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潮の核域 -Few remaining seas-  作者: 梯子
兵器の逃亡
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【第38話】ブルー・アビス襲撃失敗と喪失_軍への帰還

移送車の扉が開き、冷たい基地の空気に足を踏み入れる。

あいりゃは無言のまま、兵士たちに挟まれて歩く。

頭の中は空白で、視界に映るすべてが現実感を失っている。


「……無事でよかった」

声が届いた。振り向くと、そこに城真が立っていた。

穏やかで、優しい笑みを浮かべている。

戦場での彼の冷静さとは対照的に柔らかい。


「……お疲れ様です」

小さく声が漏れる。


城真は一歩前に進み、そっと肩に手を置く。

その手の温かさに、あいりゃは一瞬、息を止めるように俯いた。


「戦場が……」


言葉にならず、喉の奥で詰まる。

城真はそれ以上何も言わず、ただ静かに頷いただけだった。

その沈黙が、避難所とは違う重みで心に落ちてくる。


基地のドアが開く音が二人の間の空気を裂いた。

「――あいりゃ、上層部だ。すぐに呼ばれている」



「ブルー・アビス失踪」その事実に、会議室の空気が一層冷えた。

無機質な室内には、長机を囲む上層部の顔が並んだ。

会議室の扉が重く閉まる。

郷田は椅子に深く座り、黒縁メガネ越しに鋭い視線をあいりゃに向けている。

側近にいた神崎があいりゃに気付き、立ったままわずかに顎を上げた。


神崎「体調は?」


airya「問題ありません」


郷田「No.101。――ブルーアビスを探せ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


廊下で待っていた城真はあいりゃの背後に立ち、そっと肩に手を置く。


「お疲れさん。奴らはなんて?」

「ブルーアビスを探せって」

「そいつは無茶なことを」

「.…. …」

「大丈夫だ、俺もいる」


その声に、あいりゃはほんの少しだけ、心が緩む。

「別に、大丈夫」


だが、神崎が口を開く。

「……結果を聞かせてもらおうか。前線で何が起きたのか」


城真の眉がぴくりと動く。


「チッ....相変わらずだな、幹部様はよ」

神崎の顔を見るなり、眉を顰める城間。


神崎「そんな顔すんなって」

城真「へぇへぇ、ご立派なことで」

神崎「お前は成長していないな」

城真「どうやら、上に行くと心も冷えるらしい」

神崎「まぁそういうなよ...。職務だ。後で行くわ、格納庫」


神崎は城間に背を向けて足早に去っていく。

城真はその背中を睨みつけるように見送り、低く吐き捨てた。


「開口一番がそれかよ...」


――お前も見てたんだろ、神崎。


「死体も持ち帰れないっていうのに……ちくしょう」


城真は少しだけ目を伏せ、深く息を吸った後、顔を上げる。

怒りも悲しみも押し殺し、次の任務へ向かう兵士の顔に戻るために。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


格納庫に移動すると、戦闘MAが静かに並んでいる。

その場に立つ凛は、あいりゃの目をまっすぐに捉えた。


「どんな顔して戻ってきたの、あいりゃ」


冷たい声が響き、胸を打つ。


「あの作戦は、あんたが前線に立つ事が前提だった。

……あんたが戦わなかったから、海斗は死んだのよ!」


叱責は鋭く、痛烈で、逃げ場のない現実を突きつける。


「なんとか言いなさいよ!」


あいりゃはただ俯き、心の奥で茫然としたまま立ち尽くす。


「凛、やめろ」

同僚の静止する手を振り解き、凛は止まらない。


「海斗をひとりで突っ込ませたのは、あんたよ、あいりゃ!」


声を出すことも、反論することもできない。

城真は凛が振り上げた手を掴み、凛を押さえ込んだ。


「凛、やめるんだ」

「あんたが逃げ出さなければ、海斗は…海斗は死ななかったかもしれないのに…」

凛の両目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「そんな事、わからないだろ」

城真は慣れたように凛を諭している。

子供をあやすような、優しい声で。


「海斗を返してよ…」


凛は城真に抑えられながら、その場に泣き崩れた。


「凛、少し休もう。

 お前たちは戦闘準備に戻れ!」


城真は凛を連れて休憩所に向かう。



あいりゃは二人の背中を呆然と見つめ、立ち尽くしていると、

整備士のひとりが書類を差し出した。


「生体同期設定の確認をお願いします」

紙面には、あいりゃの生体電位とMAの量子リンクに関する膨大な数値が並ぶ。


「はい」


あいりゃは格納庫奥の指揮室へと歩を進める。

戦意は戻らない。胸の奥に残る罪悪感が、言葉を奪っていた。


「この書類にサインを」

「はい」

あいりゃはボールペンを握る。

しかし、指先が震え、数値を正確に読み取るのも精一杯だった。

その時、背後から神崎が声をかける。


「俺が代筆してやろうか」


神崎はあいりゃの右手に手をかけた。

「結構です」


「代わりに書いてやるっていってるんだよ。

 俺、結構字が綺麗だけど?」

「セクハラで訴えますよ」

「訴えてもらっても全然いいけど」

「冗談はやめてください」

「冷たいなぁ」



神崎はあいりゃの書類を受け取ると、整備士を呼びつけた。


「あいりゃを一号機に乗せろ」

整備士があいりゃを機体のコックピットに誘導する。


「局長…一号機は修理がまだ…」


「構わない。コックピットは正常だろ?」


「はい…」



あいりゃは一号機を見上げた。

戦場で傷付いたままの機体に乗り込む。



「生体同期フィールドを起動します」


MAの内部では、冷却液の匂いと金属の熱気が立ち込める。

整備士たちは無言で計器をチェックし、作業は淡々と進む。

戦意のないあいりゃの体も、容赦なく機体に組み込まれていく。



「生体リンク開始……」

電子音が響く。計器が点灯し、同期状態が数字で示される。

青い光が瞳を照らす瞬間、あいりゃの胸にざわつく感覚。

それは恐怖か、罪悪感か、それとも――

――これで、誰かを救える……?

まだ言語化できぬ問いが、胸に渦巻く。


神崎がそっと手を握る。


機体のシートに腰を下ろすと、

コックピットの冷たい感触が伝わってきた。

あいりゃは目の前に広がる情報パネルを見つめる・


――あの日、海斗も、この景色を見ていたんだろうか。


――あの日、こうして彼も、私と同じように

MAに祈りを捧げたんだろうか。


あいりゃはMAに乗り込んだ。


「Sacred Seaセイクリッド・シー、起動!」

※聖なる海



「潮核安定。試験モード、開始」

 技術士官の声が響く。


 あいりゃは静かにスロットルを握り、MAを滑らせるように水中に沈めた。

 ユニットが青白く脈打ち、微細な振動が機体全体に伝わる。

 センサーのモニターには、他のパイロットとは異なる微弱な変動が表示されていた。


「……こいつ、反応が違うな」

 隣の操縦席で観測する神崎の声。


 他のパイロットの潮核は安定した波形を示すのに、あいりゃの機体は微かに“揺らぎ”を帯びている。

 解析モニターには、かつてのブルーアビス観測データと同じようなパターンが重なっていた。


 水深、核域の温度変化、微細なエネルギー波形――すべて、あいりゃの潮核反応に酷似している。

 神崎が背後から覗き込み、眉をひそめる。


「……これは、偶然か?」


訓練場の水中照明が揺れる中、青白い核反応が静かに点滅していた。


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