【第24話】かつて家族だったもの
碧がこの部屋に来たのは、海千留に頼まれた荷物を取りにきたのだった。
ほんの数分で終わるはずの用事。
だから、碧は誰にも言わず、夕暮れの帰り道に寄ったのだった。
そして今、その部屋の中央に、**“彼女に似た少女”**が立っている。
碧はしばらく言葉を失っていたが、ようやく口を開いた。
「……海千留に頼まれて荷物を取りに来たんだ」
あいりゃは黙って碧を見つめた。
その視線には、どこか覚悟めいたものが宿っていた。
「海千留、悪化してる。今はもう意識がないかもしれない」
碧の顔色が変わる。
「えっ……お前、なんでそんなこと……」
あいりゃはゆっくりと言った。
「……海千留に会ったの」
「病院に行ったのか?」
「海千留の病室で、アラームが鳴り止まなかった。
彼女のバイタルが乱れて、周囲に医療スタッフが集まってた」
その言葉を聞いた瞬間、碧の表情が一変した。
次の瞬間、彼は足音を立てて部屋を飛び出そうとする。
「……俺、行くわ」
短くそう呟き、靴音も荒く玄関へと向かう。
ドアノブに手をかけたとき——
「待って!」
背後から、あいりゃの静かな声が届いた。
「今外に出たら危ない」
あいりゃは視線を窓の外へ向ける。
その瞬間——
部屋の外壁が、かすかに震えた。
ガラスがわずかに鳴る。
その微細な異変に、あいりゃがすぐに反応した。
「……ドローン。第5警戒層を旋回中。識別コード、新国家のもの」
碧は思わず彼女を見た。
「お前、どうしてそんなこと——」
「今の私は、国家の管理下にある“存在”のひとつだから」
「国家の管理下?」
「目覚めた瞬間から、発信源として記録された。
一定以上のエネルギー反応が起きれば、追跡対象になる。
でも……それだけじゃない。空の音じゃない。
……“下”が、動いてる」
碧が息をのんだ。
「……“下”って、海の?」
あいりゃはうなずく。
「海洋が近付いてる」
碧は振り返った。
「どっちの敵も来てるってことだろ、それ……!」
あいりゃはうっすらと笑った。
「私は今、かつての家族を失ったただの存在。
人間じゃないし、兵器でもない。
でも——このまま外に出たら、いずれ巻き込まれるのは“あなた”の方」
「何言ってんだよ」
碧は、ゆっくりと、けれど確かに彼女の目を見て言った。
「俺は……海千留にこれを届けないと」
一瞬、あいりゃの目が揺れた。
沈黙。
しかしそのとき、遠く海の向こうから、低い“唸り”のような音が響いた。
まるで何かが、海の深淵から地上を目指して這い上がってくるような、沈んだ音。
あいりゃが囁くように言った。
「始まる……“静かなる侵入”が。私、行かなきゃ」
「お前、何言って——」
こいつ、マジでわけがわからない。
碧の声が割れる。だけどこれだけはわかる。
目の前にいる"海千留そっくりの彼女"が、どこかに行ってしまう。
碧の脳裏に、担架に乗せられた海千留の姿が過ぎる。
彼女を止めなければ。
「海洋が攻めてきたら、軍が臨場するから」
あいりゃはどこか遠くを見ている。
「お前、落ち着けよ。とにかく、そっちに行くな」
「私のいる場所には、戦いが来る。
でもあなたのいる場所には、まだ選べる未来がある」
「なんでお前が戦うの?」
「碧は何も知らないから」
「俺は何も知らないよ。知らないけど...
お前を見送りたくない」
扉の外で、警報が遠く鳴りはじめた。
海と空が、静かに、でも確かに包囲を始めていた。
「海千留にこれを届けたら、戻ってくる。
今はお前はここにいろ」
碧は海千留のいる病院に向かった。




