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第一章(5):残された勇者たち、別れと涙



「みんな……達者で……」



ルシアン様の、あまりにも静かな最後の言葉が、歪んだ空間に響く。

その言葉に、彼の全ての想いが込められているように感じられた。



そして、彼の指に嵌められた黒い宝珠の指輪が、最後の光を放つ。





ルシアン様の蒼い瞳が、歪んだ空間の向こうから、一瞬だけ、私を見たような気がした。



その瞳に宿る光……それは、深い悲しみと、そして……何か、遥か未来への希望のようなものが、確かに宿っているように見えた。


この宝珠に……私たちに……未来を託してくれたのだろうか……?





ルシアン様の体と、悪魔ヴェクスのおぞましい巨体が、抗う術もなく、開かれた歪んだ空間の裂け目に吸い込まれていく。

空間は、悲鳴を上げるかのように捻じ曲がり、光と闇が混ざり合い、二つの存在を飲み込んでいった。





ルシアン様は、自らの命と引き換えに、世界の平和のために、ヴェクスを連れて、未知の世界……異界へと旅立ってしまった。


彼の指にあった黒い宝珠の指輪も、彼という存在の一部のように、彼と共に異界へと消えていく。


全てが、呆気なく、そしてあまりにも残酷に。


私が、この世界に転生したという、世界の理から外れた「バグ」が、私の最推しであるルシアン様の運命を、私が知っている物語とは違う、こんなにも痛ましい、痛ましい方向へ、歪めてしまったのだ……!





ルシアン様が完全に消えた後、私は、まるで魂が体から抜け落ちてしまったかのように、その場に立ち尽くす。


信じられない。


理解できない。


私の、私の世界の光……ルシアン様が…… もう、ここに……いない……?





一瞬の後、私の足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

そして、堰を切ったように、声を上げて泣き叫ぶ。



「ルシアン様……! ルシアン様、行かないで……! 私を、一人にしないで……! ルシアン様……私の……私の推しが……! いかないで……っ!」


私の瞳から溢れ出す涙は止まらない。

まるで、体の水分全てが涙になって流れ出るかのようだった。


手に握りしめた聖剣と、そこに埋め込まれた赤い宝珠だけが、ルシアン様との最後の繋がりとして、私の手の中で、微かに温かい光を放っている。


この宝珠が……ルシアン様が…… 私の心は、ルシアン様という、あまりにも大きな存在がぽっかりと空けた穴によって、ズタズタに引き裂かれていた。


まるで、世界の全ての色が、彼と共に、あの歪んだ空間の向こうへ消えてしまったみたいに。





ローゼリアちゃんもまた、その場に崩れ落ちて、子供のように声を上げて泣き叫ぶ。


「ルシアン様……! ルシアン様……! どうして……っ!」


彼女の首から下げた桃色の宝珠のペンダントが、ローゼリアちゃんの悲しみ、そしてまるで血の涙を流しているかのように、鈍い光を放ちながら揺れている。


ローゼリアちゃん……ローゼリアちゃんまで…… 優しいローゼリアちゃんも、ルシアン様を失った悲しみで、こんなにも、こんなにも苦しんでいる……





カスパール君は、その場から動けず、ただ立ち尽くすしかなかった。


彼の紫色の瞳は、尊敬し、目標とし続けたルシアン様が、自分の目の前で、世界の平和と引き換えに消えていく光景を、ただ見ていることしかできなかった絶望を映している。

揺れる紫色の宝珠のピアスが、彼の心を映すかのように、冷たく、重くなっていった。


彼の紫の瞳から、一筋の涙が静かに零れ落ちる。


ルシアン様に追いつく、超える……その目標が、今、遠い異界へ消えてしまったのだ。


ルシアン様……!





アルドロンさんは、悲しみを顔に出すことなく、ただ静かに、ルシアン様が消えた空間を見つめる。


彼の心もまた、ルシアン様という最高の友人であり、世界の守護者としての、あまりにも大きな、かけがえのない存在を失ったことで、深く傷ついていたはずだ。

だが、彼は泣かない。 自分がしっかりしなければならないと、冷静さを保とうと必死に努めているのが分かった。


手に残った緑の宝珠が、彼の手の中に、ルシアン様の知識の片鱗、そして彼が遺したものとして、確かに残されているかのようだ。





やがて、激しい戦いの後、空間の歪みは収まり、ルシアン様とヴェクスがいた場所には、何も残らなかった。


まるで最初から何も存在しなかったかのように、虚しい空間だけが広がっている。


五光の勇者のうち、黒き光を宿す魔法使いの王、ルシアン様は、自らの命を犠牲にして、この世界を救ったのだ。


悪魔ヴェクスが世界から消えたことで、世界の破滅は、一時的に回避されたかに見えた。

だが、それは、あまりにも大きな、かけがえのない喪失の上に成り立つ、儚い、そして痛ましい静寂だった。


私の転生という、世界の理から外れた「バグ」が、この物語を、私が知っていたハッピーエンドではなく、こんなにも悲しい結末へ、歪めてしまったのだ……!





残された私たち四人の勇者は、それぞれ悲しみに打ちひしがれながらも、ルシアン様が消えた虚しい空間を見つめている。


私たちの心には、深い悲しみと、ルシアン様という存在がぽっかりと空けた、あまりにも大きな喪失感が重くのしかかる。


私は、手に握りしめた聖剣の赤い宝珠を握りしめ、ルシアン様への募る想いと、もう二度と会えないという現実の痛みに、ただただ耐える。





世界は救われた。 でも、私の世界には、一番星だったルシアン様が、もう、いない。



私の……私の推しが……!



私の聖剣の赤い宝珠だけが、ルシアン様との最後の繋がりとして、あの時の温かい光を放っている。


これは……きっと……ルシアン様が私たちに残してくれた、未来への、そして彼と再び会うための……希望……なんだと、私は、そう信じるしかなかった。




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