間章:神様(作者)は推しを救いたい
私はエリアス。
この世界の均衡を司る、少しばかり……そうですね、創造神ガイアほどメジャーではない神です。
彼女のような圧倒的な「完璧主義者」とは、少々方向性が異なりまして。
私は、むしろ予測不能な、生命が生み出す「面白い」が好きなんですよ。
ガイアがこの世界を創り出した頃、彼女は飽きっぽい気質もあって、同時にいくつかの世界を手掛けていました。
その一つが、セラフィナ君たちが今いるこの世界……五光の勇者が活躍する、ファンタジーな世界です。
そして、もう一つが……そう、セラフィナ君が佐倉花君としていた世界。
「元の世界」と呼んでいた、科学技術と……ああとてつもなく多様な「カルチャー」が溢れる世界でした。
どうやら、ガイアは、この世界を創る際、まだ前の世界……五光の勇者がいる世界の「かけら」が少々ついたままの手で、君の元の世界を創ってしまったようです。
神の手から零れ落ちた、ほんのわずかな魂のかけら。
それが、君の元の世界に生まれ落ちた、佐倉花という少女の魂に宿った。
つまり……セラフィナと佐倉花は、魂を分け合った存在だったのです。
だから、佐倉花君が、この世界にどこか懐かしさを感じ、ルシアン君たち五光の勇者の物語に強く惹きつけられたのは、必然だったのかもしれませんね。
佐倉花君が剣道の師範の娘として生まれ、幼い頃から剣の道を極めんとしていたのも……聖剣の使い手セラフィナの魂のかけらを持っていたから……なんて、少しばかり運命の悪戯めいたものも感じます。
私は、ガイアが創った世界の、この五光の勇者のたちが、結構……いや、かなり好きでした。
それぞれのキャラクター……魔法使いの王ルシアン、大賢者アルドロン、大僧侶ローゼリア、大魔導士カスパール、そして聖剣の使い手セラフィナ。
彼らが織りなす物語、絆、そして悪魔ヴェクスとの戦い……見ていて、心が躍ったものです。
彼ら五光の勇者は、私にとって……そうですね、まさに「推し」でした!
彼らの活躍を、私は密かに、しかし熱烈に応援していたのです。
彼らは見事にヴェクスを討伐しました。
ああ、私の推したち、なんて素晴らしいのだろう! と、私は喝采を送りました。
しかし……私は知っていたのです。ガイアの性分を。
彼女は「完璧な箱庭」を愛し、思い通りにならない「歪み」を許せない。
ヴェクスが滅びても、いずれ人間が生み出すであろう予測不能な「歪み」に、彼女は再び癇癪を起こし、世界をリセットするだろう、と。
私が愛したこの世界、私の推したちが築き上げた平和が、結局は無に帰してしまう……それが、私が予測した未来でした。
どうにかして、この悲劇的な運命を変えられないか……私は苦悩しました。
そんなある時、ガイアが……驚くべきことに……
「ねえ、エリアス。私、もうあの世界飽きちゃったからあげるわ」
と、彼女がかつて創った、君の元の世界……佐倉花君がいた世界を、私に譲ってくれたのです。
どうやら完全に存在を忘れていたらしい。
神様にも、そういうことがあるのですよ。
私は、その「飽きられた世界」を受け取り、観察してみました。
すると……驚きました!
そこには、神の完璧な秩序からは決して生まれ得ない、人間が生み出した、あまりにも多様で、あまりにも「面白い」文化が花開いていたのです!
マンガ、アニメ、ゲーム、フィギュア、プラモデル……!
目にするもの全てが、私の神としての概念を覆すほどに、予測不能で、魅力的でした。
特に「コミックマーケット」という催しを知った時は、衝撃でしたね!
人間たちが、自分たちの「好き」……「推し」への愛を形にして、熱狂的に交流している場所!
私は、好奇心に駆られ、ほんの少しだけ……他の神たちには秘密で、女神のコスプレをして参加してみました。
すると……!
ああ、なんて素晴らしい空間なのだろう!
人間の情熱が、クリエイティビティが、そこかしこで爆発していました!
さまざまな「物語」や「キャラクター」の二次創作……!
それを熱く語り合う人々……!
「私も……私も書いてみたい!」
私は、創造神ではないので、何かを創ることはありませんでした。
しかし、そんな私も何かを創ってみたいと心から思ったのです。
私の創作意欲に火がついたのです。
何を?
もちろん、私の大好きな五光の勇者の物語を!
私は「えありす」というペンネームで、小説や漫画として、彼らの物語を描き始めました。
自分の推したちの物語を、自分の手で描く。
それは、神としての力の行使とはまた異なる、純粋な創造の喜びでした。
しかし、喜びと同時に、作者としての苦悩もありました。
私が描けば描くほど、彼らの物語が深まるほど、彼らがガイアによってリセットされてしまう運命が、より一層残酷に感じられたからです。
私が描いているキャラクターたちが、そして私が愛するこの世界が……無に帰してしまう。
どうにかして、この結末を変えたい……
作者として、そして彼らを推す者として、私は切実に願いました。
そんな時……私は感じ取ったのです。
遥か彼方の、私が受け取った世界から届く、微かな、だが、あまりにも純粋で、強い「祈り」を。それは……佐倉花君の祈りでした。
「願わくば、私のルシアン様の明日が、いい日でありますように……。そして、ルシアン様の世界がずっとずっと平和でありますように……。」
……これだ。
この思いこそが、ガイアのリセットを防ぐ鍵になるのではないか?
そう感じた私は、女神のコスプレをして、佐倉花君にルシアン君のアクスタをプレゼントしたのです。
あのアクスタは、私が君たちの世界で作ってみたオリジナルグッズです。
君の熱意に免じて、神力を込めておきました。
それからというもの、私は、毎日、毎日、ルシアン君のアクスタに祈りを捧げる彼女の強烈な「推し愛」を感じ取りました。
……もし、ガイアのリセットを防ぎ、この世界を救うことができたなら……。
私の愛する推したちの物語は、そこで終わりではない。
悲劇的な終末ではなく、希望に満ちた未来へと続いていく。
そう……私は、作者として、念願の「悪魔ヴェクス討伐編の続編」を、ハッピーエンドとして書くことができるのではないか!
その思いが、私の背中を押しました。世界の運命、推したちの未来、そして……作者としての私の物語。全てをかけて、この可能性に賭けてみよう。
私は、佐倉花君を、この世界へ召喚することを決意しました。
聖剣の使い手セラフィナの魂と響き合う、同じ魂を持つ佐倉花君を、セラフィナとして。
そうすることで、私は、あえて、この世界にガイアの許さない『歪み』を生じさせたのです。
その『歪み』こそが、世界の時間をヴェクス討伐以前にまで巻き戻す結果をもたらしました。
彼女を召喚したあと、「推し」であるルシアン君と再会し、どんな反応をするのか。
彼女の「推し愛」が、実際に彼らの物語にどう影響を与えるのか。
そして、私の愛するこの世界が、どんな未来を迎えるのか。
神様であり、作者である私は、静かに、しかし、期待と、そして少しの興奮を胸に、その物語の幕開けを見守ることにしたのです。




