第一章(3):絶望の戦場、物語との乖離
そして、戦いが始まった。
私たちの五色の宝珠――ルシアン様の漆黒の宝珠を含めた五つの光が、ヴェクスめがけて放たれる!
創造神ガイア様から託された使命、そしてルシアン様が護るこの世界のために、私たちの全てを懸ける!
「聖剣技・光刃連舞!」
私が叫び、聖剣ヴォーパルブレードに赤い宝珠の力を集中させる。
神聖な光を纏った剣先から、高速の連撃がヴェクスの黒い泥の体に叩き込まれる!
凄まじい光の刃がヴェクスの邪悪なオーラを焼き払い、その巨体を切り裂く…!
…だが。切り裂かれた体は、次の瞬間にはもうドロリと繋がり、すぐに再生していく。
「なんてしぶとい…! これがヴェクス…! でも、おかしい…私が知っている物語よりも…ずっと…強い…? なんで…?」
たしかこの技で、セラフィナはヴェクスの動きを止め、弱らせることができたはずなのに…!
ゲームの設定と違う…!
「再生速度が異常すぎる! 通常の攻撃では意味がない…奴の根源から破壊する必要がある!」
アルドロンさんが叫ぶ。
彼の杖の先の緑の宝珠も強く光り輝いている。
「賢術・法則改変!」
世界の法則を一時的に捻じ曲げ、ヴェクスの再生を阻害しようとする魔法…
だが、その魔法さえも、ヴェクスの根源的な力の前に弾かれてしまう。
「解析魔法!」
続けざまに解析魔法を放つが、明確な弱点が見つからない。
分析のアルドロンさんでさえ、ヴェクスの弱点を見つけられないなんて…!
どうして…?
なんで物語通りにならないの…?
カスパール君が、規格外の破壊魔法を放つ!
「禁断魔法・虚無爆炎陣!!」
耳元の紫色の宝珠が強く光り、広範囲にド派手な爆炎と虚無を生み出す。
大地が砕け、空間が歪むほどの、想像を絶する威力…!
「闇属性魔法・終末の淵!」
さらに、より強力な闇属性魔法がヴェクスに襲いかかる。
「どうだ! これでも再生できるか、この泥人形が!」
…しかし。無駄だった。
ヴェクスは、私たちの渾身の攻撃がまるで効いていないかのように、さらに巨大化していく。
私たちの攻撃は、あまりにも無力…まるで、焼け石に水だ。
希望が、見えない。
このままでは、世界が…ルシアン様の世界が…滅んでしまう…!
私が知っている物語では、こんな絶望的な状況じゃなかったはずなのに…なぜ…?
なぜ、ヴェクスはこんなに強いんだ…?
私が…私がこの世界に転生したせいで…物語の展開が、こんなにも悪い方向へ歪んでしまったの…?
ヴェクスは、おぞましい触手を伸ばし、私たちに襲いかかってきた。
あの触手に捕まれば、生気を吸い取られ、泥に変えられてしまう…!
「危ない!」
ローゼリアちゃんが悲鳴をあげ、桃色の宝珠のペンダントに力を込める。
優しい癒やしの光が放たれ、ヴェクスの触手の動きを鈍らせる。
「治癒魔法・光の祝福!」
傷ついた仲間を癒やす。
「精霊魔法・地の守り!」
大地の精霊に呼びかけ、頑強な岩壁を出現させる。
ローゼリアちゃんの防御と回復魔法がなければ、とっくに誰かが倒れていただろう。
ローゼリアちゃん…!
彼女の優しい光だけが、この絶望の中で私たちを護ってくれている。
ルシアン様は、自身の黒い宝珠の指輪の力を使い、ヴェクスの攻撃を回避し、私たちを危険から遠ざけた。
「空間転移!」
指輪が瞬き、空間が歪む。
彼は、そのチート級の空間魔法で、ヴェクスの攻撃を巧みにいなしていく。
「空間切断!」
指輪を通して空間そのものを断ち切り、ヴェクスの体を分断する。そして、ヴェクスの隙を突いて、本体に強力な魔法を叩き込む。
ルシアン様の魔法は、他の勇者たちの魔法とは一線を画していた。彼の魔法だけが、ヴェクスに一矢報いているように見えた。
私の推し、強すぎる…!
さすが世界の中心…!
宝珠の真の力…ルシアン様が創り出した宝珠には、計り知れない力が宿っているようだ。特にルシアン様の黒い宝珠は、他の宝珠とは違う、特別な力を持っているのかもしれない。
…だが。それさえも、ヴェクスを完全に沈黙させるには至らない。
ヴェクスの再生能力は、私たちの想像を遥かに超えていた。
なんで…なんで物語と違うんだ…なんで…私のせいなのか…?
ルシアン様を、こんな絶望的な状況に追い込んでしまったのか…?
戦いは長引き、私たちは疲弊していく。ヴェクスの力は増すばかり。
このままでは、世界が滅ぶ前に、私たちがやられてしまうのは時間の問題だった。
絶望的な状況…。
ルシアン様の顔にも、いつもは冷静なのに、微かに、焦りの色が滲むのが見えた。
私の知っている物語では、こんな、こんな絶望的な状況じゃなかったはずなのに…なぜ…?
ルシアン様は、冷静に戦況を見極めていた。そして、一つの、あまりにも重すぎる、痛みを伴う結論に達する。
この世界で、ヴェクスを完全に滅ぼすことは…不可能だ。人間の負の感情がある限り、奴は無限に再生する。
私たちの力、宝珠の力をもってしても、この状況を覆すことは…!
彼の透き通る蒼い瞳に、深い、深い決意の色が宿った。
それは、全ての重みを背負い込むような、あまりにも静かで、だけど揺るぎない光だった。