第九章(3):大魔導士、覚醒の時
紫の光が周囲の魔力の残滓を吸い上げるかのように、さらに眩しさを増す。
珠の表面は不規則に振動し、歪む。
そして、それは、カスパール君の片側の耳へ向かって、強い力で引き寄せられていった。
まるで、彼の耳に、強引に、食い込むかのように。
紫色の宝珠が、カスパール君の片側の耳たぶに、「バチン!」という、少し痛そうな音を立てて、揺れるピアスとして装着された。
装着された瞬間、カスパール君の顔が苦痛に歪む。 彼は小さくうめき声を上げた。
しかし、それは本当に一瞬だった。
ルシアン様がかつて意図した、大魔導士カスパール君のための宝珠の形。
宝珠がピアスに完全に装備された瞬間、カスパール君の大魔導士としての力と知識、そしてルシアン様が遺した研究の全てが、体内に制御しきれないほどの、あまりにも膨大な魔力となって、一気に流れ込んできた。
「っ……! この力……!」
体が熱い!
膨大な魔力が血管を駆け巡る!
あの頃以上の力だ!
覚醒したカスパール君の体から、禍々しくも美しい紫色の魔力が噴き出した。
それは、あの頃よりも、さらに、さらに強大で、そして少し危険な、制御不能になりかねない気配を纏っている。
虚無、破壊、空間干渉…… 彼の魔法の性質が、宝珠によって極限まで強化されたのだ。
その時、カスパール君の周囲に、巨大な魔法陣が突如として現れた。
地面に刻まれた紋様が紫の光を放ち、そこから、カスパール君が異界の狭間で生み出してきた無数の従属魔物たちが、まるで主の覚醒を祝うかのように、一斉に姿を現し、彼の周りを飛び交い始めた。
その中には、ひときわ目を引く、あのピンクのフワワもいる。
フワワは、カスパール君の肩から離れ、その巨大な魔法陣の上で、嬉しそうに宙を舞っている。
そして、魔法陣の中央、カスパール君の足元から、眩い光が立ち上った。
その光の中から、神々しい姿の聖獣が、ゆっくりと現れる。
それは、純粋な光を纏い、威厳に満ちた、見る者を圧倒する存在感だった。
「フン……これで、俺も、完全に『カスパール』ってわけだ……」
カスパール君は、溢れ出るあまりにも大きな力と、目の前に召喚された聖獣に、いつもの悪態をつきながらも、隠しきれない喜びと高揚感を示す様子を浮かべた。
彼の紫色の瞳に、探求心と、そしてルシアン様への執着が混ざり合った、狂気にも似た光が宿る。
「ルシアン様……! あんたには、もう二度と追いつけないなんて……! 俺は、あんたを……超えてやる……!」
そんな、強い決意が、彼の瞳から読み取れる。
カスパール君の宝珠の覚醒と、聖獣の出現は、聖裁騎士団に大きな動揺を与えた。
彼らは、目の前に現れた神々しい存在に、一瞬動きを止める。 その隙を逃さず、カスパール君の従属魔物たちが騎士団に襲いかかり、たちまち戦場は混迷を極めた。
「な、なんだあの聖獣は! 創造神ガイア様の御加護を持つ我らが聖なる力! 闇の魔導士が、なぜこのような純粋な存在を……!?」
騎士団長が、驚愕に声を震わせた。
彼らは、カスパール君の禁忌の魔力と、聖なる存在が共存しているという、彼らの信仰ではありえない現象に混乱していた。
その時、カスパール君が召喚した聖獣が、天に向かって咆哮した。
それは、世界を揺るがすほどの、純粋な光のエネルギーを伴った叫びだった。
聖獣の咆哮から放たれた波動が、聖裁騎士団を直撃する。
彼らは、物理的なダメージこそ受けなかったものの、その圧倒的な力に、まるで吹き飛ばされるかのように後方へと飛ばされ、体勢を崩した。
その迫力に、彼らは手出し一つできない。
「くっ……! 退却だ! 一度立て直す! 無闇に深追いはするな!」
騎士団長が、歯噛みしながら撤退を命じた。
彼らは、かつての勇者たちがこれほどまでの力を取り戻しているとは、そして、闇の魔導士であるカスパール君が、聖なる存在を従えているとは、予想だにしなかったのだ。
聖裁騎士団が退却していくのをカスパール君はあきれ顔で肩をすくめながら見ていた。
目の前で起こったカスパール君の宝珠覚醒に、アルドロンさん、ローゼリアちゃん、そして私は、驚きと同時に、彼の纏う雰囲気の変化を感じ取っていた。
宝珠の色や力の性質故か、私たち三人のような穏やかさとは異なる、鋭く、どこか危うい輝き。
だけど、それは紛れもなく、私たちが知っている大魔導士カスパール君だ。
「カスパール君! 宝珠が……! ピアスに……!」
私が、興奮と安堵で叫んだ。
彼の無事と、力の復活が嬉しい。
これで、私たち四人揃った……!
「カスパール君……大丈夫? 痛くなかった……?」
ローゼリアちゃんが、カスパール君の顔に浮かんだ一瞬の苦痛を見逃さず、心配そうに近づいた。
カスパール君は、そんなローゼリアちゃんの心配に、一瞬だけ、素直になれない照れくさそうな表情を見せたが、すぐにいつもの皮肉な笑みを浮かべた。
「見るなよ、馬鹿。別にどうってことねぇ。ちょっと痒いだけだ……」
アルドロンさんは、カスパール君の宝珠の力の性質を分析しようとするかのように、じっと彼のピアスと、召喚された聖獣を見つめた。 彼の賢者の瞳が、その現象の真髄を捉えようと輝く。
「やはり、カスパールの宝珠は、他の者とは性質が違うな……破壊と探求、そして……闇の気配……しかし、この聖なる存在を従えるとは……驚くべき力だ……!」
アルドロンさんは、眉間にしわを寄せ、深く考え込む。
「……待て。この聖獣の召喚……カスパールの禁忌の魔力だけでは、ここまで純粋な聖なる力は引き出せないはず……」
彼の視線が、カスパール君の首元に光るチェーンネックレスに、そして、そこから発せられる微かな光に固定された。
「……まさか……ローゼリアがカスパールに贈った、あのネックレスが……媒体となっているのか……? 聖なる泉で清められ、ローゼリアの宝珠の力が込められたあのネックレスが……彼の禁忌の魔力と共鳴し、この聖獣を生み出したと……?」
アルドロンさんの考察に、私だけでなく、ローゼリアちゃんとカスパール君自身も、驚きで目を見開いた。
「え……!? 私の……ネックレスが……?」
ローゼリアちゃんが、自分の胸元に触れる。
彼女はただ、カスパール君の心を癒やしたい、その一心でネックレスを贈ったのだ。
聖なる泉で清め、自分の癒やしの力を込めたのは、少しでも彼が安らげるようにという願いからだった。
まさか、それが、こんな形で力を発現するとは。
「なんだと……!? そんな馬鹿な……」
カスパール君もまた、自分の身に起こった奇跡の真相に、驚きと困惑の表情を浮かべた。
彼自身、フワワを生み出した際も、ローゼリアちゃんへの想いが無意識に影響しているとは夢にも思っていなかった。
それが、ここまで強大な聖獣の召喚に繋がるとは、彼の理屈では説明できない領域だったのだ。
「これで四人全員、宝珠が完全に装備されたことになる……我々五光の勇者が、再び揃った……!」
アルドロンさんは、静かに告げた。




