間章(2):五光の絆、平和な日々(回想)
カスパール君とローゼリアちゃん。
二人の間には、なんかこう「ちょっと気になるな」って微かに意識しているような、そんな微妙な空気があったんだ。
ローゼリアちゃんの優しさと、カスパール君の不器用さ。
傍から見ていて、ちょっと微笑ましかったり。
アルドロンさんは、そんな二人を静かに見守っている感じだった。
ある時、城の美しい庭園でローゼリアちゃんが花の手入れをしているところに、多分研究で行き詰まって煮詰まっている様子のカスパール君が通りかかった。
「…アンタも、たまには休んだらどうなんだ」
カスパール君が、いつものぶっきらぼうな口調で言う。
彼の紫色の瞳は、少しばかり研究熱を帯びてギラついているように見える。
彼も、ルシアン様みたいに研究に熱中すると、周りが見えなくなるタイプなんだよね。
ローゼリアちゃんは、いつものようにふわりと、太陽みたいな優しい笑顔で微笑んだ。
「カスパール君も、また徹夜続きなんでしょう? お体に気をつけてくださいね。無理は禁物ですよ? 心配していますから」
カスパール君は「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、足は止まっていた。
ローゼリアちゃんの、まるで太陽みたいな優しさに、どう反応していいか分からない様子。
少し顔が赤いのは、徹夜のせいかな?
それとも…?
その不器用な反応が、ローゼリアちゃんには少し面白く、そして、ちょっとだけ彼のことが気になっていた。
カスパール君ってば、ローゼリアちゃん相手にも、なんかこう、もじもじしてるっていうか。
可愛い一面があるんだ。
きゃー!カプ萌え!
ルシアン様の城の広間での、少し遅めの夕食の時間。
これが、私たち五光の勇者の、唯一の「オフタイム」みたいなもの。
みんなで食卓を囲む、温かい時間。
私にとっては、ルシアン様と同じ空間で食事ができる、至福の時間!
彼の隣の席に座る時は、いつもドキドキしちゃう。
他の皆も、私がルシアン様の隣に座りたがっているのを、きっと知っていたよね。
「今日の会議、マジでダルかったわー。ガイア様の新しい規制とか、聞いてるだけで眠くなった」
カスパール君が、いかにも面倒くさそうに溜息をついた。
彼にとって、何よりも大事な研究時間を削られるのが、一番気に入らないことみたいだ。
テーブルの向かいに座るルシアン様を見て、彼に同意を求めているようだった。
「カスパール君、ガイア様の規制は、世界の秩序を守るために必要なことですよ? 世界の平和のためですもの」
ローゼリアちゃんが、穏やかな声で諭す。
彼女の言葉には、創造神ガイアへの一点の曇りもない純粋な信頼が宿っている。
ローゼリアちゃんのそういう真っ直ぐなところ、本当に素敵だ。
カスパール君は眉をひそめた。
「秩序ねぇ…息苦しいだけだろ、んなもん。人間はもっと自由に、好き勝手にやる方が面白いんだよ。魔法の探求だってそうだ。神の決めた法則の中でしか許されないなんて、窮屈極まりない。俺は、もっと先に行きたいんだよ。ルシアン様みたいに、世界の理のその先まで…」
カスパール君は、ルシアン様を見つめながら言った。
ルシアン様への、カスパール君なりのリスペクトと、ライバル意識が垣間見える。
見ていて、微笑ましくなる。
まあ、私のルシアン様には敵いませんけど!
ルシアン様は、カスパール君の言葉に静かに耳を傾けていた。
そして、グラスを傾けながら言った。
「カスパールの言うことも、まあ、一理あるな。ガイア様のやり方は、時に極端すぎるきらいがある」
彼の蒼い瞳の奥には、ガイア様に対する微かな疑問、あるいは警戒のようなものが宿っているように、私には見えた。
ルシアン様…やっぱり、色々考えているんだ…!
推しが考えてる…尊い…!
「だが、大きな混乱を防ぐためには、ある程度のルールも必要だ。完全に自由というのは、時に破滅を招くこともある」
ルシアン様は冷静に付け加えた。
「難しい問題だ」
アルドロンさんが、静かに相槌を打つ。
白く長い髭を撫でながら、彼は深淵なる思考を巡らせている。
「秩序と自由のバランス…そして、神と人間の関係性も、まだ探るべきことが多い。ルシアンの言う通り、まだ多くの真理が隠されている」
アルドロンさんも、ルシアン様の話に真剣に耳を傾けている。
ルシアン様の話は、いつも、私たちにとって新しい発見と、世界の深淵を示してくれる。
「ルシアン様の言う通りだ! だからこそ、私たち五人がいるんだ!」
私が、力強く言う。
私は、ルシアン様の隣で、彼の存在を、彼の言葉を、肯定したくて、思わず声が大きくなってしまう。 ルシアン様の隣に立つ者として、世界の守護者としての誇りが、その言葉に宿っている。
いいえ、それだけじゃない。
ルシアン様の隣で、彼と共に世界を守る。
それが、私にとって何よりも、何よりも代えがたい喜びだった。
私の「推し」が、世界の中心で、世界を救う姿を、一番近くで見ているのが、私は何よりも好きだったんだ!
私の、私のヒーロー!
私の、私のルシアン様!
私は、自分の顔が熱をもって赤くなってるのを感じた。
ルシアン様は、私が興奮気味に同意し、熱っぽい視線で見つめていることに気づいていたかも。
私のルシアン様への推し愛は、もう駄々洩れだ。
ルシアン様はどう思っているのかな?
ローゼリアちゃんは、ふわりと優しい笑顔を見せた。
桃色の宝珠のペンダントが、胸元で優しく輝く。
「ええ。皆さんと一緒なら、どんな困難だって乗り越えられます。ルシアン様、そして皆さんと一緒なら、大丈夫です」
ローゼリアちゃんの優しい光は、場の雰囲気を穏やかにしてくれる。
彼女も、ルシアン様を心から信頼しているのが分かる。
カスパール君は、一瞬だけ皮肉な顔をやめ、私たち、仲間たちを、そしてルシアン様を見た。
尊敬する人。
信頼できる仲間。
そして、少し気になる人(ローゼリアちゃんのことかな?)。
大切な、大切な仲間たち。
この五人となら、どんなことだってできる。
そんな確信が、彼の心を温めたのかもしれない。
ルシアン様への強い想いが、彼を私たちに繋ぎ止めている。
「…まあ、仕方ねぇな。面倒だが、付き合ってやるさ。あんたたちと…ルシアン様のためなら、な」
カスパール君は、いつもの調子で憎まれ口を叩いた。
でも、その声には、確かに友情と、この絆を大切に思っている気持ちが滲んでいた。
彼も、私たち五人の絆を、大事に思ってくれている。
アルドロンさんとローゼリアちゃんは、そんなカスパール君を見て、微笑んでいた。
私たちは笑った。
温かく、満ち足りた時間。
そこには、強い絆と、互いへの揺るぎない信頼があった。
五光の勇者。
世界の守護者。
そして、何よりも、大切な「仲間」。
私たちは互いを信じ、自分たちの力に自信を持っていた。
すべてが順調に進んでいるように見えた。
この平和で、輝く日々が、この温かい関係性が、永遠に続くと思っていたのだ。
私の「推し」の隣で、ずっと、ずっと、世界を守っていけるって、信じて疑わなかった。
しかし、このまばゆい日常が、やがて突然終わりを迎えることになるなんて、この時の私たちは知る由もなかった。
だって、私の「推し」が、私のヒーローが、私の世界の中心であるルシアン様が、私の目の前から、突然…本当に突然、私の手をすり抜けて、消えてしまうなんて…考えたことも、なかったから。