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潮の核域 -Few remaining seas-  作者: 梯子
兵器の逃亡
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【第20話】夜明け前


――貴国が放った核攻撃――対象市街区への“遺伝子兵器”使用を、我々は戦争行為とみなす。


我々は正式に抗議し、報復を行う。

貴国の施設群、及び“滅びの天使”の存在そのものを、この世の脅威と認定した。



画面越しの怒声が、作戦室の空気を震わせる。

あいりゃが放った先制核攻撃――

それが、旧国家との冷戦の均衡を一気に崩した。


壁面のモニターが暗転し、旧国家軍事圏の通信が途絶えた。



重々しい空気の中で、国際会議が行われている。

「どうする? 郷田」

「奴らもさすがに黙っていないぞ」







世界中の通信衛星が無音で消えた。


その中で観測された一つの閃光

――それがNo.101「airya」の放った核融合反応による、人為的な小型太陽だった。


サンクチュアリ・ゼロ壊滅。

死者数、推定20万人。地表放射能汚染レベル:レッドライン超過。

その報は、新国家軍事圏の最高機密レイヤーへと即時に伝えられた。



鳴海局長が冷たい顔でホログラムを眺める。

その隣に立つのは勅使川原。表情は読めない。


「これは……『原子核の自己励起』だな。

まるで、空間ごと燃やしているような反応だ」

「融合と分裂を両立させる。それが可能な個体は、理論上、存在しないはずだった」

「それを“存在させた”のが郷田だろう」


名を聞いた瞬間、室内の空気が緊張する。

郷田――生存すら定かでなかった彼の存在が、再び国の影に揺らぎをもたらした。



郷田「梯子の娘が負傷した」


「そうですか。あの猫はどうするのですか」


郷田「No.101を監視。梯子 海千留(みちる)は、搬送しろ」









──司令官私室

対面には神崎局長。ワイングラスを指先で転がす。


暗い天井を、赤いラインが走っていた。

監視用のレーザー照射。

通常は消灯時に点検されるはずのものだが、今夜に限っては点きっぱなしだった。

誰も止めない。ここは軍令省第零室。

最高位の女が、男の腕の中で脚を絡めている。


「弟の死と、あの猫の覚醒。どちらが先だったと思う?」

「嫌なこと聞くのね」

「……昴は、彼女に殺された。そう考えてるんだろ、真澄」

「いいえ。あの子は兵器よ。昴が情を持った時点で、失格だっただけ。私たちが、最後まで“人間でいられる”わけがない」


神崎は黙って真澄の足首を引き寄せ、ソファへ体を重ねた。

髪を掴み、唇を塞ぐ。官能の中に、どこか実験台を見るような冷たさがある。


「お前はいい女だよ。俺の女である限り、それでいい」

「あなたは兵器が好きね、神崎局長」

「そんな事ない。お前が好きだ」

「……あなたのそれは執着でしょう」

「嫌い?」



黒いストッキング越しの腿が、男の腰を受け入れる。


「兵器に性的興奮を覚えるなんて……相変わらずね、神崎局長。今度は実験中の猿かしら?猫?」

「No.101は、兵器以上の何かだ。

分裂と融合を自己の中で同時に完結させている」


「あなたにとっては、女より、核分裂できる生物の方が魅力的なのね」


皮肉を込めた台詞に、神崎は反応しない。

ただ下から突き上げる。真澄の喉がかすかに喘いだ。

この男は、いつもそうだった。


彼女が上にいるように見えて、何も与えてこない。

ただ抱き、吐き出し、引き離す。

そのたびに、真澄は軍服のボタンを自分で留めながら、「私は上官だ」と自分に言い聞かせてきた。


「No.101が覚醒した。

核反応を使って、サンクチュアリごと吹き飛ばした。

データはまだ解析中だが、旧国家が動く前に、我々の中で処理しなければならない」


神崎が着替えながら言う。


楠「郷田が関与しているという噂、耳に入ってる?」

神崎「奴のことは関係ない。

   問題は、No.101が自立行動を取ったということだ」


楠「あなたは、兵器が“意思”を持ち始めると、勃つんでしょう」


背中越しにそう言って、真澄は口紅を引く。


神崎「……あの猫がもし、郷田の手に戻ることがあれば...」

楠  「どんな手を使っても取り戻すでしょうね。誰も彼を止められない」


神崎は、初めて少しだけ笑った。


神崎「長いこと郷田のそばにいるが。あの男、何を考えているのか掴めない。

   あの男の手に兵器が渡れば、大虐殺も待ったなしだな」

楠「どうかしらね。使いこなせないかもしれないわよ」

神崎「わかってないな。あの男はやるよ。俺にはわかる」

楠「あなたは"悪魔"の相手をするのが性に合うのね」

神崎「なんだよ」

楠「……また、やり直さない?」


神崎は振り返らない。


「この戦争が終わったらな」


そう言って、彼は部屋を出た。


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