【第18話】光の中の“沈黙”
広大な拠点は、彼女の放った核爆発と共に白色の世界に塗り潰された。
そこに血の色はない。骨の形もない。
ただ“跡”だけが、影絵のように地に焼きついている。
残されたのは、焼け焦げた影。
かつて人間であった何かの“絵画”。
爆心地に近かった者は、影も残さず、物質としての輪郭すら存在していなかった。
何千もの兵士、研究者、命令を下していた者たちが、理解する間もなく焼かれて消えた。
天から振り下ろされた一撃は、
核融合よりも純粋で、
太陽よりも近く、
祈りよりも深い“絶対の死”。
それを人々はこう呼んだ——
“血の閃光”。
大地は波打ち、山は溶け、黒い雲が天を覆う。
その中心にただひとり立ち尽くす、“猫から生まれた兵器”。
その名を、airya。
この世界はまだ知らない。
その存在が、何を喪い、何を生きていくのかを——。
彼女は一言も発さず、 燃え尽きた基地に背を向ける。
彼女はただ、命令なきままに、“終わらせた”だけだった。
上空にたなびく放射性粒子の霞。 空が、銀灰色に燃えていた。
「こんなのがいるなんて聞いてない……っ!
こんなの、まるで神の杖じゃないかっ!!」
街は焼け、世界は変わった。
自分たちが、たった今、“命を救われた”ことを。
気づいたのは、風が止まったあと。
何もいないはずの空に、消えかけた白い光の尾が、流星のように遠ざかっていくのを見た時だった。
それは、美しくも、恐ろしい光だった。
この“光の殺戮”は、世界中の衛星によって観測され、 数時間後、全ネットワークで共有されることになる。
人類は知る。
「閃光」――“神が落とした少女”の名を。
あの閃光が何を見つめ、何を捨て、何を得ようとしていたのか。
まだ誰も、知らなかった。
EMP範囲外にいた数名の通信士たちが、
一斉に機器の復旧と同時に地図から“拠点が消えた”ことを確認する。
「地図に……穴が……」
「いや、違う。これは、何もなくなったってことだ……」
「見て……あの白い光の柱……」
彼らは気づく。 これは爆撃でも、侵略でもない。 **“断罪”**だ。
◆ 閃光(Flashlight)と呼ばれた存在
あの夜、都市が消えた。 正確には──都市の一部が、“光に呑まれた”。
焼け焦げた街の中心には、核反応によるものではない、異常な高熱源と解析不能な残留粒子が検出された。
超高密度の放射線スパイク、電子機器の一斉停止、そして金属すら蒸発させる熱の閃光。
現場に残されたのは、崩壊した構造物の残骸と──歪んだ空間。
その日を境に、“あの存在”は一つの名前で語られるようになる。
コードネーム:「閃光(Flashlight)」
——そして、それはある実験記録と一致していた。
機密指定・最高レベル、廃棄済とされていた研究記録。
ファイル名:No.101_AIRYA
開発分類:次世代知能統合型核制御生体 状態:脱走・消失。
生体モデル:猫科哺乳類 → 高次ヒト型進化体
覚醒条件:高ストレス・感情ショック・視覚トリガー
該当事案との照合結果:99.7%一致。
『101は消息不明』
『101は死んだと聞いた』
『いや、進化しただけだ』
『まさか、人型に──?』
一部の者はこう呼んだ。
「人が作った、最後の神」
そして別の者はこう記した。
“それは兵器ではなかった。あれは、怒れる命だった”
⸻旧国家軍事圏の本拠地。
数分前まで、兵士と兵器が整然と並んでいたそこは、今や地獄絵図だった。
あいりゃは、もはや何者でもなかった。
兵器でもない。猫でもない。
ただ、“本能”そのものだった。
鋼の羽根が大気を引き裂き、体温が放射能を撒き散らす。
あらゆるものが融け、崩れ、沈黙した。
あいりゃの足元には、誰も、何も、残っていなかった。
血の海。焼け焦げた大地。そこに立つ、たった一つの存在。
その目に、光はなかった。
敵兵は膝をつき、顔を覆いながら震える。
「ヒィ……人殺し!!この化け物が!!」
その声に、指先が止まった。
熱が胸に刺さる。
焼け焦げた匂いの中で、罵声が残響のように響く。
「人殺し」
風が吹き抜けた。
黒く焼けただれた地面の向こう、何もない空と、何も残らない大地。
あいりゃを中心に、枯れた大地が広がっていた。