操作ミスでMAがわずかに傾く。

 モニター上では旋回が乱れ、突如、仮想敵ブルーアビスとの距離が接近する。


「航司! 姿勢制御!」

 澪が咄嗟に指示を飛ばす。

 だが航司の頭は幻覚と現実の間で揺れ、反応は遅れる。



 コックピット内で、航司の意識が分裂する。

「な、なに……?計器が……動いて……いないはずなのに」

視界の端で、海斗の顔が歪んで笑う。


「航司……ひとりだけ生き残ってんじゃねーよ……!」

 呪いのように響く声。討伐され絶望した海斗の怒りが、現実の理屈を無視して直接頭を締めつける。

「なんで……なんで俺だけ……」

「助けに来てくれればよかったのに……」

「笑うな、操縦桿を握るな、全員死ぬぞ……!」

声は頭の中で重なり、どれが現実かもわからなくなる。


「なんで、俺は……」

 握った操縦桿が震え、視界の青白い残像が揺らぐ。

 幻聴は止まらず、ささやき、叫び、責め続ける。

 航司の心の一部が、まるで削られて消えていくかのようだ。


 “海斗の記憶”と“現実の訓練”が干渉し、操作手順が抜け落ちる。

 笑顔は崩れ、唇が震え、表情筋の動きがぎこちなくなる。





「……視界が……乱れてる」

 凛が操縦桿を握り直しながらつぶやく。


 司令室の画面には、赤く点滅する警告灯が増え、通信のエラー音が断続的に響く。

 航司のバイタルラインが微かに乱れ、パルスが速くなる。

 精神と脳が削られ、人格の一部が欠落しつつある。


澪とあいりゃの二人が必死に補助する中、司令室は静かに、しかし冷徹に航司の崩壊を見守っていた。

 ──MAは、人間を削り、精神を侵食する。


「限界だ、訓練を中止する」

 司令室の通信から、城真の声が低く響いた。

 赤い警告灯が点滅する中、オペレーターたちも無言で頷き、非常停止の手順を開始する。

 航司は操縦桿を握ったまま、一瞬フリーズしたように見える。

 青白い光が視界に揺れ、耳にはまだ海斗の幻聴が残る。

 その手をそっとあいりゃが支え、制御を補助する。


「……う、うぅ……」

 航司の声は震え、笑顔の形は残らず、表情は硬直している。


 澪も操縦桿を握り直し、できる限りの補助を続けながら、通信越しに城真に応答する。

「了解、訓練中止。航司の状態を優先します」

 MAの動力が止まり、模擬敵は消滅。


 航司の視界には、まだ微かに青い残像が漂い、心の奥には消えない影が残っていた。


 赤く点滅していた警告灯も静かに落ち着きを取り戻すが、司令室にはまだ緊張の余韻が漂っている。


 澪は思わず通信に向かって声を張る。

「城真、今のエラー……何!?」


 城真は冷静な声で答える。

「MAの反応だ。想定外の精神干渉が航司の脳に逆流した。訓練は中止、以上だ」


 澪は眉を寄せる。

「精神干渉……? どういうことよ……」


 澪はその言葉を飲み込みながらも、航司の顔を見つめる。


「……MAが精神に干渉するなんて、聞いてない」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


食堂に入ると、凛は城真の席に駆け寄り、すごい剣幕で捲し立てた。


「ちょっと、どういうことよ!あんたたちの整備不良なんじゃないの!?」

「整備不良って…そんな事があってたまるか!」

「じゃあさっきの現象をどう言い訳するの?

あいりゃ、あんたも何か言いなさいよ!」


 あいりゃは真顔のままどこか遠くの方を向いている。


「そう言われましてもね…」

 城真は困ったまま、箸を動かした。


「飯奢ってやるから!」


「そう言うこと言ってないんだけど!?・・・私、オムライスで」

 澪はため息をつき、手をテーブルに置く。 


「あいりゃは?」

「ゼリーがある」

 あいりゃは軍支給のゼリーを口にしている。


「航司はどこにいる?」

城間は立ち上がり、周囲を見回した。


「食べたくないって」

「そうか」


 ブルーアビス討伐の余韻はまだ残るが、食堂には日常の静けさが戻り始めた。

 笑いと会話が交わされ、パイロットたちは短い休息を取り戻していた。

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