第一章(4):ルシアン様の決断、自己犠牲
彼の透き通る蒼い瞳に、深い、深い決意の色が宿った。
それは、世界の全ての重みを一人で背負い込むような、静かで、だけどあまりにも強い光だった。
「異界へ送るしかない。俺ごと。」
彼の口から紡がれた言葉は、あまりにも静かだったが、その内容は、私たちの耳には雷鳴のように響いた。
異界……ヴェクスを、この世界から完全に切り離す。
彼が日夜研究していた、未知なる危険な場所へ……。
そして、そこに、彼自身が行くというのか……?
ルシアン様は、かつて自身の魔法研究の中で探求していた異界への転移魔法を、その頭脳の中で、究極の形で構築し始めた。
それは、自らの存在を危険に晒す、最後の、そしてあまりにも重すぎる魔法。
彼の指にはめている、黒い宝珠の指輪が、彼の覚悟を映し出すかのように、冷たい光を放っている。
宝珠こそが、異界への道標となる……!
「みんな……聞いてくれ……」
ルシアン様の声が、この絶望的な戦場に響く。
その声に、どこか遠い響き……別れを告げるような響きが含まれていることに、私は、まだ、気づきたくなかった。
信じたくなかった。
「俺は……ヴェクスをこの世界から切り離す……」
その言葉に、私の心臓が凍り付く。
「どうやって!? ルシアン様!」 私は叫んだ。
手に握った聖剣と、そこに埋め込まれた赤い宝珠が、私の焦燥を示すかのように熱を帯びる。
嫌だ!
ルシアン様がいなくなるなんて、そんなの、私が知っている物語じゃない!
私が……私がこの世界に転生したせいで……?
私が、この世界に、勇者セラフィナとして存在しているせいで、私の最推しであるルシアン様の運命が、こんなにも……こんなにも痛ましい方向へ歪んでしまったのか……!
「俺の全てを使って……異界へ……」
ルシアン様の言葉に、仲間たちの顔色が一斉に変わった。
異界。
彼が研究していた、未知の危険な場所。
そこに、彼自身が行くと言うのか?
私の心臓が、嫌な音を立て始める。ドクン……ドクン……
行かないで……!
ルシアン様……!
お願い……行かないで……!
私が、この世界にいるせいで……私の推しが、こんな、こんな辛い選択を……!
「ルシアン様! ダメです! それはあまりにも危険すぎます! ルシアン様がいなくなるなんて、嫌です!」
ローゼリアちゃんが悲鳴をあげた。
その声は、ルシアン様を失う悲しみと恐怖に満ちている。
首から下げた桃色の宝珠のペンダントが、ローゼリアちゃんの心のように、悲しみに揺れているのが見える。
ローゼリアちゃん……優しいローゼリアちゃんも、ルシアン様を失う悲しみで、こんなにも……!
「馬鹿な! ルシアン! お前までいなくなったらどうするんだ! 世界は、お前という柱がなければ、すぐに崩壊してしまう! 我々の、そして世界の中心はお前だぞ! 行かせるわけにはいかない!」
アルドロンさんが、いつもの冷静さを完全に失い、ルシアン様を制止しようと叫んだ。
彼の杖の緑の宝珠が強く輝く。
アルドロンさんにとって、ルシアン様は最高の友人であり、世界の守護者としての、あまりにも大きな、かけがえのない存在だったのだ。
カスパール君は、何も言えなかった。
言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。
彼の紫色の瞳は、目の前で自己犠牲を決意したルシアン様の、覚悟に満ちた表情を見開いて見つめている。
揺れる紫色の宝珠のピアスが、彼の心を映すかのように、冷たく、重くなっていった。
尊敬し、目標とし続けたルシアン様に認められたい、いつか超える……その目標が、今、異界へ消えてしまう。
ルシアン様……!
ルシアン様は、私たちの悲痛な制止の声を聞かず、魔法を発動させた。
彼の体から、銀白色の、圧倒的な魔力が噴き出し、目の前の悪魔ヴェクスを包み込む。
空間が、グニャリと大きく歪み始めた。
異界への扉が開かれようとしているのだ。
指にはめている黒い宝珠の指輪が、ルシアン様の魔力と呼応し、凄まじい力を解き放つ。
宝珠が……ルシアン様と共に、異界へ行こうとしている……!
「ルシアン様! やめてぇええええええええ!!!!!」
私の悲痛な叫び声が、歪んだ空間に吸い込まれていく。
手に握った聖剣の赤い宝珠が、私の心臓のように、ドクンドクンと激しく脈打っているかのようだ。
私は、ルシアン様へと、必死に、必死に駆け寄ろうとした。
触れたい。
止めたい。
行かないでほしい。
お願い……行かないで、私のルシアン様!
私の、私の最推し!
私が転生したせいで、ルシアン様がこんな、こんな辛い選択を……!
私が、この世界に、勇者セラフィナとして存在しているせいで、ルシアン様の運命が、私が知っている物語とは違う、あまりにも痛ましい方向へ歪んでしまったんだ……!
私のせいだ……!
でも、目の前の空間の歪みに阻まれ、ルシアン様の元へは、どんなに手を伸ばしても、決して届かない。
ルシアン様……ルシアン様……!
私のルシアン様への募る想いは、別れを予感して、胸の中で張り裂けそうだった。
私の、私の……最推しが……今、私の目の前から、いなくなってしまう……!