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潮の核域 -Few remaining seas-  作者: 梯子
兵器の逃亡
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【第22話】君に似た誰か

あいりゃは海千留の家に戻り、

ひとりPCモニターを眺めている。


窓の外では、敵兵を威嚇するステルス機が行き来している。

爆撃の音が消えてから、どれほど経ったのか分からない。


焼け焦げた鉄の匂いが、空気に滲んでいる。

まるで、この小さな部屋だけが時の流れに取り残されたかのようだった。

壁のポスター、机に積まれた漫画。


モニターの横に転がる、欠けたマグカップ。

そのすべてに“海千留”の気配が染みついているのに、


――彼女自身だけが、どこにもいなかった。



海千留の部屋で、ただ一つ、モニターだけが微かに明るい。

アーカイブの再生ボタンが、ループで点滅している。

あの子の声が、静かに、部屋に流れ出す。


「今日も、見に来てくれてありがとう。また、会おうね」


海千留のPCの中には、猫の姿の“あいりゃ”がいた。

海千留が撮り溜めた写真や動画素材が大量に保存されていた。


配信中の彼女の膝の上で、丸くなり、幸せそうに眠っていたあの時間。

あの時の、あの映像を、今の“あいりゃ”がじっと見つめていた。


かつては猫だった。 それが何を意味するのか、今はもう分からない。

ただ、あの膝の温もりと声だけは――ずっと心の奥に焼きついていた。




思い出すのは、最後の瞬間。

海千留が、爆撃の中心で身体を投げ出されていた。


助けることはできなかった。

目の前で、ただ見ていた。

あのときの叫びは、もう言葉に変えることさえできない。


だが。

その瞬間だった。

モニターの中の笑顔が、声が、あいりゃの内側に何かを突き刺した。


「また、会おうね」


その言葉が、スイッチになった。




細胞が震える。 記憶の奥に眠っていたコードが走る。

遺伝子が、ねじれを反転させながら組み替わる。


――私が、あなたの夢を、続ける。

海千留の居場所は、私が守る。




あいりゃの決意とともに、あいりゃの身体を形作る新たな進化が始まった。

骨格が伸びる。 筋肉が形づくられ、皮膚が覆う。

記憶に刻まれた“彼女の姿”をなぞるように、人間の形が構築されていく。

人間の姿を完全なものにする進化だった。


完全な模倣ではない、

海千留の顔が溶け合い、少しだけ違う“新しい誰か”が、そこに生まれた。

目が開く。 空気が肺に入る。 鼓動が、打ち始める。


あいりゃは鏡を見た。

その中に映るのは、海千留でも、猫でもない――**“自分”**だった。


「……私は、誰?」


言葉を口にした瞬間、床に転がる首輪に目が止まる。

文字が擦れた銀の板。そこには、こう刻まれていた。


「airya」


隣には、焼け焦げた診察券。

そこに記されていた名前――


「梯子 海千留」


椅子に座り、配信ソフトを起動する。

何度も海千留が起動し、閉じ、試していたツール。


それが、あいりゃの手の中で再び立ち上がる。

部屋には、もう“彼女”の声はない。

けれど、マイクを通じて今生まれた“新しい声”が、それを引き継ぐ。


「おかえり。今日も、生きてるよ」



そのとき――


コンコン。


ドアがノックされた。


反射的に振り向く。 ギイ、と扉が軋む音を立てて開いた。

そこに立っていたのは、制服姿の碧だった。

無造作に伸びた前髪の下から、驚愕と困惑に揺れる瞳が覗いている。




そして――その瞳が、目の前の“少女”に釘付けになった。

彼女の顔。 彼女の声。 彼女の空気。



病室にいるはずの“海千留”が目の前に立っているようだった。



けれど、どこかが違う。 似ている。 でも、決定的に違う。

少年は、震える声で言った。


「......お前、誰だ」



あいりゃは、静かにその言葉を受け止めた。

そして、まっすぐに少年を見つめて答えた。


その声には、確かに“海千留”の面影と、“意思”があった。


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