プロローグ(2):聖剣の使い手、推しの世界で覚醒!
小鳥たちのさえずりが耳に届く。
ああ、朝だ……。
今日は何曜日だったかな。たしか金曜日。やばい、数学の予習、全然やってないや。
まあ、いっか。先生に指されませんように。そう願いながら、ゆっくりと瞼を開けた。
最初に目に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。
自分の部屋の、ルシアン様のポスターで埋め尽くされた天井じゃない。
そして、体が沈み込むようなフカフカのベッドの感触。自分の体にも、何かしらの違和感がある。
頭を起こして周りを見回すと、視界に飛び込んできたのは、鮮やかな紅色の髪。
あれ? そういえば、コスプレしたまま寝ちゃったんだっけ?
改めて、部屋の中をよく見てみる。
うん? この部屋……どこかで見たことがある……!
あ!
まさか、ここって……!
あの『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』に登場する、聖剣の使い手セラフィナの部屋じゃないか!
ルシアン様の物語の隅々まで、目を皿にして舐めまわすように読んでいる私は、すぐにそれが誰の部屋か分かった。
……まあ、あれだ。
これは、私が推しがいる世界に行きたいと願いすぎた結果見ている、幸せな夢の中だろう。
とりあえず、起き上がろうとした、その瞬間だった。
突然、頭の中に、怒涛のように情報が流れ込んできた!
洪水のように、夥しい量の記憶や知識が押し寄せる!
五光の勇者。聖剣の使い手。セラフィナ。ルシアン。アルドロン。ローゼリア。カスパール。世界の危機。悪魔ヴェクス。……創造神ガイア様。
……え?
セラフィナ? 私が? 五光の勇者……!?
あまりの情報の奔流に、頭が完全に追いつかない。
混乱する意識の中で、だけど、確かに感じる。
この怒涛の情報の中に、私の前世……佐倉花としての日本の記憶や知識が、確かに混ざり合っていることを……!
控えめなノックの音が聞こえ、すぐに可愛らしい女性が部屋に入ってきた。
「セラフィナちゃん。おはよう。」
サンゴ色の柔らかな髪に、海を閉じ込めたような青い瞳。
そして、私の名を呼ぶ、優しく、温かい声。
この女性は……間違いない……!
あの物語に登場する、大僧侶のローゼリアちゃんだ……!
「セラフィナちゃん、今朝は、まだ着替えてないのね。うふふ。お寝坊さんね。」
ローゼリアちゃんが、現実(?)の私に、優しく微笑みかけてる……!
信じられない……!
ローゼリアちゃん、まじ! 可愛い!!
ローゼリアちゃんが可愛いのはもちろん。
その可愛さは、いったん心の奥底に置いておいて……私の思考はフル回転していた。
私は……今、日本の佐倉花ではない……?
この世界の、五光の勇者、聖剣の使い手、セラフィナとして……生まれ変わった……?
異世界転生? しかも、勇者として!? しかも、私が全てを捧げた、あの物語の世界に!?
混乱と興奮の中、口から、震える声で、一番聞きたい名前が飛び出した。
「ルシアン……様……は……?」
ローゼリアちゃんの目に、少し驚きの色が浮かぶ。
「ルシアン様なら、昨日からアルドロンさんと共に、北の国王に依頼された調査のため出かけているわよ。数日間は戻らないって、セラフィナちゃんも聞いていたでしょ?うふふ。セラフィナちゃん!まだ寝ぼけているのかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中の全ての情報が、カチリと音を立てて、一つの絵として繋がった。
五光の勇者……聖剣の使い手セラフィナ……大僧侶ローゼリア……そして、魔法使いの王、ルシアン様。
私が前世で、全ての情熱を捧げた、あのゲームや小説の世界だ。
そして、その物語の中心にいる、私の最推し!
ルシアン様が……この世界に……いる……!
「う、うそ……推し……ルシアン様がいる世界に……転生した……!?」
全身が、文字通り、歓喜で震え始めた。
心臓が、バクバクとけたたましい音を立てて鳴り響く。
信じられない。
まさか、叶うはずのない願いが、本当に叶うなんて!
しかも、ただ転生しただけでなく、勇者として、私の推しであるルシアン様の傍で、彼と共に世界を救う側になれるなんて!
創造神ガイア様の忠実な騎士として、ルシアン様と共に戦えるなんて!
こんな、こんな、夢みたいなことが、現実(?)として起きていいのだろうか!?
ふと、右手に握りしめているものに気づく。
それは、夢の中で宙を漂っていた、ルシアン様のお守り袋に入ったアクスタだった。
大切なお守り袋が、私の手の中に、確かに握られている。
アクスタを握りしめながら、無意識のうちに、言葉が漏れ出た。
そして、瞳から温かいものが溢れ出す。
「ルシアン様の……力に……なりたい……! ルシアン様を……護りたい……!」
涙が、次から次へと溢れ出してきた。
それは、推しがいる世界に転生できたことへの、途方もない喜びと、感動の涙だった。
そして、勇者セラフィナ自身の、この世界の危機、ルシアン様を護りたい、聖剣の使い手として共に戦えるという、強い決意による涙でもあった。