プロローグ(3):勇者、推し活、異世界にて!
聖剣の使い手セラフィナとして目覚めてから、もう数日が経った。
正直、まだこの状況に脳が完全に追いついていない部分もあるけれど、体はもう、日本の佐倉花のものではない。
前世とは全く違う、この世界の勇者セラフィナとしての体の使い方が、当たり前のように染み付いている。この不思議な感覚。
そして、聖剣ヴォーパルブレードを握る手には、確かに、力が漲っているのを感じる。
私は、勇者セラフィナとして、私の世界の中心である、ルシアン様の傍で戦えるんだ…!
転生したその時、なぜか強く握りしめていた、お守り袋に入ったルシアン様のアクスタ。
これは、この世界で唯一のルシアン様グッズだ。
絶対に、絶対に大切にしなくては! …もちろん、このアクスタも、この上なく大切だけど、何よりもこの世界には、ルシアン様ご本人がいらっしゃるんだから!
私は、前世で培った、血と汗と涙の結晶たる「推し活」のスキルを、この異世界で惜しみなくフル活用することにした。
まずは、情報収集!
ルシアン様が今どこで何をしているのか、誰と話しているのか、今日の体調はどうか(これは生命線!←超重要!)…それらを、さりげなく、いや、時には五光の勇者の権限を多少強引に行使してでも、根掘り葉掘り聞き出す。
他の勇者仲間との会話も、基本的にはルシアン様関連の話に華麗にスライドさせる。
彼らの視点から語られるルシアン様の、ちょっとしたエピソードや情報は、私にとっては宝物どころか、聖遺物レベルだ!
そして、もちろん!得られた情報は全て、脳内…いや、この世界の紙とペンを使って、ルシアン様ノートに事細かに書き綴っている。
彼らの言葉を通して、さらに解像度が上がるルシアン様…。
至福すぎる…。
数日後、北方での調査から戻られたルシアン様のお姿を、遠目から初めて拝見した時は、もう、文字通り気絶寸前だった!
心の中で全力でペンライトを振り回し、「キャー!ルシアン様ー!」と叫び散らかす勢いだった!
そのあとも、お忙しそうに執務室へ向かうルシアン様を、バレないようにこっそり盗み見ては、その神々しいお姿の全てを余すことなく脳内記憶…いや、脳内ハードディスクに刻みつけていた。
彼の優雅な立ち姿、世界の真理を見通すような叡智に満ちた蒼い瞳、そして、皆を安心させる穏やかな声…ああ、どこを取っても完璧すぎる!
尊い!
私の全語彙力を持ってしても、彼の尊さには追いつかない!
彼の存在そのものが、この世界を、私の世界を、まばゆく輝かせているんだ。
もちろん、勇者としての訓練や任務も、一切手を抜かず真面目にこなしている。
だって、ルシアン様が世界の平和を誰よりも願っているから。
創造神ガイア様にお仕えする忠実な騎士として、そして、何よりも、ルシアン様の力になりたいから!
ルシアン様のために剣を振るう。そう思うだけで、どんなに辛い訓練だって頑張れる!
今日も、世界の平和とルシアン様の笑顔のために、私は剣を振るっていた。
いつも通り、騎士団長として部下に指示を出したりしながらも、脳内では、ルシアン様のお姿を想像し、一人尊さに打ち震えていたんだけどね。
すると…え?
うそ!?
目の前に、本物のルシアン様が歩いてくる…?
私の方へ…?
私のオタク情報ネットワーク(主に盗み聞きと推測)によると、昨日、北方から戻られたルシアン様は非常に忙しく、今も王室の会議室で重要な会議に出席しているはずでは…?
なぜ、こんな場所に…?
どどど、どうしよう!
ルシアン様が!
まさか、私の目の前に!
こんな、こんな近距離に!
「セラフィナ、久しぶりだ。今日の、調子はどうだ?」
ルシアン様がこんなに近くにいる…!
その声は、脳内で何度再生したか分からない、私の推しの声…!
しかも、ルシアン様から、高貴で爽やかな香りが…!
おまけに、ルシアン様が私に話しかけてくれている…!
ああ!なんて素敵な声なの!
もう、この場で倒れてしまっても本望かもしれない…!
あぁあああ!
「順調でありますっ!」
私は、緊張のあまり、騎士団長としての返事をしたつもりが、声が裏返ってしまった…!
そんな私の様子を見て、ルシアン様は、微かに眉をひそめ、だけど優しい声で言ってくれた。
「セラフィナ、お前の実力は申し分ない。だが、お前は必要以上に無理をするところがある。俺は、そこを心配している。」
ああ!
推しに!
推しに心配された…!
ルシアン様が、私のことを、勇者セラフィナとして、本当に心配してくれている…!
こんな光栄なことが、この世界にあっていいのだろうか!?
今日のこの瞬間のために、私はこの世界に転生してきたのかもしれない…!
今日はもう何も手につかないかもしれない…!
興奮のあまり、きっと今の私の顔は、茹ダコみたいに真っ赤になっていることだろう。
息も荒い…恥ずかしい…!
勇者セラフィナとして、冷静に対応しなくては…!
「大丈夫ですっ!ご心配おかけして申し訳ありません!もっと、ルシアン様の力になれるように、頑張ります!」
私が息も絶え絶え、だけど精一杯、そう答えると、ルシアン様が、さらに優しい眼差しを私に向けてくれた。
「本当に大丈夫か?顔が赤いぞ。熱があるんじゃないか?」
そして…なんと! 私の顔を覗き込んできた…!
ええええええええっ!?
もうどうしたらいいのぉ!
推しとの距離がゼロ距離…!
これ以上近づかれたら、心臓が破裂して倒れてしまう!
至近距離で見るルシアン様の、あまりにも完璧な顔立ち… そして、私を真っ直ぐに見つめる、透き通るような美しい蒼色の瞳。
その瞳が光り輝いていて、吸い込まれそうだった。
そして、再び…ルシアン様からは、あの、高貴で良い香りがした…。
私は、パニックになり、反射的に叫んだ。
「大丈夫です!失礼します!」
そして、考えるよりも早く、その場から一目散に走って逃げてしまった。
当然、そのあとは、騎士団長にあるまじき行動をとってしまった後悔と、至近距離で見たルシアン様のお姿と、彼の優しい声、そして香りを思い出しては、一人城の片隅で身悶えしていた…。
周りからは、私が毒を食らって錯乱したのかと、真剣に心配されてしまったくらいだ…。
それからは、ルシアン様と直接話すことにも、徐々に徐々にではあるが、少しずつ慣れてきたと思う…。
心の中では、前世からのオタク魂が常に炸裂し、ルシアン様の一挙手一投足に「尊い!」と叫びまわっているけれど、外見は冷静沈着、剣の腕も立つ五光の勇者セラフィナ。
だから、周りから見れば、私はきっと、ルシアン様を心から尊敬し、世界の平和を誰よりも願う、真面目で情熱的な勇者に見えているだろう。
それは、まあ、間違ってはいない。
尊敬どころか、もう信仰レベルでルシアン様を崇拝しているし、世界の平和はルシアン様が望むものだからこそ、私も強く願っている。
創造神ガイア様にお仕えする忠実な騎士として、私はルシアン様と共に、世界の平和を護るために、この世界で生きる。それが私の使命であり、喜びだから。
こうして、私は、五光の勇者セラフィナとして、この異世界での、夢のような生活をスタートさせたのだった。
この時の私は、知る由もなかった。私の転生という、世界の理から外れたイレギュラーな出来事が、悪魔ヴェクスを巡るその後の世界の、そして、私の最推しであるルシアン様の運命を、私が前世で知っていた物語とは、思わぬ方向へ大きく、大きく歪めてしまうなんてことを…。




