【第19話】 緊急招集
翌日、国際連合安全保障理事会が緊急召集された。 理由は明白だった。
一都市圏が、数秒で消滅した。
しかも、核兵器のような熱線と放射能が観測されたにも関わらず、発射された弾道ミサイルも、爆撃機の痕跡も存在しなかった。
「空間から、突如として閃光が放たれた」
「人工知能による攻撃か?」
「違う……」
その場にいた各国の代表たちは凍りついていた。
これは、“人間型の何か”による、攻撃だった。
誰も、冗談とは受け取らなかった。
なぜなら、その「人間型」の姿が、爆心地上空に浮かんでいたという
――複数の衛星画像が、既にSNSを通じて全世界にリークされていたからだ。
その少女のような影には、
記録番号:101という仮称が与えられた。
彼女の右腕に刻まれていた番号から、そう呼ばれた。
旧国家軍事圏・第6連隊本部地下12階 ― 会議室
「くそっ……」
灰色の軍服を着た老将校が、拳で机を叩く。
その向かいで、戦術を操作する若い士官が、震える指で画面をスクロールしていた。
「分析結果が出ました……。
あの閃光の中心は、確かに人型のシルエットを持っています。
生体反応あり。ただし……
心拍・脳波・熱反応、いずれも……常軌を逸しています」
「どれほどだ?」
「……爆心地半径3km圏内、すべての生物が即死です。
即死率100%。唯一、中心に存在していた“記録番号101”のみが無傷」
沈黙が流れた。
「我々のMA(搭乗型核兵器)部隊なら……勝てるのか?」
「――無理です」
即答だった。
「旧式の装甲では、彼女が発する放射線量の前に、機体が融解します。
搭乗者も、シールドを突破された段階で即死します。
データ上、彼女は……我々の兵器体系の“上位存在”です」
将校は目を伏せた。
じゃあ、何かのトリガーが……?」
その瞬間、情報将校がドアを叩いて飛び込んできた。
「閣下ッ! “彼女”の行動ログが、新国家圏の深層実験庁施設と一致しています。
…さらに、過去の監視記録から
――かつて“猫”として登録されていた個体と、遺伝子99.997%一致しました!」
「猫……だと?」
「はい。市街地で拾われ、ある個人に飼育されていた模様。
数年前に失踪し、その後新国家の実験体となった可能性が高いです。
あれは、……生き物だ」
誰かが呟いた。
「あれが生物だと? 兵器だ」
「兵器以外の、何だというのだ」
「……あれは、自分が何者かを知らずに、世界を焼いたのか?」
街では噂が飛び交っていた。
「少女が空に浮いていた」
「あれは天使か悪魔か」
SNSでは「#No101」「#空からの黙示録」などのタグが瞬く間に拡散し、世界は恐怖と狂気に飲み込まれつつあった。
だが――彼女自身は、いまだ何も語らない。
次に、どこへ現れるのか。 次に、誰を、何を、滅ぼすのか。
誰もが、黙して祈るしかなかった。
◇ アメリカ:軍事AI《CLAIRE》の反乱予備兆候が観測される。
「敵は、倫理の存在しない核」
――上院特別軍事委員会は、“感情因子を持つ兵器の全廃案”を提出。
しかし同時に、DARPAはNo.101の複製計画を極秘裏に立ち上げていた。
◇ ロシア:地下シェルター都市の封鎖を実施。
モスクワ周辺に無人兵器網を構築し、“地上を捨てる選択”が国策として進む。
◇ 中国:哲学部門を持つ軍事委員会が「核存在の定義」を議論。
「彼女は兵器ではない。新たな生命であるなら、“核と同等”ではなく“創造主の一部”だ」 一部の軍事指揮官が、出家し始めている。
◇ EU:市民の20%がネット上で“信仰”に加入。
各国政府が監視を強化する一方、あいりゃの名を冠した極端思想が拡大。
「神に選ばれるためには、都市を出るべきだ」
「被爆すれば魂が浄化される」
こうした投稿が、SNS上で急速にバズを起こし、各国で暴動や集団移住が発生。
ある宗派は、あいりゃを救世主と認識し崇拝を始める。
一方、カトリックでは「神を模した罪」として彼女の排除を主張。
世界は割れ始めた。
だが、その中心で、彼女はただ、空を見ていた。
【都市封鎖とネット統制】
“実験体 No.101”に関する公式発表は依然としてない。
しかし爆心地に近い6県では、都市機能が停止。
航空機の飛行は禁止され、道路は封鎖された。
SNSには、黒髪の少女の写真が無数に拡散されていた。
紅い瞳。無表情。空を見上げるその姿。
「人間じゃなかった」
「でも……人形みたいに、きれいだった」
「一瞬だった。“それ”は、全部壊した」
衛星が記録したのは、白熱の柱。神罰のように落ちた裁き。
――組織本部地下、隔離実験区画モニタールーム
「……目覚めた、か」
白衣の女科学者が、手を震わせながらモニターを見つめる。
映っているのは、爆発前後の衛星映像。
蒸発する都市。壊れる空。捻じ曲がる物理法則。
暗闇。ホログラムが爆心地を映す。
誰も言葉を発しない。
黒革のグローブをはめた男が立ち上がる。
その胸元には、Project: RED LATTICEの記章。
「我々の目的は、“勝利”ではない」
「人類の“整理”を進めろ」
視線が集中する。
「どんな戦況にも均衡をもたらす“神罰”のような存在」
「No.101はその象徴か?」
「違う。“始まり”だ」
しかし、彼女は微笑む。
「計画通り。No.101は最適化された意志で目覚めた。次段階へ移行するわ」
軍服の男が声を荒げる。
「だが、制御コードは破られた。現地は壊滅だ。これ以上の損耗は――」
「問題ないわ。あれは“殺すことで世界を守る”ように設計した。
倫理も情緒も慈悲も、すべて上書きした。
あれこそ、完成された兵器よ」
男は吐き捨てるように言った。
「……狂気だな」
「いいえ、合理性よ」
壁には古びたコード表が掲げられている。
『原子兵器実験体 No.101 / code:AIRYA』




