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【第3話】観察する者

 ――誰が、誰を見ているのか。

 監視カメラの赤い目が、光を投げていた。  


その視線の先で、小さな猫が静かに座っている。

脳に埋め込まれたニューロリンクが、施設内の電波ノイズを拾い上げていた。

音声。映像。残響する脚音。交錯する人間の会話と欲望。


 No.101――《airya》は、観察していた。

彼女の知性は、もはや“訓練された動物”の域を逸脱していた。

 

 「……300K圏内にソナー反応確認。おそらく旧国家軍事圏のステルスです」


 指揮中枢室。シースルーのグラステーブルに映し出された地図は、赤と青の電子音を伴って点滅を繰り返していた。


 「こんなタイミングで動くとは……奴らもこちらの“切り札”を察したか」

 「あるいは偶然かもしれません。

海洋の残存ドローン部隊が、深層のサンゴ礁付近で不審な動きを見せています」

 「どちらにせよ、干渉は許されない。我々が“地球再生の主導権”を握る――その一点を揺るがせるわけにはいかない」


 幹部たちは神経をすり減らしながら、整然と議論を進める。  

だがその背後では、別のノイズが交錯していた。



檻の中に閉じ込められた小さな命が、細い息で横たわる。

それが何度目の実験なのか。資料に記されているだけで、もう誰も知らなかった。

愛玩動物として生まれたはずだった、かつて命だった"何か"を、物質として廃棄した。


橘主任が、ベージュのレース越しに脚を組み替える。


「仕事の話はもうやめましょうよ...」

彼女の白衣の下には、戦地に送られた弟の遺品である小さな十字架のペンダントが揺れていた。


 「こっちは命を懸けてるんだ。お前もそれくらい――」

 「懸けてるわよ」


微笑みながら、楠は神崎の指を舐めるように噛んだ。

 「私は“感情の切除手術”なんてしてないの。怖いものは怖いのよ……死ぬのも、失うのも」


男は十字架のペンダントに目をやった。

男――戦略局局長は、煙草を口に咥えながら、裸の背中を椅子に預ける。

「命は廻る。弟は優秀だった。惜しい人材だったよ。

あいつなら...どこかで生まれ変わって会えるかもな」

ベッドの上、白衣を着崩した橘主任は脚を組んだまま、口角を上げた。


「ふふ、あんたみたいな奴が“再生”を口にするなんてね」

 「俺たちが再生するんじゃない。地球が勝手に、そうするんだ。人間はただ、その歯車の一部でいればいい。海はまだ残されている。」

 「“あの子”も、そう思うのかしら?」

 「……実験体に哲学は要らない。」


 その会話もまた、あいりゃには聞こえていた。

 音波変調による壁越しの解析。それを“言語”として理解する術を、彼女は持っていた。


――人間は、嘘をつく。  

――人間は、忘れる。

――人間は、壊れる。

 

 その日、あいりゃは初めて、自分の檻の外にある電子パネルの構造を理解した。  光。圧力。コード接点。

小さな前足で、彼女はパネルの隙間に触れた。  

バチ、と火花が跳ねる。だが彼女は怯えなかった。

痛みは“進化”の常であると、既に知っていた。


 その刹那、施設全体が一瞬、暗転する。

 「……停電?」

 「違う、制御系統の一部が……誰かが、内部から触った?」

 

 No.101は、ただじっと天井を見つめていた。  

まるで空の向こう、海の彼方を知っているような、そんな瞳で。

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